「ねえ、師匠。僕は知る権利があるんじゃない? 僕が一体、何者にされそうになっていたのかをさ」

 デュランダルを前に、フェイルの精神状態は極めて平坦だった。
 冷めている訳ではないし、恐怖に振り切っている訳でもない。

 損傷があった。

 この状況下、この場において心が壊れた事実はない。
 ただ単に――――自覚があっただけの事。

「僕は殺し屋にされかけていた。それはわかってる。でも、最終的に誰を殺すかが予め決まっている暗殺者となると話は別だよね。それってつまり、終着点が決められてるんだから。目的を果たした暗殺者がどうなるかくらい、一般人でも想像が付く。違う?」

 自分は用済みにされる運命だった。
 そう解釈する以外に、暗殺技能を叩き込まれた理由はない。

 王宮騎士団【銀朱】は、栄えあるエチェベリア国の最高位に属する騎士団。
 暗殺、それも身内殺しを実行するとなると、一片の情報漏洩も決して許されない。
 関わった人間を例外なく口封じするだけの用意がなければ、到底計画出来るものではないだろう。

 フェイルは最初にデュランダルが暗殺技能の話を持ちかけた際、ここまで頭が回らなかった。
 当時の人生経験の希薄さ、未熟さ、何よりデュランダルという人物への心証と信頼が、フェイルを真相から遠ざけていた。

 だが、王宮を去り、自分の半生を客観的に振り返る機会が増えれば増えるほど、自分に起きた出来事に理由付けを求める衝動に駆られた。

 デュランダルは一体、自分の何に目を掛けていたのか?
 弓矢への情熱?
 それとも弓を使った接近戦を極めようとする発想力と志?

 ――――否。
 そんな訳がない。

 フェイルが自分に見出せる『他者とは違う才覚』は、目しかない。
 鷹の目と梟の目。
 いずれも暗殺向きの能力だ。

 あと一つ挙げるとすれば、自分が死んでも悲しむ身内はいない事。
 正確には『身内と思っている者はいない』だ。
 アニスは悲しむかもしれないが、それはあくまでも幼なじみの死に対する悲しみだ。

 身内でなければ、悲しみはしても復讐には繋がらない。
 まして王宮内の出来事など怪しむ事もないだろう。
 遠方で友人が死亡したと聞いて、それを理不尽な死だったのではないかと疑いはしたとしても、調査する人間はほぼいない。

 考えれば考えるほど、辻褄は合った。
 自分が使い捨ての暗殺者に最適な人材だ――――と。

「これでも一応、心の整理はしてきたつもりだよ。結構時間掛かったけどね。だから、この場で聞かせて欲しい。師匠の計画通りなら、僕がどんな人生を歩んでいたのかを」

 実のところ、然程関心はなかった。
 単に、デュランダルが敵となって現れた際にどうすれば乗り切れるかを考えた場合、この話題が最も彼の精神を揺さぶれると判断したに過ぎない。
 つまりは切り札だ。

 フェイルはもう過去を割り切っている。
 現在に大事なものがあるから。
 未来に向かう意思があるから。

 しかしそれは、別の角度から検証したとすれば――――やはり壊れているという表現が当てはまってしまう選択でもあった。

「……そこまでの覚悟があるのか」

 そんなフェイルの決断と戦略を見抜いているのかいないのか――――デュランダルの言葉は、少なくとも表面上の言葉に対するものとしては、余りに淡々とし過ぎていた。

 銀仮面とはいえ、デュランダルに感情がない訳ではない。
 寧ろ、表情に出さないだけでフェイルに対しては心を感じさせる言葉を幾度となく掛けてきた。

 作為的な淡白さだと、フェイルは感じ取った。

「だがそれだけでは足りないな。アルマ=ローランの情報を全てこちらに提供する事が、お前の知りたい情報を差し出す条件だ」

「あ、そこは結構ハッキリ認めるんだ」

「確信を持っている人間をはぐらかしたところで意味などあるまい。だが、せいぜい半分といったところだ」

 敢えて言葉足らずでそう伝えてきたデュランダルの真意を、フェイルは瞬時に探った。

 勿体振るほど安っぽい性格はしていない。
 かといって、これが交渉の材料――――すなわち『あと半分を知りたければ全て話せ』という交換条件が成立するほど長閑な対峙ではない事は相互理解の範疇。

 だとするならば――――

「それは誰にとって重要な情報なの?」

 アルマとの信頼関係を構築しているフェイルが、それでもアルマの情報を差し出す可能性があると判断出来るほどの重要性を持った『あと半分』。
 でなければ、ここで敢えて口にする理由がない。

「賢しくなったな。今のお前なら、一人で十分生きて行けるだろう」

「褒め言葉には聞こえないね」

「褒めたつもりもない。だが……愁思はある」

 そう告げたデュランダルの目は、アルマに向けられていた。
 唐突ではない。
 フェイルも、そして黙って二人のやり取りを聞いていたクラウも予想していた事だ。

 そして――――当の本人も。

「此方の事かな?」

「そうだ。アルマ=ローラン。お前はこのままだと、例え全てがお前達にとって最善の方向に転がったとしても、生き地獄を味わう事になる」

 生き地獄。
 つまりそれは死を意味しない。
 死よりも辛い生を意味する。

 アルマがそうなるという予言を、一連の騒動の全貌を、そしてこの国の裏側まで知り尽くしている筈の男がした事の意味は、決して軽くはない。

「我々は――――」
「ここに……いたかァ……」

 デュランダルの言葉を途中で遮る命知らずは、この場にはいない。
 いるとすれば、理性を失い正しい判断が困難な状態になっている人間のみ。

「……」

 その声を聞いた刹那、クラウの顔が歪んだ。
 彼にとって、耳に入れたくない声だった。

「バルムンク……さん?」

 デュランダルの背後に、ジワリジワリと近付いて来る巨大な影。
 梟の目を使うまでもない。
 気配とシルエットだけで十分にその人物像は認知出来た。

「管理人ちゃん……会いたかったぜェ……」

「……」

 自身を呼ぶその声と姿に、アルマは思わず表情を沈ませる。
 こうなっている事は、予想出来ていた。
 それでも――――

「俺と一緒に……行こうぜ……」

 バルムンクの変わり果てた姿に二人とも、そしてフェイルもまた、言葉を失った。






 

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