学術国家エチェベリア――――その冠が脆くも崩れ去って以降、エチェベリアは迷走を極めた。
 ルンメニゲ大陸の東側に位置し、要塞国家ロクヴェンツ、自然国家ライコフ、そして魔術国家デ・ラ・ペーニャに囲まれたこの国は、それらの国に対し異常なまでに警戒を強めていた。

 防衛に関しては大陸最高の技術と実績を持つロクヴェンツ。
 資源に恵まれ、大陸内全ての国家と貿易を行い潤沢な資金を蓄えるライコフ。
 魔術という他にない技術で着実に存在感を強めているデ・ラ・ペーニャ。

 特徴豊かなこれらの周辺国家は、エチェベリアにとって劣等感を刺激する格好の存在。
 何もない事が見下される理由にはならないが、何もないと痛感させられる理由にはなり得る。
 いずれ見向きもされなくなり、朽ち果てて行くのでは――――そんな実体なき危機感を抱いてしまう者もいる。

 国家の中枢を担う国王が、そんな被害妄想に取り憑かれたのは遥か昔の話。
 当時のエチェベリア国王はどうにかして他国に誇るものを生み出そうと躍起になり、自国を含む世界中から数多の技術、数多の文化を得ようと人材を集めた。
 それも、ほとんど人攫いのような手段を用いて。

 彼らは王城に軟禁され、王の命じるままに自国の情報を書にしたためた。
 無論、断る者も大勢いた。
 その多くは帰らぬ人となり、存在すら闇に葬られた。

 一方、積極的に協力する者もいた。

 自国に不満を抱く者、なんとか取り入ってこの国でのし上がろうとする者――――目的は様々だ。
 余りに強引で美徳に欠ける手口でも、国王自ら動いているとなれば、そういう連中も出てくる。
 100年もしない間に、エチェベリアの王城には自国のみならず世界各国の情報が集う事となった。

 時の国王は、これをもって学術国家エチェベリアの復刻を願った。
 当然、それらの情報をそのままにしておく訳にはいかない。
 例えばデ・ラ・ペーニャのアランテス教会がその存在を否定している邪術など、中には国家機密級の情報も数多くあるからだ。

 もし、他国の民を拉致監禁して無理矢理情報を引き出したと知られれば、エチェベリアは大陸内で孤立する。
 それどころか、粛正されかねない。
 侵略され、領土は全て奪われ、植民地――――或いは国ごと滅ぼされてしまうだろう。

 ならば、情報を上書きすればいい。
 得た知識をより高度化し、新たな技術や産業を生み出し、国力を高めればいい。
 その下地は既にある。

 だが、そう簡単に事は運ばない。
 強引なやり口がすっかり板に付いてしまった時の国王は、端的に言えば"やり過ぎた"。
 資産家や貴族の中に、その国王の手腕を疑問視する声が生まれ、やがて――――声は勝鬨へと変わった。

 ヴァジーハ1世は、そんな経緯で誕生した。

 彼もまた、順風満帆とはいかなかった。
 外政ばかりに注力していた前国王が国民の声に耳を傾けていなかったため、国内の治安は悪化。
 王宮に対する国民の悪感情は膨らみ、それを収める為に彼は『勇者』の称号を提唱した。

 勇者は何者にも縛られない。
 特別な権限はないが、国王さえもが一目置く存在となる。
 国民の間に勇者ブームを生み出すのは、そう難しくはなかった。

 勇者を定期的に生み出すのは、国王の務めでもあった。
 勇者さえいれば、『この国は民に夢を与える。希望を掲げてくれる』と解釈してくれる。
 治国においてこれほど楽な事はない。

 だが――――抜本的な問題は未解決のまま。
 学術国家の冠を復刻させるには、先代が非人道的な方法で集めた情報の利用・解析が必須とヴァジーハ1世は結論付けた。

 そう結論付けたのは単純な理由。
 そうしなければ、自分の代で目的が達成出来ないからだ。

 また一から案を出し、種を蒔き、芽が出るのを待っていたら存命の内に花は咲かない。
 自分が死んで、次の世代で花開いたとしても、自分に達成感は得られない。
 極めて身勝手で、極めて真っ当な理由だった。

 しかし、志半ばでヴァジーハ1世はこの世を去った。
 その子供も、孫も、玄孫も……エチェベリアに戴冠する事は叶わないまま、次世代へ望みを託した。
 
『この計画は、我々ヴァジーハ王家の悲願と言っても過言ではない』

 ヴァジーハ8世の言葉は、彼一人のものでは決してなかった――――

 


「魔術に対し効果的な生物兵器。そして生物兵器に対し真価を発揮する生物兵器。この二つの研究成果があれば、エチェベリアは他国に対し大きな顔が出来る。冠が載せられる。そうだよね?」

 フェイルにとって、その持論は間違っていても一向に構わなかった。
 時間稼ぎ以上の意味は然程ない。
 ただ、既に時間稼ぎそのものにも意義を見失っている今、会話自体が形骸化しているとも自覚していた。

「答えは要らないよ。それよりも聞きたい事があるから」

「俺が答える保証などない筈だが?」

「行動で示してくれればいいよ。師匠は僕をどうするつもり? 以前の計画通り、暗殺部隊の一員にしたいの?」

 それがデュランダルの主目的と断定するのは、自惚れが過ぎる。
 けれど最早、最有力と言わざるを得ない状況にあった。
 でなければ、彼がこれだけ長時間、フェイルに攻撃さえしないままこの場に留まっている理由がない。

「僕を味方に引き入れて、アルマさんの情報を得る。そして僕を戦力として手に入れる。それが師匠の目的?」

「目的など、一つや二つではなかろう」

 背筋から気温が消失した。
 それくらい、フェイルは戦慄を覚えた。

 目的というものは多数あって当たり前――――
 そのさりげない一言が、デュランダルの背負う全てを表しているように思えた。

「勇者計画と花葬計画は、国家主導の筈だよね。今の僕の想像が多少でも真実に掠ってるのなら、国王とその臣下が企てたものだ。師匠は……その計画に僕を……?」

 組み込んだ。
 もしそれが真相だとしたら、フェイルの眼前にいる国家最強の騎士は、信じ難いほどに我侭が過ぎる。

 一度離れた教え子を手元に戻す為、国王の勅命さえも利用しているのだから。

「……お前にはまだわからないだろう」

 消失していたデュランダルの殺気が――――強風に晒され萎んだ炎のように、少しずつ戻っていく。

「年を重ねるごとに、自分自身への関心が薄れゆく。自分の限界を知るのはそう難しくない。まだ到達出来ていなくとも、そこはやけに明朗に見える」

 フェイルには、その殺気が酷く寂しげに思えた。

「この右腕は、反抗の証拠でもある。だが……所詮は付け焼き刃。使いこなせばこなすだけ、空虚になるだけだ」

「……」

「どうすれば、強くなれる。どうすればより強靱になれる。恐らくはあの方も自問自答の果てに辿り着いたのだろう。俺とは違う道に」

「あの方……?」

 国王――――である筈もない。
 ならば、考えられる人物は一人しかいなかった。
 デュランダルが敬意を示す相手など、他にいない。

「交換条件だ。フェイル、お前が俺に付けば、勇者一行の残党を優先的に保護する」

 しかしその敬意には、確かな敵意が混じっている事をフェイルは感じ取ってしまった。







 

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