一般市民から神格化されている勇者の存在を終わらせる――――様々な付加要素はあれど、勇者計画の終点そこに行き着く。
 ならば、勇者一行の一人として勇者の行動を制御していた存在に罪を着せつつ口止めも兼ねて始末するというのであれば、余りにも自然で余りにも見え透いている。

 ファルシオンは、そこまで考えが及ばなかった自身を恥じるより前に、自分の存在が如何にフェイル=ノートを傷付けていたかを思い知り、その顔を青ざめさせていた。

「何故標的が変わった?」

 絶句したままのファルシオンに代わり、ヴァールが眉を顰めながら問う。
 唯一の武器を奪われたその女性の顔色から目を背けつつ。

「実行犯が、フェイルの元上司だったからだ」

「恨みを買っていたのか」

「いや、逆だ。彼はフェイルを高く評価していた。王宮からフェイルが去るのを最後まで反対し、惜しんでいたのも彼だ」

「なんでそんな奴がファルの代わりにフェイルを狙うのよ! 矛盾にも程が……!」

 フランベルジュは成長した。
 昔の彼女なら怒りに任せ、頭を真っ白にして最後までがなり立てていただろう。

 でも今は違う。
 発言の途中で気付いた。

 フェイルの事を大事にしている人物なら――――

「……フェイルにとって、ファルが狙われるより自分が狙われた方が良いって、そう判断した……とでも言うの?」

 一滴、血が滴る。
 ファルシオンの足元に。

「会話を交わした訳ではない。が、状況からそう推察される」

「何、それ……何なの?」

 罪を着せ、その上で殺害し、人生そのものを汚染しようとしている残党狩り担当の人間が、その標的を誰より理解し、情けを掛けている。
 フランベルジュはその異様なほどの歪さに吐き気さえ催した。

「そこまでして……私達を地獄に叩き落とさないといけないの? 勇者って存在を消し炭になるまで燃やし尽くさないと気が済まないの?」

「国王よりも称号のみの存在である勇者が民衆に支持される現実。それが何代にもわたる屈辱であり、そこからの解放が現国王陛下の悲願だ」

「悪ふざけも大概にしなさいよ……っ!」

 剣を持つ手が震える。
 もしそれをデュランダルに向ければ、それが何を意味するかは理解していても、そうしなければ――――という衝動が抑えきれない。
 自分だけでなく、他の二人も道連れにしてしまう愚行だと言い聞かせても、言う事を聞いてくれない。

「リオは……勇者候補だったあの子は、純粋に、ただ真っ直ぐに夢を追いかけてただけ! ただ才能に溢れてるだけの子供だったのよ! それを……どれだけ無能なのよこの国の頭は! 他に方法なんて幾らでもあるでしょう!?」

「価値観の違いだ」

 答えたのは言葉の刃を向けられたデュランダルではなく、フランベルジュの一歩後方で涼しい顔をしたヴァールだった。

「奴らにとって貴様等や勇者候補の命や人生は紙くず程の価値もない」

「アンタ……!」

「貴様も、この世界の全ての住人を皆重んじている訳ではないだろう。だがそれよりも違うのは倫理観だ。国の頂上にいるような奴に、自分と同じ価値観を望むのは間抜けが過ぎる」

「……ヴァールの言う通りです」

「ファル、何を……」

 暫く塞ぎ込んでいたファルシオンが、その顔をゆらりと上げる。
 何かを決意した――――何かを失った、そんな表情だった。

「フェイルさんはどこにいるか教えて下さい」

 そして、それだけを問う。

 デュランダルの証言が正しければ、フェイルは今、目が視えない。
 今後視えるようになる可能性も極めて低い。

 そのフェイルが――――元上司に命を狙われている。
 危険を回避出来る確率は、限りなくゼロに近い。

「教えても良い。だが二つに一つだ」

 いつかその質問が来る事を想定していたかのように、デュランダルの返答は早かった。

「このまま花葬計画の全貌を俺から聞き、その上で俺について来るか。俺に背を向け、フェイルの所へ向かうか。どちらか一つを選んで貰う」

「……殺さないんですか。私達、勇者一行の残党を」

「そういう約束だ」

 ファルシオンの問いかけはほぼ無意味な内容だった。
 そもそも、デュランダルに殺意があればとっくに全滅している。
 これだけの間、絶えず情報提供している時点で、命を奪う意思はないと誰でもわかる。

「その二つに一つというのは、私達全員が共通した選択をしなければならないのですか?」

「好きにしろ」 

 つまり――――個人の判断に委ねるという事。
 ファルシオンは瞬間的にヴァールへ目を向けた。

 ヴァールの目的は、スティレットを止める事。
 ならば選択肢は一つしかない。

「ここでお別れですね」

「何故だ? 私はフェイル=ノートの方へ行く」

「……え?」

 それは唐突過ぎる宣言だった。
 そして、ファルシオンもフランベルジュも、思わず後ろに倒れ込みそうになる程の予想だにしない返答だった。

「支離滅裂よ……なんでそうなるの?」

「私はフェイル=ノートにスティレット様を止めるよう依頼している。目が見えないというのなら、私があの男をスティレット様の前に連れて行くしかない。貴様等には任せられない。貴様等はあの男をここから逃がす」

 一切の淀みなく、ヴァールは言い切った。
 彼女のフェイルへの異常な拘りは、他の二人にとって理解不能だった。

「何……なんなんですか一体。貴方は何を考えて生きてるんですか?」

 そして、ファルシオンもまた、自分自身が理解不能な状況に陥っていた。
 後ろには自分達を一瞬で始末出来る国内最強の騎士がいる。
 その現状を理解しながら、自分を制御出来ていなかった。

「目が見えなくなったフェイルさんをそこまでして利用する必要が、有意性が、理屈が、一体どこにあるんですか!?」

「ちょ、ファル……」

「フランは黙ってて下さい!」

 今まで見せた事のない種類のファルシオンの激昂に、フランベルジュは思わず目を見開く。
 そして何故か、まるで助けを乞うように、デュランダルの方を向いた。
 ほぼ無意識のその動作が――――

「……」

 銀仮面の僅かな綻びを、偶然目の当りにした。

 ほぼ同時に、あり得ないものを二つ見たフランベルジュは、思わず顔を左手で覆う。
 これではまるで――――修羅場だ。

「私の理屈を貴様に語る筋合いはない。おい銀仮面、フェイル=ノートの居場所を教えろ」

「待ちなさい! 私を無視して……!」

「あーもう! バカなの!? こんな時にまで張り合ってどうするのよ!」

 実の所、ヴァールも明らかに正常ではなかった。
 或いは彼女が一番、おかしくなっていたかもしれない。
 そう感じつつ、フランベルジュは喉を切り裂くような勢いで叫んだ。

 奇妙な羞恥心をかき消すように。

「……俺についてくる者はいないようだな」

「ええ。どうやらそうみたい。女三人、姦しくてごめんなさい」

「お前はフェイルとは親しくないのか?」

 それは――――まるで少し年上の親戚に尋ねられたような、不思議な感覚だった。
 そして同時にフランベルジュは悟った。

「……親しいも何も、私の師匠よ。彼は」

 こんな血生臭い場所なのに。
 こんなキナ臭い計画の中にいるのに。
 フェイルの目が見えなくなったというのに。
 
「そうか」

 デュランダルは何処か――――嬉しそうにしているとファルシオンには見えた。








 

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