――――数刻前

 


「あいつとは、フェイルの事か」

 ガラディーンの穏やかな目は、勇者一行の残党と視認する二人の女性をその場に閉じ込めていた。
 それは決して比喩ではない。
 睨みとも言えない彼の視線は、それだけで他人の自由を奪う。

 勇者一行――――

 正確には勇者候補一行だが、一般人は勇者がどういう意図と思惑をもって生み出されようとしているのか知る由もない。
 候補という言葉に雑味を覚え、省略する事にさしたる理由などなかったが、ファルシオン達はいつからかそう呼ばれるようになった。

 ファルシオンにとって、勇者一行は自分の居場所だった。
 当初は、自分と国、そして自分と母を繋ぐ為の仕事場。
 旅を続けていく中で、その意識は薄れこそしなかったが、罪悪感を帯び、やがて心情を切り離した事実のみが浮遊した。

 呆れる事は多々あった。
 リオグランテもフランベルジュも違う意味での世間知らずだったし、違う意味で脳天気だった。
 自分がいなければとうに瓦解していただろうと想像するだけで、頭が痛くもなった。

 けれど、彼らには美しい目標があった。

 勇者としてこの国の一助になりたい、そんな綺麗な夢が。
 女剣士の地位を向上させたい、そんな尊い目的が。

 自分だけが薄汚れている。
 ファルシオンは常に、劣等感を背負いながら生きてきた。

 そして、今も。

「思えば、あの少年との付き合いも随分と長くなったものだ。もしかしたら彼のような人間こそが、この国にとって特別な存在なのかもしれぬな」

「……何を……?」

 同じ疑念をファルシオンも抱いていたが――――実際に口にしたのはアロンソ=カーライルだった。


 フェイル達と分かれ、ヴァレロン・サントラル医院の何処かにいるスティレットを探すという目的は、既に見失いつつある。

 アロンソとの遭遇、そして戦闘。
 オスバルドの急襲。
 カラドボルグの逃走とヴァールの追跡。

 そして――――剣聖ガラディーンの出現。

 既に大勢は決している。
 オスバルドだけはどうにか無力化出来たが、魔力がほぼ尽きたファルシオンと消耗したフランベルジュだけでガラディーンを相手に戦ったところで、一矢報いる事さえ出来ないだろう。
 このままの戦力差では。

「先刻の質問……某が自ら動く理由、だったかね。無論、明かす事などしない。冥土の土産など意味もなかろう」

「なら、貴方が私を始末しますか」

 ファルシオンに、この絶望的状況をどうにかする力はない。
 魔力が残っていようといまいと。
 だから、彼女は賭けた。

「口封じは確実に、当人の手で行う。そういう事ですか」
 
 自分に課せられた役割の全貌を――――今ここで解き明かす。
 そこに一縷の望みを賭けた。

「何を言っているのか、今ひとつ理解しかねる。口封じ?」

「私が勇者一行を……リオグランテとフランベルジュを監視し、予め定められた場所へ適切な時期に誘導していた事は当然知っているでしょう。勇者計画において、それなりに重要職だった自覚はありますから」

「……」

「そして、貴方がたが勇者計画の一翼を担っていたのも知っています。エル・バタラの参戦者で予選を通過した人間の大半はそうでしょう」

 ガラディーンもアロンソも、計画の一部に組み込まれている。
 何も知らない筈がない。

「ふむ、つまり君は、勇者計画についてある程度の事情を知っている故に、某が口封じをすると……そう言いたいのかね」

 エル・バタラは『不正が行われた』と確実に疑念を持たれるよう、とてもわかりやすく不戦勝・不戦敗を繰り返していた。
 リオグランテに全てなすり付け、勇者の称号を失墜させる為に。
 その意味で、デュランダルのリオグランテ殺害は口封じだったとも言える。

 だが――――

「仮に君やそこの剣士が濡れ衣だと言ったところで、誰が聞く耳を持つか……という問題になる。口封じの価値があるか否かを論ずるならば」

「聞く耳を持つだけの客観的証拠があったとしても、それを証明する事にメリットを見出す人間がどれだけいるか、という話になるのでしょうね」

 ファルシオンが語ったのは、その意味での"口封じ"とは少し違っていた。

「そして君は魔術士……か。成程、某は冥土の土産の意味を履き違えたのかもしれぬな」

 ガラディーンの表情は、温和だった。
 対峙しているアロンソとは対照的に。

「剣聖殿!」

 ガラディーンがこの場に現われてからというものの、アロンソは常に平常心を失った顔をしている。
 それを見逃すファルシオンではない。
 そして、フランベルジュはそんなファルシオンの一点突破を狙う目を見逃していなかった。

 助かりたい、ではない。
 石に齧り付いてでも、この場を乗り切る。

 それは意地でも使命感でもなく――――かいくぐってきた修羅場への敬意だった。

「邪魔をしないで頂きたい。残党狩りは僕の仕事です。幾ら貴方と言えど、譲る気はない」

「……誰に良い所を見せたいのだね?」

 アロンソにとって、ガラディーンは味方ではない。
 寧ろ敵だと、そう判断するには十分なやり取りだった。

 ファルシオンの繋ぎ続けた言葉が、それを露呈させた。

「再度問おう。君は"本当は"誰に良い所を見せたいのだね。言ってみ給え」

「ぬ……ぐ……」

「ガラディーン派、等という下らぬ言葉に某が惑わされるとでも思ったか?」

 アロンソの足が一歩、後ずさる。
 自分に向けられたものが敵意なのか、そうではないのか、それさえも判別出来ず、ただただ気圧された。
 そんな足取りだった。

「貴方は……変わってしまわれた。僕も……トライデントも、貴方に忠誠を誓ったのは、貴方がこの国の事を誰よりも考えていると信じていたから……」

「調整役という意味では、君は優秀とは言えないようだ。彼女の方が余程全体を見極めている」

「――――っ」

 声が途切れる。
 脚からの出血で青ざめたまま地に伏しているオスバルドの浅い呼吸音だけが、乾いた空気を揺らしていた。

「考えを改めよう。ファルシオンだったか……君をこの場で屠るのは得策ではない。君は既に、この国の中枢まで手を伸ばしている。ならば君は……魔術士である君は、少々扱い辛い存在だ」

 ファルシオンがもし、魔術国家デ・ラ・ペーニャから派遣された間者であったとしたら?
 それならまだ問題ない。
 仮にこの国の恥部を彼女に知られたとしても、それこそ口封じすれば良い。

 だが――――この国の誰かがデ・ラ・ペーニャの有力者と組み、封印されている情報の中から特定の情報を見つけ出そうとしているなら?

 この場でファルシオンを始末しても、黒幕に辿り着くのは難しい。
 そして現在、このヴァレロンおよびヴァレロン・サントラル医院は大勢の侵入者によって、その脆弱性から危惧される状況にある。
 
 封印が解かれてしまう危険性を孕んでいる。
 今ここに、アルマ=ローランがいるという事実によって。

「デュランダルが某よりもこの国の事を考えている。それが君の結論なのだね」

「待――――ぁ」

 最期の言葉は、皮鎧の継ぎ目を鮮やかに貫いたガラディーンの剣によって一方的に千切れる。

 呆気ない、余りに呆気ない終焉だった。








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