戦闘における"準備"は、何も戦場に赴くまでに行うと決まった訳ではない。
 戦場、それも戦闘寸前に、予定にさえなかった事をその場の判断で準備する事はある。
 そしてそれは、生き残る上で最も重要な作業の一つだ。

 フェイルは特別戦闘経験が豊富という訳ではない。
 ただ、幼少期から『生き残る為の一日』を積み重ねてきた自負はある。
 その経験が、フェイルを今日まで生かしてきた。

 今まさに目の前にいるデュランダルに対しても。

 フェイルの目的はそう多くはない。
 大別するなら『父親の悪行の阻止』と『仲間・身内の安全確保』。
 この二つを同時に満たせば、後はどうとなれだ。

 そして、この二つの目的に関して最大の障害となるのがデュランダルの存在。

 もしデュランダルがビューグラスやスティレットの行っている花葬計画を支援しようとしていたのなら、非常に厄介なのは言うまでもない。
 彼がスティレットと敵対しているのは既に確認したが、それはあくまでも指定有害人種としてのスティレットを狩る為であって、花葬計画を阻害する目的ではない。
 よって、デュランダルがどのような目的で動いているのかを把握する必要があった。

 勇者一行の残りの仲間を始末する――――そのような残党狩りのような真似を、副師団長ともあろう人間が中心となって行う筈がない。
 無論、遭遇すれば話は別だが、率先してデュランダルがファルシオン達を追いかける事はないとフェイルは見ている。
 だから重要なのは、デュランダルの花葬計画に対する執着心だった。

 その執着心は――――薄い。
 それが、対話によってフェイルが導き出した結論だ。

 デュランダルは花葬計画よりも、国王の命令よりも、フェイルという部下の獲得に執着している。
 逆に言えば、花葬計画への関与は最優先事項ではない。
 少なくとも、騎士としての誇りを傾けている様子は見られない。

 それならば、今フェイルがすべき事は一つ。
 デュランダルをどうにかして出し抜き、この場を切り抜け、ビューグラスを探す。
 それしかない。

 難しい事など何もない。
 極めてシンプルだ。

 当然、デュランダルを相手に逃げ果せるなど普通では不可能。
 だが今の彼はフェイルを部下として迎える算段がある以上、フェイルを殺せない。
 殺せないどころか、大怪我をさせる事も出来ない。
 それもまた本人の言葉通りだ。

 この条件下であれば、逃げられる。
 ここが荒野なら無理だが、隠れる場所が幾らでもある院内なのだから、やり過ごす方法はある。

 例え可能性が低くとも、そうすべきだ。

 本来なら――――


「お前が俺の配下に加わるなら、オプスキュリテも俺の元に戻る。そもそも、剣を使えばどう加減したところで肉体の損傷は激しくなる。俺から剣を奪った戦略それ自体は褒めよう。だが無意味だ」

 今すぐにでも背中を見せていい場面だった。 

 デュランダルは剣を持っていない。
 オプスキュリテ以外の得物も所持していない。
 逃走する為の条件は整っている。

「この時の為の"これ"だからな」

 デュランダルの右手が、彼の顔の前で五つの指を折る。
 空気を鷲掴みにするような所作は、明らかに攻撃の予備動作とは異なる。

 だが、それが無意味な威嚇である筈がない。

 フェイルは自覚していた。
 デュランダルもまた、同じだった。

「丁度良いね」

「丁度良いな」

 そう。
 丁度良かった。
 二人が戦うには。

「お前を屈服させるには、素手ぐらいが丁度良い」

 刹那――――デュランダルの右腕がしなる。
 鞭のように、それでいて槍のように、軽く握られた拳が腕の長さの限界を超え、フェイルに襲いかかる。

「逃げずに戦う……その為には、師匠が素手で戦うくらいじゃないとね」

 心中でそんな事を呟きながら、フェイルは上半身を即座に沈ませた。
 視える。
 両の目を見開いたフェイルは、デュランダルの言うように、彼の生物兵器による攻撃を視認出来ていた。
 
 逃げる事は出来る。
 でも背を向けるリスクも大きい。

 なら――――戦い制圧する、または追えないくらいのダメージを与えるという選択もまた、正解の一つ。
 少なくとも『逃亡』と同等に考えられるくらいの価値はある。
 オプスキュリテを持ったデュランダルが相手ならどうしようもないが、素手のデュランダルなら戦える。

 そう判断するには丁度良い。
 そんな戦況を、フェイルは心の何処かで歓迎している自分を自覚していた。

 戦闘で得られる成果や充足感など、とうに忘れていた。
 弓矢をこの国に見直させるという野心も、もうとっくに諦めている。

 今、フェイルの身体を持ち上げ、そしてデュランダルに対しバックステップで遠ざかりながら矢を番えているその原動力となっているのは――――
 
 試したい。

 自分が培ってきた技術を。
 鍛えてきた身体を。
 磨いてきた戦闘技術を。
 知恵を絞って身に付けた戦闘スタイルを。

 世界最高峰の戦闘能力を有した、そして気心の知れたこの男に試したい。
 そんな、弓使いとしての純粋な心だった。

 後方に跳びながら弓を引き矢を放ち、尚且つ精度と威力・速度を保持するのは高等技術。
 王宮にいた頃と変わらない軌道で、矢は放たれた。
 それでもフェイルは、その一撃が布石にさえならないだろうと理解していた。

 案の定、矢はデュランダルの右手でアッサリと払われた。
 先端部ではなく矢の銅の部分に手を当て、正面から来た矢を真横へ吹き飛ばす。
 人間業と呼べるものではない。

 その動きを――――フェイルの両目はじっと焼き付けていた。

 矢を一本犠牲にしてでも、それが必要だと判断したからだ。
 矢筒の中には、まだ五本の矢が残っている。
 ただしトライデントとの戦闘で矢筒を盾にした際、矢を二本傷つけてしまった為、普段通り使える矢は三本しかない。

 抱えている問題は矢だけではない。
 肩の骨も砕けたまま。
 自前の痛み止め【ナタル】で痛みはなくなっているとはいえ、今の攻撃で肩周辺の筋肉は炎症を起こしただろう。

 身を削りながらの戦い。
 それはフェイルにとって、特に問題ではなかった。

 デュランダルを相手に、後顧の憂いなど不要。
 この戦闘が、生涯最後の戦いになる。
 弓を握り弦を揺らす最後の機会となる。

 その覚悟は、最初から完了していた。

「……そういう事か」

 そして、その戦い方がデュランダルにとってこの上なく厄介である事も、フェイルは知っていた。








 

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