「では――――花葬計画、最終段階に入りたいと思う」

 決して艶のない、やや掠れた声が室内に響き渡る。

 ヴァレロン・サントラル医院における、中核とも呼べるようなその部屋は、五人の集いには余りに不釣り合いなほど広く、そして寒々とした空間。
 というのも、機能という点において、この部屋は全く病院に必要のない場所だった。

 医療用の道具は何ひとつとして置いていない。
 ベッドも診察台も本棚もない。
 そして――――机や椅子さえもない。

 その為、五人全員が立ったまま話し合いを行っている。
 壁にもたれかかる者は一人もいない。
 全員が俯く事なく、何もない空間で視線を揺らめかせている。

 ある者は睨み。
 ある者は煽り。

 ある者は――――厳かに。

 ビューグラスの宣言を、それぞれの思惑に浸しながら聞いていた。

「まずは礼を言わせて貰おう。儂の為に協力してくれた訳ではないにしろ、皆の行動が儂の計画を後押ししてくれた。共通の目的があり、互いを尊重すれば、仲間でなくともそういう心持ちになれると、この年齢にして学べた意義は大きい。感謝する」
 
「貴方らしいですね。誰よりも権威に飢え、誰よりも純粋。今の言葉も飾りのない本心なのでしょう」

「好感を持たれない物言いなのは承知しておる。しかしこれが儂の現在の偽りなき本音故に、どうか大目に見て欲しい」

 頭は決して下げない。
 遜ってもいない。
 媚びを売るなど、一切眼中にない。

 薬草学の権威は、誰よりも己の成果物を誇りに思い、その為に歪んできた。
 この場の全員が、彼の歪みを知っている。
 彼がこれまで行ってきた所業も。

「あたしは別に、偉そうとか思ってなくてよン♪ 貴方だけの計画とは思ってないけど、貴方が『儂の計画』って思ってる事にケチつけるほど雑魚じゃないし♪」

 右手の掌を上に向け、何かを差し出すような仕草をしながら、スティレットは話の続きを促した。
 その他の面々も、異論を挟むつもりはなく、沈黙を守る。
 この場にいない魔術学の権威、デ・ラ・ペーニャで失墜し挽回を狙うルンストロム首座大司教なら、或いは違ったかもしれないが――――

「年寄りの話は長くて評判が悪いのは重々承知しているが……あらためて花葬計画の概要について話しておきたい。それが儂の決意表明にも繋がるのでな」

 そう告げつつ、ビューグラスには別の狙いがあった。
 この空間――――地下の更なる下へ移動する為だけに作られた『上行大動脈階層』の一室に、この中の一人を出来るだけ留めておく。
 それが、彼にとって非常に重要な意味を持っている。

 その人物は、花葬計画を破壊しかねないほどの野心と力を持っている。
 故に、その者を倒せる人間の襲来を待つ。

 時間稼ぎとも少し違う。
 ビューグラスにとって、この時間は――――己の生涯を賭けた大勝負だった。

「皆も知っての通り、花葬計画はエチェベリア国王、ヴァジーハ8世の提唱する勇者計画を利用して再起動させたものだった。安楽死を是とする者達が、苦しまずに死ねる薬を開発する為の計画。元々はそういう計画だったが、儂は安楽死の概念に然程の関心はなかった。不治の病に冒された者に、社会的な汚名を着せず、あの世へ旅立って貰う。大いに結構。殺したいのなら殺せば良いし、死にたいのなら死ねば良い。苦しまずに死ぬ方法も探せば幾つかある。それを体系化したところで、怪しい宗教が二つ三つ生まれるだけだろう」

 この空間もまた、メトロ・ノームの一部。
 彼が持論を唱える事に、誰が異を唱えるだろうか。

「だが、安楽死の概念から派生する一つの可能性には、心惹かれるものがあった。薬草学の究極が、そこにあるような気がしたのでね。年甲斐もなく胸が踊ったものだ。無論、当時は今ほど年老いてはいなかったが……」

 懐かしむように、時折目を狭めながら、ビューグラスは独演会を続ける。

「それは、死の一部を人間の手で制御する、という可能性だ」

 この場にいる全員、既知の内容。
 それでも、思わず息を呑まずにはいられない。
 それだけの価値が、ビューグラスの目的にはある。

「安楽死を実践する為には、死の社会性を変えなければならない。死とは何か? 自ら死を選ぶ事、他者の命を奪う事に道義的責任はあるのか? ……そのような哲学の領域は、儂の追究する道ではない。だが、『何をもって死の苦痛とするのか』。安楽死の概念に不可欠なこの一点の疑念だけは、儂の心に刺さった」

 何をもって死の苦痛とするのか――――

 それは無論、致命傷に付随する激痛、病の末期に生じる辛苦が主となる問いかけだ。
 だが、それだけではない。
 死そのものを恐れる精神面における苦痛もまた、範疇に収まる。

 そうなってくると、今度は何をもって死の予感とするか、死の前触れと認識するか、などの新たな疑念が生じる。
 そういった事への不安や焦燥――――つまり、『自分は死ぬかも知れない』という恐怖は、どの水準までが『死の苦痛』なのか、という問題だ。

「死の苦痛とは、死の予感、死の前兆、死に対する畏れ……それをも内包する。もしそうなら、何をもっての安楽死か。どの段階で安楽を与えるのが正解か。不治の病に冒されたから、人は死を恐れるのか? いや違う。人間は生まれながらに死を恐れるように出来ている。生ある者は、その状態を維持するため、死を怖がる習性が根付いている。ならば……死から解放される事こそが、安楽死の是であると儂は結論付けた」

 花葬計画の再起動は、そこから始まった。

 元々は、遺体に花を添えるかの如く、安らかな死を与える為にと生み出された花葬計画。
 それに対し、ビューグラスによって提唱された新たな計画は、『人間に植物の性質を不随させる』というものだった。

「植物の死の定義は、生物とは異なる。植物には極めて強い再生能力があり、茎を折られた程度ならものともしない。即死という概念はなく、長い経過観察によって成長と再生が行われなくなった時、初めて死亡状態と言える。だがそれも、観察期間を何処で区切るかという問題がある。数十年の時を経て、新たに芽吹く植物は存在する。暴論だが、植物に死の概念は必要ないと言っても良いくらいだ」

「もし人間が不老不死の性質を手にするのなら、それは植物との融合。貴方は薬草学を通して、そういう考えを持っていましたね」

「そうだ。だからこそ儂は、まず『融合』の方法を探り……其方に巡り会った」

 生物学の権威――――生物兵器の開発者の一人、リジルに対し、ビューグラスは当時と同じ顔を向けた。







 

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