男は――――憤っていた。
 ファルシオンも、フランベルジュも、接近してきた人物の顔は知っていたし、名前もちゃんと覚えていたが、瞬時に記憶の中の人物と繋げる事が困難なほど、まるで違う人相になっていた。

「ハルさん……ですよね?」

 常に惚けた空気を纏っていた彼は、ここにはいない。目を血走らせてこそいないが、眉間に皺を寄せ、ピリついた雰囲気を撒き散らしながら近付いて来た。
 同行していなかった剣士の突然の出現よりも、その怒りに満ちた顔に困惑を隠せず、ファルシオンの問いは誰何となった。

「……ああ。お前ら、俺の親父を知らねえか? ガラディーンって奴だ。この国の剣聖だった」

「貴方とガラディーンさんの関係は知っていますが、ガラディーンさんの現在地はわかりません。ただ、先程遭遇はしました」

「何処だ」

「二階の通路です。詳しい場所を説明するとなると、少し難しいですね。そこで彼はアロンソ=カーライルを殺害し、私達を見逃して院内の何処かへ向かいました」

「何か言ってなかったか」

 居場所について――――そういう質問なのは明らかだが、それ以外でも何か情報が欲しいという意思が声から滲み出ている。
 ハルの目には怒気こそ多分にあったが、敵意や害意はないし、我を失っている様子もない。
 ファルシオンは特に抵抗なく、先刻の記憶を口にした。

「去り際に『人を待たせている』と言っていました。再び相見えるかもしれないとも。私達に対してです」

「……他には」

「ただならぬ雰囲気でした。以前の優しい雰囲気は一切排除していて、別人のようでした」

「お前は魔術士だったよな。魔術を使って防がれたりはしなかったか?」

「いえ……私の魔力はその時既に尽きていたので」

「……そうか。ありがとよ」

 力のない声で礼を告げ、すれ違おうとする剣士の進路を――――フランベルジュが塞いだ。

「なんだよ。俺はちょっくら用事があるんだ。悪りぃが長話する時間はねー」

「こっちも貴方を見逃してる余裕はないの。貴方、手伝いなさい」

「……はぁ? 俺のこの様子を見てわからねーか? 明らかに気が立ってるだろ? 触る者皆斬り付ける覚悟なんだぞ」

 ハルはハルだった。

「貴方がいきり立っている理由はわかりませんが、私達の話も聞いて下さい。一方的にそちらの質問に応えるだけでは、フェアではありません」

「わーったよ。なんなんだよ」

「フェイルが行方不明なの。しかも彼、目が見えなくなってるかもしれない」

「……何?」

 ハルの顔が、別の色で歪む。
 
「見えなくなってるかもしれない……って、なんだよその曖昧な情報は。誰かから聞いたのか?」

「はい。デュランダル=カレイラの証言です」

 その名前は、ハルの目を見開かせるには十分の価値があった。
 同時に口を真一文字に結び、何かに耐えるように一点を凝視する。
 そこにはなんらかの葛藤が確実にあった。

「……生きてはいるんだな?」

「はい。フェイルさんは生きています。絶対に」

「根拠は? 銀仮面が殺したとは言わなかった、ってだけか?」

「……」

 図星ではあった。デュランダルが殺さなかったからといって、今フェイルが生きている保証など当然ない。
 ファルシオンの言葉は希望的観測に過ぎない。

「だったら……しゃーねーな。親子喧嘩は後回しだ」

 だから気が合った。
 普段は決してそんな観測はしないファルシオンだからこそ、ハルは切羽詰まった現状を理解したし、何より――――

「友達だからな、あいつは。死なれたら貴重な話し相手が減っちまう」

 自分もまた、同じく希望的観測を口にする立場だった。

「……貴方も結構損な性格よね」

「そうか? でもま、背負う物が多い方が天才剣士に相応しいってモンだろ」

「得な性格ですね」

 勿論、笑えるほどの余裕はない。
 それでもファルシオンは、友情を優先したハルに精一杯の感情を向けた。
 一瞬意外そうな顔を見せたハルも、その心情を汲み即座に気を引き締め、使い慣れていない剣を肩に担ぐ。

「だが生憎今の俺はただの優秀な剣士だ。魔術士相手に無敵だった俺とは違うから、その点は」

「魔崩剣……でしたか。それが使えないんですか?」

「ああ。使用可能な剣じゃないとダメな技でな。その剣を親父に持ち逃げされて、代わりに親父の剣を無理矢理押しつけられた。迷惑な話だ」

 ハルの怒りの理由を、ファルシオンはそこで理解した。
 同時に、沈黙していたヴァールが口を開く。

「匂いは消し終わった。もう一度フェイル=ノートの体臭を追う」

「あん? 体臭って……」

「深く考えないで頂戴。蒸し返すとキリがないから。兎に角、あの女の魔術で生み出した青い炎の後を追えばフェイルの居場所に着くかも知れないの」

「なんだそりゃ……」

 全く要領を得ないといった面持ちのハルを尻目に、ヴァールは淡々と魔術を綴る。
 程なくして、再び青い炎が三つ、通路に散っていった。 

「追いかけりゃいいのか?」

「そうですね。一刻も早く見付けるのなら、その方がいいです。二手に分かれましょう」

 ハルが来た方向と、その逆。
 ハルが合流した事で剣士と魔術士との組み合わせが可能となった為、分かれやすくはなった。
 尤も、ファルシオンはほぼ戦力外だが。

「勇者一行で組んだ方が連携面では有利だろ。お前等はそっちへ向かいな」

「命令されるのは癪だけど……ま、異論はないしそうしましょうか」

「はい。では後ほど」

 一足早く、フランベルジュとファルシオンがハルが現れた方向へと駆け出す。
 当然、残った二人は逆方向へ向かうのが正しい行動になるが――――

「……さーて。ここで一つ質問だ。ヴァール=トイズトイズ」

 ハルは足を止めたまま、ヴァールに向かって鋭い眼を向けた。
 それは、敵意と同義だった。

「なんだ」

「お前の上司は俺の親父と組んでるんだろ? ならお前には最低でも心当たりはあるよな。あの二人が何処で落ち合ってるのか」

「……」

 返答はない。
 明確な否定も。

「別にあいつらに黙ってたとか、そういうのを詮索したい訳じゃねー。連中がこの病院で何をしようとしてるのかも、興味はあるが関心はねーからな。今はダチの安全が第一だ」

「なら何が言いたい」

「俺は魔崩剣が使えなくても“魔術士殺し”だ。それだけは覚えとけ」

 そう告げ、ハルは炎を追う。
 ヴァールに背を向けて。

「……」

 普段通りの神妙な面持ちのまま、ヴァールはその背中に続いた。







 

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