国王という存在は、何時の世も絶対であるが故に籠絡され易い。
 特に、初代の血が薄まれば薄まるほど、その傾向が強くなる。
 誇りを忘れるのか、代を重ねていく内に帝王学に甘さが生じるのか――――いずれにせよ、根拠はないに等しい。

 だが現実として、現エチェベリア国王ヴァジーハ8世がその状況下にあるのは、ほぼ間違いなかった。

 もし、スティレットの言が根拠なき偽りならば、騎士であるデュランダルが黙っている筈がない。
 彼の沈黙は、誰のどの言葉よりも雄弁だった。

「勘違いしないで欲しいんだけど……女の武器を使った訳じゃないのよ? あたしこう見えて、実は結構高潔だから。相手が王様だろうが奴隷だろうが、あたしが認める人間じゃなかったら交渉はしないの」

 隣にいるスティレットの妖艶な息が、フェイルの首筋を侵す。
 まるで蟲が這うように。

「この国はね、何もないの。かつては学術国家なんて呼ばれてチヤホヤされてたみたいだけど、今は空っぽ。世界的な剣士が二人いても、武力ではヴィエルコウッドやエッフェンベルグには及ばない。守りもロクヴェンツの方がずっと上。かといって、シーマンみたいに商売上手でもないし、ホッファーやローバみたいに芸術に特化した歴史もない。本当に虚しいくらい空洞の国。だから、ね……」

 舌なめずりするような声。
 フェイルは初めてそのような音を聞いた。

「劣等感がスゴいのよ、この国の王様は。特に隣国のデ・ラ・ペーニャに対してはね。魔術国家なんて新参者が、今や大陸中で一目置かれる存在だから尚更」

 ヴィエルコウッド。
 エッフェンベルグ。
 ロクヴェンツ。
 シーマン。
 ホッファー。
 ローバ。
 そして、デ・ラ・ペーニャ。

 全てエチェベリア同様、ルンメニゲ大陸およびその周辺にある国家であり、国際条約により侵略行為は禁じられている。
 強い武力を有している国も、そうでない国も。
 
 エチェベリアは、それなりの武力を持っている。
 スティレットの言うように、二人の剣士――――デュランダルとガラディーンの名は他の国家にも知れ渡っているほど。
 しかし、実際にその剣技が世界最高峰であるか否かは、真価を発揮出来る舞台がなければ判明しない。

「だから王様はね、どうしても戦争したかったの。お隣さんと」

 侵略行為禁止の条約を無視した、兵の派遣。
 本来ならば、他の国家が黙ってはいない筈だった。

 ――――条約に従うならば。

「あとはどういう事か、わかるでしょ? あたしの心証が確かなら、貴方は結構切れ者だし……ね?」

「……」

 答える義務はなかったし、何より今のフェイルはスティレットの話に集中する余裕などない。
 それでも彼女の言葉が意味するところを理解するのに、取り立てて問題はなかった。

 スティレットが各国に根回しした。

 国際条約も、皆で破れば怖くない。

 つまりはそういう事だ。

「お喋りは……済んだか?」

 院内の廊下が微かに震えたと錯覚するような、地鳴りに似た声。
 デュランダルの感情を、フェイルはハッキリと感じ取っていた。
 彼の殺気は今、明確にスティレットへと向けられていた。

「あたしが死ねば全て解決――――なんて訳ないって理解しているでしょう? 銀仮面さん。それともあたしがこの国の病巣とでも思ってるの?」

「……お前が一国に留まる悪女風情ではない事は認めよう」

 それでも、デュランダルの殺気は消えない。
 フェイルにとって、それは好都合――――と断言出来るような状況ではなかった。

 疎外感は一切ない。
 まして、相手にされていないという屈辱では決してない。

 目的が完全に分散してしまっているという厄介な問題が原因だ。

 元々の目的はスティレットとの対峙であり、彼女とこうして遭遇出来たのは僥倖だった。
 だが今は、デュランダルが目の前にいる。
 アルマとアニスに牙を剥くデュランダルが。

 先程のスティレットの話を信じるならば、デュランダルにとってスティレットは『王を誑かす女狐』であり、始末すべき対象なのは確か。
 しかしそれは国王命令である筈がない。
 完全な私情とまでは言えないが、優先順位としては高くは出来ない。
 それが騎士だ。

 それだけに、デュランダルの行動が読み辛い。
 スティレットだけを相手にすれば良いという訳ではないのは明白だからだ。
 この場でフェイルを捕縛し損ねた場合デュランダルの損失がどの程度なのか、フェイルは自分自身の価値を正確に把握しなければならないという極めて難しい立場に追い込まれていた。

「師匠。質問」

 ――――というのは、スティレットの計算。

 そう読んだフェイルは、自分自身については全く違う事を考えていた。

「師匠はこの人を消したいの?」

 まるで幼子のような、原始的な質問だった。
 その瞬間、スティレットの余裕が消える。
 見開かれた目は、微かに血走ってさえいた。

「……」

 仮面は微笑わない。
 それでもフェイルにはわかる。
 デュランダルは、フェイルの余りに朴訥な質問に対し、愉快そうに回答した。

「現実的ではない……な。どう呼ばれようと、所詮は一介の騎士に過ぎない立場だ」

「ならその殺気は――――」

 フェイクではないにしろ、正直ではない。
 そう確信したフェイルは、即座に後方へと跳んだ。

 これも、視てから反応した訳ではない。
 予測とも少し違う。
 未来予知と言えば、或いはそれが近いのかもしれない。

 フェイルの両目には、ノーモーションで剣を突き出すデュランダルが映っていた。

「ふうん……そういう事ね」

 戦闘は既に始まっている。
 今、ようやくスティレットは状況を理解し、口元を薄く緩めた。
 そして同時に、彼女の身体は離脱を選択していた。

 自分が真の標的ではないという確信からの行動。
 デュランダルに背を向けるという蛮行に等しいその選択でさえ、彼女にとって大したリスクではなかった。

 その行動を横目で追いながら、フェイルもまた判断を迫られる。

 一対一でデュランダルと戦うのは論外。
 それは変わらない。
 なら必然的に、スティレットを追う以外の選択肢はない。

 問題は、彼女に対しどんなスタンスで迫るか。

 共闘を持ちかける?
 脅す?
 それとも――――先程話したように『人質』として利用する?

「止まれ!」

 デュランダルに対し正面を見せたまま、フェイルは弦に矢を番えた。







 

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