フェイルの知るバルムンク=キュピリエという人物は、常に自信を漲らせていた。
 それは荒々しくも雄々しく、そして凛々しく、ある意味では気品と言い換えても差し支えないくらい、強烈な光を放っていた。

 そしてそれは、戦闘スタイルにも反映されていた。
 大雑把に見えて、その実凄まじい程に精密。
 ただ乱雑に武器や拳を振り上げるのではなく、適切な速度と的確な角度で攻撃を放つ。

 精度を作り上げるのは、飽くなき反復練習。
 バルムンクがどのような努力をして来たかなどフェイルが知る由もないが、出力される能力でそれを推察することはそう難しくない。

 知れば知るほど、バルムンクという人物像は奥深かった。

 それが――――今は見る影もない。

「なあ……管理人ちゃん……黙ってないで何か言ってくれよ……」

 眼球は黄色く、唇は紫にそれぞれ変色し、頬は痩けてしまい貧相なフォルムを作り出している。
 足取りも覚束ない。
 何より、表情が完全に弛緩してしまっている。

 まともに意識を保っているとは到底思えないその姿に、以前のバルムンクの面影はあまり見当たらない。
 筋肉さえも以前の厚みが感じられない。
 まるで数年間病床に伏していたかのように、全てが萎んでしまっていた。

「これは……」

「不適格者に生物兵器の投与を続けた結果だ。こんなものは人体実験ですらない。狂気の余興だ」

 そう吐き捨てたデュランダルは、フェイルから視線を外し、視点も定まらないままアルマへ向かい歩を進めるバルムンクの前にその身を置いた。

「良い機会だ。お前も知っておきたいだろう。指定有害人種の定義を」

「特殊な体質を得た人間の内、他人への悪となる可能性が70%を越えた人物……じゃないの?」

「それはこのエチェベリアにおける定義だな。だから間違いではない。確かに、我が国はそう定義している。他害を筆頭とした他人への悪影響が70%を越える確率で起こり得る者と」

 我が国――――そのデュランダルの言葉が、フェイルの脳内に重くのし掛る。
 つまりそれは、指定有害人種という存在が国外にまで波及していることを意味している。

 或いは、元々国外から流出した存在である可能性さえもある。
 寧ろデュランダルの発言は、その可能性を強く示唆するものだった。

「世界基準……と言っても無論公にはされていないが、広範における指定有害人種という概念は、生物兵器に限定するものではない。"魔力"の変化が著しく認められた人間を指すものだ」

「……え?」

 フェイルの眉間に無数の皺が刻まれる。
 無意識に。

「魔力って……指定有害人種は魔術士なの?」

「随分とお粗末な認識だな、フェイル。まさか魔力が魔術士にしかないと思っている訳ではあるまい」

「いや、人間ならみんな持ってる力なのは知ってるよ。でも魔力の測定なんて魔術士しかしないでしょ」

 二人の会話の最中にも、バルムンクはゆっくりとその歩を進めている。
 だがデュランダルは身構えてすらいない。
 彼にとって今のバルムンクは、敵という認識さえない――――そう思わざるを得ない状況に、フェイルは妙な憤りを覚えていた。

「悪くない着眼点だが、指定有害人種における魔力変化の観測は測定を必要としない。目の前のあの男が証拠だ」

 そこでようやく、デュランダルは愛剣を構えた。
 あと二歩で、その剣の攻撃範囲に入る。

「バルムンクさんの魔力が……変化してるって事?」

「そうだ。あの状態になった原因は魔力変化によるもの。生物兵器の投与で、奴の中の微量な魔力が暴走を起こし、身体を蝕んだ。その成れの果てだ」

「……」

 絶句するフェイルの頭の中には、生物兵器や魔術士に関する少ない知識が総動員されていた。

 生物兵器は元々、魔術士に対抗するための技術として生まれた。
 だから、生物兵器の攻撃対象となるのは魔術士であり、魔術そのもの。
 そして、魔術を生み出す為の力とは――――魔力だ。 

 生物兵器の全てがそうではないにしろ、魔力を阻害する生物兵器があるのは必然。
 デュランダルの発言が正しいか否かは別にして、その内容に少なくとも矛盾はないとフェイルは判断した。

「魔術士ではなくとも、魔術を使えなくとも、人間の体内には魔力が存在する。魔力に影響する生物兵器を開発するのであれば、実験対象は選ぶ必要がない。人であれば誰でもいい」

「それって――――」

「実験の過程で、世界中に指定有害人種が生み出された。もう百年以上前の話だ」

 複雑な形状をした漆黒の剣、オプスキュリテが宙を切り裂く。
 一撃必中。
 彼の剣を止められる人間は、この国にはいない。

「……」

 バルムンクの身体が切り裂かれ、鮮血が舞う。
 どの部位の血なのかはわからない。
 ただ、致命傷なのは間違いなかった。

 そして、自身の身体が切り裂かれても、バルムンクは一言さえ発することなく、僅かに表情を歪ませたのみ。
 その一種異様な光景は、フェイルの精神を蝕んだ。

「管理人ちゃん……」

 バルムンクの巨体が、デュランダルの眼前で崩れ落ちる。
 結局彼は、一度も――――アルマの方向に足を向けられなかった。
 アルマはずっと、フェイルの傍にいたのだから。

「リオと同じ……いや、リオよりも酷い。完全に壊れてる」

「バルムンク……さん……」

 ずっと沈黙を続けていたアルマが、零すようにその名を呼ぶ。
 先程のデュランダルの一撃、アルマなら結界で防げた可能性があった。
 だが、アルマはそうしなかった。

 フェイル以上に、バルムンクの変化――――腐食しているかのような劣化に戸惑っていたのはアルマだった。
 隣にいるフェイルはそれを痛感していた。
 アルマの身体がずっと震えていたから。

「……」

 まだ息はある。
 だが、生存は最早絶望的。
 或いは、デュランダルの傍に横たわるバルムンクはもうバルムンクではないのかもしれない――――フェイルも、そしてアルマもそう認識するしかなかった。

 沈黙したまま、デュランダルはしばしバルムンクの肉体を見下ろしている。
 彼が何を思い、止めを刺さずにいるのかはフェイルにはわからない。
 躊躇か、それとも――――

「生憎ですが」

 誘導か。
 その心の声をフェイルが呟いた刹那、デュランダルの首筋に刃が煌めいた。

「その男にそれ以上の手出しは無用ですな」

 声は普段通り。
 だがその行動は、明らかに冷静さを欠いている。

 クラウ=ソラスの身体が、デュランダルの背後でしなやかに動いた――――






 

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