「……」

 沈黙が支配する中、ヴァールは淡々と魔術の編綴を行っていた。

 フェイルを捜索する為の魔術として綴られている文字数は、既に五〇を越えている。
 攻撃魔術であればまずあり得ないルーン数だが、ヴァールが使用する『自律魔術もどき』は膨大なルーンを使用する事もあるという。

 実際、魔術が自我を持っているかのような魔術となると、かなり多くの行動パターンをルーンで指定しておかなければならない。
 まして今ヴァールが綴っている魔術は、何らかの方法でフェイルを特定する――――或いは人間を感知する性質が必要。
 少し時間が掛かる事は、ファルシオンも想定済みだった。

「まあ、私は大分前から気が付いてたし、それ自体は驚く事でもないんだけど……貴女の口から『愛しい』なんて言葉が聞けるとは思わなかった」

 先程のファルシオンの言葉を受け、フランベルジュは何故か赤面していた。
 彼女が見てきたファルシオンは、少なくとも色恋沙汰とは無縁の女性。
 そもそも異性を意識する事があるのだろうか、というくらい無頓着な人物だった。

 それだけに、まるで見てはいけない物を見てしまったような、聞いてはいけない事を聞いてしまったような心境になるのも仕方のない事。
 何より、目の前で膨れたような顔をしているファルシオンに、数ヶ月前の面影を探そうと苦慮している現状をなぞるのに精一杯だった。

「おかしいですか?」

「おかしいって言うか……おかしくはないんだけど。おかしくはないんだけど……貴方の口からそういう言葉を聞く日が来るとは思ってなかったから、ちょっと戸惑ったかもしれない、っていうか」

「そうですね。自覚はしています。でも、別に人を好きになるのを放棄していた訳じゃありませんよ」

「それはそうだろうけど……」

 男一、女二のパーティを組んでいた為、ファルシオンとフランベルジュは同じ部屋で寝泊まりするのが恒例になっていた。
 当然、話はする。
 考え方や物事の捉え方は全く違う二人だったが、不思議と会話につまるような気まずい雰囲気になる事は殆どなかった。

 それでも、好きな食べ物とか、趣味は何とか、休日は何をして過ごすのが好きだったとか、そういったごく普通の二〇歳前後の女性がするような会話は、ほぼしていない。
 三ヶ月程度の付き合いなので、お互いを深く知っている訳ではないし、理解し合っている訳でもないが――――何処か踏み込めない空気が二人の間にはあった。

 勇者一行としての使命を果たさなければならない。
 勇者計画に荷担していたファルシオンと、勇者計画の被害者であるフランベルジュとでは認識が全く異なるものの、目的意識という点においては共通していた。
 だから、浮ついた話は極力避けるように意識していた。

 尤も、剣に生きるフランベルジュにしても、恋愛にかまけている余裕などないという強い信念を持っているし、ファルシオンに至ってはフランベルジュの言うようにそういった話題とは無縁の性格。
 仮に勇者一行としてパーティを組まず、偶々知り合って知人関係になった間柄だったとしても、やはりガールズトークをするような仲にはなっていなかっただろう、とフランベルジュは目していた。

 それだけに、驚きを禁じ得ない。
 感情は兎も角、ファルシオンが自身の好意を口にした事が。

「……その、こういう時にする話なのかどうか私にはわからないけど、だったらその……告白……とか、するの?」

「今のところは考えていません。この件が今後どうなるのかまだ全くわかりませんし、フェイルさんの状態がどうなのかも不明ですし。足枷にはなりたくないので」

「別に恋……人になったからって足枷になる訳じゃないでしょう? 寧ろ公私ともに支える仲になれば、助けになるだろうし……」

「フェイルさんには、他に想っている相手がいますから」

「……え?」

 フランベルジュの場違いなほど間の抜けた声が、通路を力なく駆ける。
 先程まで彼女が見せていたどの顔よりも、今の顔が感情を表していた。
 すなわち――――驚愕。

「それって……あの、アルマ=ローランの事?」

「わかりません。そうかもしれないし、違うかもしれません。少なくとも私ではなく、違う誰かです」

「そ、そう言われたの?」

「いえ。でもわかります。わかるものなんですね。私も、こういう事になるまで知りませんでした」

 淡々と、落ち葉の舞うような声で、ファルシオンはそう呟く。
 優れた洞察力を持つ彼女だが、その洞察に限っては、本来彼女が持つ能力とは違う部分での確信だった。

「へ、へぇ……そういうものなの。なんかもう、なんて言って良いのか……」

 つい先程まで命を賭けて戦っていただけに、余りの落差に気が遠くなりそうな自分をフランベルジュは自覚していた。
 気を抜いてはいけない状況なのは重々承知だと言うのに。

「どちらにせよ、フェイルさんはアルマさんの力になりたいと考えているでしょう。でも、本当に目が見えなくなっていたとしたら、残念ですが力になるどころか足手まといです。それを説明すれば、フェイルさんは引く事を了承すると思います」

「ああ、そういう説得をするのね。確かにアイツならグダグダ言わないでしょうけど」

「もしそれでもここに残ると言うのであれば、泣きついて愛を囁いてでも止めます」

 再び――――時間が凍り付く。 

「……だから、今のは予行練習のようなものです」

 そう意図を説明する顔が、既に赤い。
 ファルシオンなりに、どうやってフェイルをこの場から連れ出すかを必死に考えた上での結論だったが、それでも割り切れはしなかった。

「ちょっと待ってよ。そんな自分の大事な感情を道具みたいに……貴女はそれでいいの?」

「私の事はいいんです。別に自己犠牲というつもりもありません。こういう切羽詰まった場面じゃないと伝えられないかな、っていう打算もない事はないですし」

「……そういうの、あんまりよくないって思うけど」

 フランベルジュの指摘は、ファルシオンの思惑の事ではなかった。

 だが、どうにもならない事でもある。
 彼女の人間性に根ざした部分だから。 

「随分と青臭い話をしているな」

 不意に、ヴァールの冷淡な声が刺すように届く。
 膨大なルーンを綴り終え、今まさに魔術の出力を始めようとしていた。







 

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