生物兵器に由来する独特の動きを、フェイルは既に何度も経験していた。
 それも、一人や二人ではない。
 これまでの人生の中で、リオグランテをはじめ数多くの生物兵器キャリアの人物と出会い、戦ってきた。

 だからわかる。
 生物兵器――――指定有害人種――――そのような言葉で全員を一括りには出来ないと。
 それぞれに個性があり、それぞれ異なる動きをしている事を、フェイルは心ならずも視認していた。

 その引き出しの多さは、世界中の誰よりも勝る。
 この、生物兵器の研究が行われていたメトロ・ノームを地下に構えるヴァレロン新市街地に住み、誰よりもその核心に近付こうとしたフェイルだからこそ、身に付けた――――身に付いてしまった強み。
 
「……っっ」

 それが今、生きた。
 誰に対しても、あの剣聖ガラディーンさえも一撃で仕留めたデュランダルの右腕が空を切る。
 呻りを上げ、まるで高速で宙を這う蛇のようにしなやかなその動きを、フェイルは完璧に目視し、そして回避した。

 本来、あり得ない事だった。
 人間の反射が追いつかないほど、デュランダルの攻撃の速度は図抜けていたのだから。

 にも拘わらず、フェイルは身体を後ろに反らし、顔を背けるようにしながら躱した。
 しかも、掠らせもせずに。
 経験だけでは到底不可能な動きだった。

 理由そのものは単純明快だった。
 フェイルの動き出しが早かった。
 デュランダルが攻撃体勢に入った頃には、既に回避の行動は終わりつつあった。

 予測――――ではない。

 予知の領域。
 
「ふ……ぅ」

 フェイルの顔に冷や汗が滲む。
 呼吸を一瞬忘れるほど、肝を冷やしていた。

 食らえば確実に戦闘不能。
 それほどの威力なのは、既に闘技場で二度も見た。
 結果的に綺麗に躱したとはいえ、フェイルの中にはあらためて一撃必殺の恐怖がこびりついた。

「……」

 一方、デュランダルの表情に変化は――――ない。
 銀仮面は攻撃を避けられた程度では変形しない。
 しかしそれはあくまでも『仮面』という表層に過ぎない。

「おかしい、避けられる筈がないのに、って顔だね。手加減し過ぎた筈もないのにって、そう思ってるでしょ」

 戦闘中の無駄口には明確な理由がある。
 これは時間稼ぎが目的ではなかった。

 デュランダルの攻撃は、それだけで死を隣接させるだけの威力がある。
 だがそれだけではない。
 死の重圧を具現化し、塊にしてぶつけてくるような攻撃――――いわば呪いだ。

 呪いの一撃は、回避したとしても恐怖心を植え付けてくる。
 事実、フェイルは今、明らかに平常心ではなく、鼓動が通常時より遥かに早い。

 精神的な立て直し。
 言葉を発した目的はそれだけだった。

「いや、違う」

 だが――――デュランダルの返答によって、目的は瞬時に変容した。

「お前には、今の一撃が避けられる。その事実を反芻していた」

 相変わらず、デュランダルはよく喋る。
 フェイル以外が相手の戦闘では、ここまで声を発する事はない。
 仕留めた後であってもだ。

「回避出来た要因を自分で理解しているか?」

「……勘、かな」

「経験則という言葉を隠しても無意味だ。だがそれは主因ではない」

 不意に、デュランダルは自身の右腕を掲げ、顔を隠す。
 攻撃の予備動作でない事は、フェイルにも直ぐに理解出来た。

「お前のその目は、それが本来備えている能力……"役目"だ」

「……?」

「解説が聞きたいか?」

 自分が理解出来なかった事を悟られ、フェイルは舌打ちしたい心境に駆られる。
 ただしその苛つきは、自分自身に向けてのものではなかった。

 デュランダルを相手に、そのような苛つきを覚えていては到底身が持たない。
 それは過去に何度も何度も経験した事だった。

 苛ついたのは――――デュランダルに対してだ。

「こんな所で時間を食ってもいいの? 他のやる事あるんじゃないの?」

 無論、彼をこの場に足止め出来るのなら、それに越した事はない。
 しかしその張本人がこの場に留まるよう仕向けてるとなると話は別だ。
 逆に自分が足止めされている――――そう解釈せざるを得ない。

 だが、フェイルの眼前にいるのはデュランダルだ。
 この国最強の剣士だ。

 そんな人間が、自分を足止めするなどあり得ない。
 自意識過剰にも程がある。
 でもそう解釈せざるを得ない。

「一体何がしたいのさ」

 フェイルは苛立っていた。
 これだけ自分を特別扱いしてくるにも拘わらず、まるで実体を掴ませない師に対し。

「言った筈だ。お前の持っている情報、アルマ=ローランに関する情報が欲しいと」

「なら僕を戦闘不能にして、脅せば良いだけだろう?」

「それで屈するような簡単な奴ならそうしている。そうでないと知っているから、こうして策を弄し搦手を探っている。俺のやり方ではないがな」

 実際、明らかに不慣れな様子はフェイルも感じ取っていた。

 フェイルを殺そうと思えば、デュランダルにはいつだってそれが出来る。
 だが彼の目的を考えればそれは出来ないとフェイルも把握している。
 それ故に、先程のデュランダルの攻撃は想定外であり、恐怖を抱かざるを得なかった。

「先程の話に戻そう。お前の目は生物兵器と"渡り合う"為の研究の産物だ。ようやく確信が持てた。これで交渉が出来る」

「……さっきの攻撃は、俺の目を試す為だったって言うの?」 

「そうだ。お前は、俺がお前を殺す気はないと高を括っていた。絶対に躱せない筈だったんだ、あの一撃は。だが結果は掠る事さえなかった」

 ただでさえ回避不可の神速の突き。
 しかも不意打ちに近い。
 それを躱した事で、フェイルは自身の特異性を露呈してしまった。

「鷹の目と梟の目。本来なら決して合わさる事のない、異なる方向性に向かって独自の進化を遂げた二つの目。それを左右の目として一つの視界を作り出した時、一体何が視えるのか……その研究結果が、お前のその目だ」

「……」

「だがその目は、人間が所持し活用するには余りにも負荷が掛かり過ぎる。既に自覚はあるだろう。生物兵器の動きを何度も目撃した事で、お前のその両目は本来の役割を思い出し、今は覚醒の最中にある。生物兵器の動きを捉え、回避を可能とする役割を見事に果たしている」

 少しずつ、フェイルは理解し始めていた。
 デュランダルが何故、饒舌なのか。
 どうしてこのヴァレロンにまでやって来たのか――――

「俺にアルマ=ローランの情報を渡せ。後は俺に任せろ。お前は生物兵器と関わりのない場所で余生を過ごせば良い。そうすれば、お前は光を失わずに済む。今ならまだ間に合う」

 思わず膝から崩れ落ちそうなほどの衝撃が、フェイルの心を砕こうとしていた。







 

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