「お前達がフェイルの元に向かうのは構わないが、俺と行動を共にしないのならば、命の保証はない」

 表情は弛まず、しかし饒舌に、デュランダルは断言した。

 もし今から自分の協力者になるならば、これ以上の情報の全てを話す。
 しかしそうでないのなら、その限りではない。
 簡単な理屈ではあった。

「それも、フェイルさんとの約束なんですか?」

「そうだ。俺の庇護下に入るなら、情報の共有と命の保証はする。そう約束した」

「なら、私には最初から選択肢などないな」

 真っ先に拒絶を示したのはヴァールだった。
 彼女にとって、忠誠を誓う相手は一人しかいない。
 それは今――――彼女を止める為に奔走しているのだとしても。

「お前は流通の皇女の右腕か。なら相容れる筈もないな」

「当たり前だ。お前はスティレット様を標的にしている。私の敵だ。絶対的な」

「だがお前では俺を倒せない。だからフェイルに取り入った」

「……」

 心臓を突き合うような会話の応酬は、デュランダルに軍配が上がる。
 ヴァールにとって屈辱的な言葉だったのは確かで、その顔は露骨に歪んでいた。

「フェイルとそいつの関係って、部外者のアンタの耳に入ってくるくらい有名なの?」

「王宮では有名な話だったそうだ。フェイル=ノートはデュランダル=カレイラの愛人とさえ言われていたらしい」

「な……」

 絶句するフランベルジュ。
 しかし、ヴァールが望んでいたのは彼女の反応ではなかった。
 ヴァールなりの意趣返しのつもりだった。

 だが、当の本人は意にも介さない。
 例えそんな中傷目的以外の何物でもない噂が実際に流れていたとしても。

「無論、そのような事実はない」

「それはわかってるけど……貴方、銀朱の副師団長なんでしょ? そんな噂流す命知らずが王宮にいるの?」

 自分の右腕に左手を添え問うフランベルジュに対し、デュランダルの返答はなかった。
 代わりに、その視線を先程自分に敵意を向けたヴァールへと向ける。

「その情報を誰から聞いた? 誰と共有している?」

「……」

「質問を変えよう。お前は――――」

 返事を期待した質問ではなかったのか、切り替えは早かった。

「アルマ=ローランについて"何処まで"知っている?」

 否――――切り替えではなかった。
 ヴァールの一瞬の反応がそれを物語っていた。
 質問は繋がっていたのだと。

「やはりそうか」

「待て」

 自分の反応がデュランダルに情報を与えたと、そう判断せざるを得ない呟き。
 ヴァールは自身の失態を自覚し、口元を振るわせる。
 歯を食いしばれば、歯軋りしてしまいそうなほど。

「貴様はあの封術士をどうするつもりだ」

 それでも問う。
 そうしなければならない立場に彼女はあった。

「協力しないのなら、話す理由はない」

「あの女を殺すつもりか。この大陸の――――大陸全土の秘め事全てを永久に眠らせるつもりか!?」

 敵意はより鮮明に、そして色濃く周囲に吹き出す。
 ヴァールの目は、怒号とは裏腹に怯えていた。
 目の前のデュランダルに対してなのか、或いは他の何かに対してなのか。

 いずれにせよ、ヴァールの魔具が光を帯びるのに時間はかからなかった。

「行動が矛盾しているな。正面から俺を倒せるのなら、お前のこれまでの行動は全てが無駄だ」

「黙れ! 私にはもう失敗は出来ない! 許されない!」

「ならば死ぬか。お前の名も知らない男に殺されて」

 デュランダルはそう宣告しながらも剣を抜かない。
 否――――彼は本来持つべき長剣を持っていない。
 その事は、ヴァールも他の二人もとうに気付いていた。

 だが、剣士が剣を持たないという事実さえも、彼の威容を萎ませる要因にはならない。
 何か一つ、懐に短剣や暗具の一つでも忍ばせていたならば、それで十分に圧倒される。
 そう理解するのに、大した技量は必要ない。

 その意味で、デュランダルの力は非常に易しかった。

「死ぬ事など……とうに覚悟している!」

 刹那、ヴァールの前方に大男が出現する。
 デュランダルも出場し、優勝者という立場を演じたあのエル・バタラにも出場した褐色の大男ケープレル=トゥーレと同じ姿の魔術。
 それが三体同時に姿を現した。

「……」

 その簡易人格を有した魔術を、デュランダルはじっと眺めていた。
 観察するような目で。

「貴様を――――」
「勝手に始めないで下さい」

 その三体が――――同時に霧散した。
 理由は至極単純。
 ヴァールの傍に移動していたファルシオンが、彼女の魔具を奪ったからだ。

 杖型の魔具が主流だった時代には戦術として組み込まれていたという魔術の封じ方。
 しかし、指輪型魔具でそれを実行する人間はまずいないし、まして封じられた魔術士などほぼ皆無だ。

「……な……にを……」

 茫然自失になるのも無理はない。
 先程のデュランダルとのやり取りを遥かに凌ぐ、魔術士として最大級の屈辱だ。
 ヴァールにとって、恥の上塗りどころの話ではない。

「今ここで貴女と銀仮面が戦闘を始めれば、私達も巻き込まれます。私はここで死ぬ訳にはいかないんです。貴方が何処で死のうと勝手ですが、死ぬのなら私の目の届かない場所にして下さい」

「……ぐ」

 ヴァールの身体が痺れるように震える。
 頭の中はもう、何も考えられないほど乱れているのは誰の目にも明らかだ。

「その屈辱を晴らしたいのなら、アルマ=ローランを誰より早く発見する事だ」

 デュランダルの顔に哀れみなどない。
 それが、救いとなる筈もなかったが――――

「魔術士。名を問おう」

 デュランダルはファルシオンに強い眼差しを向け、誰何する。
 それは――――ファルシオン達に知る由もないが――――滅多にない事だった。

「ファルシオン=レブロフです」

「ファルシオン。お前は何故、身の安全と知識欲よりもフェイルを選んだ?」

 質問の意味は先程のフランベルジュへの質問に近い。
 だが、問う意義は全く違う。

「私は……」

 言葉は途切れる。

 かつて、ファルシオンは眼前の男と同じように、表情を変えずにいる事を信条としていた。
 ただしそれは、彼女の敬愛する魔術士がそうである事を真似ていたのと、自分のしている事が仲間の二人にバレない為だった。

 今は違う。
 ファルシオンの顔は、言葉よりも雄弁に、デュランダルに返事をしていた。

「……時間だ」

 茫然自失のヴァール、混沌とした場に狼狽を禁じ得ないフランベルジュ、そして今し方濃密に語り合ったファルシオンに背を向け、デュランダルは駆け出した。
 己の責務の為に。

「フェイルを頼む」

 最後の心残りを、残る力なき魔術士に託して。







 

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