剣聖抹殺。
 しかもそれが、次にその称号を引き継ぐ予定の人物が口にした事が、このエチェベリアにとって何を意味するのか――――それは魔術士でありエチェベリア人ではないファルシオンやヴァールよりもフランベルジュの方がより深く理解していた。

 かつて学術国家と呼ばれたエチェベリアだが、現在は冠なき国家。
 これがあるからこの国は滅びない、他国とも渡り合えるという、確固たる国威が存在しない。
 だからこそ、剣聖や銀朱にかかる責任の比重は大きい。

 デ・ラ・ペーニャとの戦争に勝利しても、国民の熱気が過度に高まる事はなかった。
 この国は、戦いに勝利する事に然程飢えていない。
 戦って勝ち取って来た国ではないからだ。

 だから、剣士や兵士に向けられる視線は、実のところ憧憬ではない。
 無論、純粋に猛者や手練れに対し憧れを抱く者は多いが、それは総意ではなかった。
 故に、彼らの剣には国防の責任ばかりが強くのし掛かる。

 国民からの期待ではなく、国の歴史そのものの責任だ。
 それが国民の目となり代弁してくる。
 我々を守れ――――と。

「この国に勇者が必要だと"彼"が唱えたのは、民衆にとっての英雄が勇者であり、剣聖や騎士ではないと実感していたからだ」

 デュランダルは敢えて彼と呼んだが、それがガラディーンを差している事は余りに明白だった。
 つまり、ガラディーンは勇者支持派。
 勇者の称号を抹殺しようとする勇者計画とは正反対の立場だ。

「剣聖は……ガラディーン=ヴォルスは、勇者計画を止めようとしていた……?」

 つまり、ファルシオン達にとっては味方。
 ならば、その味方を抹殺しようとしているデュランダルは――――敵。
 その図式を突きつけられ、ファルシオンの顔が歪んだ。

「勇者計画は王族の総意。それに背く剣聖などあってはならない。無論、彼もそんな事は承知している」

「だから水面下でリオを守ろうとしていたと?」

「違うな」

 デュランダルは、エル・バタラでの一幕を思い返していた。

 本戦の一回戦。
 この大会への国民の注目を最大限にすべく、デュランダルとガラディーンの対決が組まれた。
 諜報ギルド【ウエスト】との連携もあり、決して容易ではなかったものの、全ての手筈は整った。
 
 その試合は、剣聖の引き継ぎの為の儀式でもあった。
 デュランダルがガラディーンに勝利し、副師団長であり次世代の最強剣士が自他共に認めるエチェベリアの枢軸となる。
 これほどわかりやすい世代交代はない。

 だが決定していたのは勝利のみ。

 二人とも知っていた。
 本気で戦えば――――あくまで命懸けでなく試合としての技量比べであるならば――――デュランダルが勝利すると。
 お互いの共通認識である事も理解していたのだから、手を抜く必要は何処にもなかった。

 だから、デュランダルは見せた。
 まだ完全に身体に馴染んでいた訳ではない生物兵器による攻撃を。
 己の現状を報告する為に。

 それは、剣聖ガラディーン=ヴォルスへの礼儀であり、同時に最後の検証でもあった。
 未だ国内最高峰の剣士たる彼に通用すれば、あらゆる人間にこの技術は通じる。

 誰も反応出来ない、最速にして不可侵領域の一撃。
 それを――――

『我が国の希望』

 ガラディーンはそのように表現した。

 決して誤りではない。
 デュランダル自身、その認識があるからこそ生物兵器を受け入れたし、そのつもりで身に付けてきた。

 だが、ガラディーンはそれを歓迎していた訳ではなかった。

『ようやく……休める……な……』

 その最後の呟きを聞いたのは、二人――――ガラディーン本人とデュランダルだけ。

 意味を理解したのは、一人――――ガラディーン本人だけだった。

「彼が勇者計画を止めようとした理由は、前途ある若者の不遇を嘆いたからではないし、倫理的に度し難いと判断したからでもない。もっと単純で、もっと愚かしい理由だ」

「それを私達に教えるっていうの……?」

 フランベルジュは思わず生唾を呑み込んだ。
 今、デュランダルが話している事は、この国で現在行われている内戦――――謀略戦争の内情そのもの。
 国家機密どころではなく、国家の恥部そのものだ。

「聞きたくなければ話はしない。巻き込まれたくなければ逃げ出せばいい。尤も……」

「『世間を騙し続けた勇者一行の残党』の私達に安住の地はありません。既に渦中にいるのに、巻き込まれるも何もありません」

 デュランダルの言葉を待つまでもなく、ファルシオンは覚悟を済ませている。
 その相棒の姿に、フランベルジュも唇を噛みつつ頷いた。
 
「なら私も是非聞かせて貰おう」

 ヴァールもまた、その場に留まる。

「剣聖がスティレット様と組んでいる事が何故愚かしいのかを」

 そして、先回りして告げる。
 流通の皇女と剣聖の蜜月を。

「……ま、ここまでの話を聞いてたら何も不思議じゃないけど」

「はい。剣聖がここにいた理由にも繋がります。剣聖がヴァールの代わりの用心棒ですか。中々贅沢ですね」

「……」

 感情を表に出さない魔術士という共通項を持った二人が、睨み合うでもなく沈黙を共有する。
 ここに来て対立している訳ではない。
 ヴァールが決して言えないであろう確認事項を、代わりにファルシオンが言っただけだった。

「流通の皇女の目的は、この国が情報として抱える世界各国の暗部を我が物にする事。引いてはその情報が保管されてあるメトロ・ノームを我が物にする事。それを阻止する人間は全て敵だ」

 要するに――――国家とそれに従属する人間全てが敵。

「勇者計画を阻害すれば、その分計画は遅れ、精度を欠く。現にお前達が生き延びた事で、本来必要でない一手が必要になった」

 確実に口止めをする為の残党狩り。
 それを実行する為の人員確保。
 計画に大きな支障はなくとも、そういった小さな計算外が積み重なれば、やがて破綻を招きかねない。

「もう一つの計画……花葬計画に割ける人員も余裕がなくなってくる。それが狙いだ。そして君はそれに救われた」

 君、という言葉が誰を指したのか、ファルシオンもフランベルジュもヴァールも瞬時には理解出来ず、ほぼ同時に眉を顰めた。

「本来、罪をなすり付けられ始末される予定だったのは、フェイルではなく君だった」

 デュランダルの目が捉えていたのは――――ファルシオンだった。







 

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