「ファルシオン=レブロフ。お前は魔術がどんな目的で生み出されたと思っている?」

 ヴァールの手から生まれたのは、青色の炎だった。
 ただ、それが通常の赤魔術でないのは明らか。
 炎の色が違うだけでなく、ヴァールの手から離れたそれは、ゆっくりと彼女の足元に降り、そのまま留まっている。

 攻撃魔術は出力された直後から崩壊が始まる。
 その為、長期間維持する事はない。
 だがその炎は燃え盛る勢いを衰えさせず、その場に居続けている。

「それは……どのような資料にも記されていない『闇光の箱』だった筈です」

「闇光の箱?」

 聞き覚えのない言葉に疑問を投げかけたのはフランベルジュ。
 この場で唯一魔術の話が出来ない彼女にとって、余り歓迎すべき会話の流れではなかったが、その言葉は感覚的に引っかかりを覚えていた。

「闇と光は相容れない。故に、その箱とは『存在しているけれど誰も知らない』物に対し使われる、魔術士の言葉遊びだ」

 回答したヴァールは、いつの間にかルーリングを再開していた。
 ルーンを読めるファルシオンは、それが先程と全く同じ配列である事に気付き、同じ魔術を生成していると理解したが、同時に思わず眉を顰める。

 複数の魔術を出力させる事は、特段難しくはない。
 一度出力させた魔術がまだ崩壊しない内に、別の魔術を綴るだけでいい。
 若しくは、最初から二つの攻撃魔術がセットで出力される配列にすればいいし、そういう魔術は既に幾つもある。

 ただ、先程の膨大な数のルーンをもう一度綴るとなると、相応の時間がかかる。
 その間、ずっと今出力した魔術がそのまま存在し続けるというのは、普通の感覚を持った魔術士にはピンと来ない。
 結界なら兎も角、炎の形をした魔術がずっと保持される事には違和感しかないからだ。

 だが、ヴァールの魔術は教科書に載っているような通常の魔術とは明らかに一線を画している。
 人型の魔術を暫くの間出現させ続けていた実績もある。
 それでも尚、固定観念による違和感は拭えない。

 魔術士の悪い性――――そうファルシオンは結論付け、決めつけを止めるよう心中で誓った。

「魔術の歴史は、遡ればアランテス神……元々は人間だった方ですが、その魔術の創始者に遡ります。しかしそのアランテス神が人間だった頃の記録は全て抹消されているんです。神格化の為に」

「だから、魔術が生み出された理由も、その原理も、記録には残されていない。想像する以外にないという訳だ」

 これまでの彼女からは想像出来ないほど、ヴァールは積極的に会話に参加してくる。
 その様子にもやはり違和感を覚えずにはいられないファルシオンだったが、こちらに関しては深く考えない事にした。

「何それ……そこまでして神様って必要なの? 剣術にはそんなの全然ないんだけど」

「それが普通で、魔術が異常なんです。でも仕方がありません。私達にとってはありふれていても、魔術士以外にとっては超常現象のような力ですから」
 
「神様の起こす奇跡、みたいな?」

 魔術士二人の返事を待つまでもなく、フランベルジュもその点については納得していた。
 それだけに、ヴァールが言っていた『魔術がどんな目的で生み出されたか』という問いは難題だ。

 何の目的なのかは、それほど難しい想像ではない。
 問題は原理だ。
 そもそも、魔力という力をどのようにして発見したのか――――

「あくまで私見ですが……魔術は何か既存のものを壊す為に生み出された、と思っています」

「既存のものとは?」

「それはわかりません。人類の敵が当時いたのかもしれないし、現在とは全く違う文明・文化が発達していて、そのまま放置していたら世界そのものが崩壊しかねないほど歪んだ世界だったかもしれません」

「その敵や世界そのものを破壊する為に、魔術を生み出した……か。フン、道理でオートルーリングに傾倒する筈だ」

 またその話で一悶着あるのか、と辟易した顔を浮かべたフランベルジュに、次の瞬間意外な時間が訪れた。

「そうですね。既存の習慣を壊す。慣れ親しんだものに疑問を持ち、新たな発明をして次のステップにする。その着想と研究の影で、本来必要な筈のものが淘汰されていく。上書きされていく。そういう弊害がないとは言いません」

 ファルシオンが――――オートルーリングに関する負の意見を先回りして認めた。
 しかも一切怒りを露わにせず、その上自ら口にした。
 それは、今までの彼女の姿勢を完全に踏み外した発言であり、到底聞き流せるものではなかった。

「貴女はどうなんですか? 私とは全く違う見解なのでしょうが」

「そうだな。だが、"私の"という訳ではない。私の一族の考えだ。それも、先祖代々伝わる魔術の定義」

 先程よりも速く、ヴァールはルーリングを完成させた。
 再び青い炎が右手に出現し、足元へゆらゆら落ちていく。

「魔術は、進化の過程だ。アランテスは人間を超えた新たな存在になりたくて、自然を真似た。人類の脅威たる炎や氷河、或いは嵐を模倣し、人智を超えた力とした」

「……それが攻撃魔術の始まりだと言うんですか?」

「さあな。確かめようのない話だ。それに、幾ら一族の祖先だろうと、見も知らぬ人物の言葉を鵜呑みになどしない」

「そもそも、偉そうじゃない? 進化の過程って、つまり魔術士は魔術士以外の人よりちょっと上か先に行ってる、みたいに感じるんだけど」

 魔術士外の人間であるフランベルジュにとっては、決して聞き心地の良い話ではなかった為、素直にそう感想を述べる。
 ヴァールは相変わらず無表情のまま、三度目のルーリングを始めた。

「実際、魔術は多くのものを過去にした。フェイル=ノートが扱う弓もその一つだ」

「……」

 ヴァールの言葉がファルシオンの胸に刺さる。
 彼にとって魔術士がどんな存在なのかを、静かに思い知らされた。

「だがその後、魔術は停滞の時期を迎えた。世の中に迎合する道を選び、金になる魔術だけを追い求めた。結局、思い上がりだったと取られても仕方がないくらいにな。でも私達の一族は、進化の可能性を捨てずに今日まで繋いできた」

 三つ目の青い炎が、床に落ちる。

「特定の人間の体臭を擬似的にルーン化し、それを追うような魔術にした。フェイル=ノートの体臭を私は知っているから、奴のみに反応する筈だ。行動パターンは単純だが、三つあれば効率はそれなりだろう。進行方向の側の通路に一つ、反対側に二つ放つ。反応があれば、私が感知出来る。そういう魔術だ」

「そんな事が出来るんだ。便利なものね」

 ヴァールの魔術に対し、素直に感心するフランベルジュとは対照的に――――


「……どうして貴女がフェイルさんの体臭を知っているんですか」


 ファルシオンの声と反応は、これまで彼女が見せていたヴァールへの敵意とは全く質の違う、ドス黒さを纏っていた。







 

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