「魔術を切り裂く剣……魔崩剣、ですか。その使い手は貴公の友人ではなかったのですか?」

 クラウが言う『使い手』が、彼のギルドにかつて所属していたハルなのは明らか。
 そして、フェイルの言う『敵勢力』も同様に――――

「魔崩剣の使い手が一人とは限らないよ」

 ハルを指していないのは明らかだった。

「ふむ……その危機感、どうやら貴公は具体的な使い手に心当たりがあるようですな。それも……」

 ヴァレロン・サントラル医院の薄暗い廊下を歩きながらの問答。
 クラウが先頭を、フェイルがしんがりを務め、その間にアルマが入る。
 特に誰かが示し合わせた訳ではなく、自然とそうなっていた。

「敵勢力の中にいる、と」

「……どうかな」

 フェイルの返答は曖昧だったが、この話を能動的に行った時点で火を見るより明らかだった。
 
 魔崩剣の使い手の中に――――敵がいる。
 敵とならざるを得ない相手がいる。
 憶測に過ぎないが、その憶測がフェイルの心を鉛のように重くしていた。

 懸念はそれだけではない。

 先程のトライデントとの戦闘で負った右肩の怪我は、痛みこそ抑えているものの、可動域を大きく制限する重傷。
 幸い、懸念していた両目はまだ持ちこたえているものの、いつ視覚が乱れても不思議ではない崖っぷちの状態にあるのは間違いない。

 満身創痍――――フェイルの身体は着実に破滅への道を辿っていた。

「だったら、フェイル君の肩を固定する包帯を探そうか」

「え……?」

 不意にアルマが放った言葉に、フェイルは有り難みよりも純粋に疑問を抱いた。
 しっかり固定すれば可動域は更に狭まる。
 既に弓を構え矢を放つ動作を行うのは困難な状況だが、固定する事で実質不可能となるだろう。

 ただ単に矢を撃つだけなら、右肩を大きく動かさなくても出来る。
 だが敵を貫く威力を矢に込めるには、右肩を大きく後ろに引かないといけない。

 肩が壊れていたら、痛みに関係なくこの動きが制限されてしまう。
 単純に力が入らない。
 それは、弓使いにとって致命的だ。

 フェイルの接近戦は、矢を使えるからこそ――――遠距離戦もこなせるからこそ有用。
 接近戦しかないのであれば、それは弓という打撃専門でない武器を使った稚拙なスタイルでしかない。
 事実上の戦力外だ。

 もう戦わなくてもいいよ――――
 アルマはそう言っている。

 フェイルは一瞬、自分の存在意義を疑った。

「フェイル君には、もう少し頑張って貰いたいからね」

「……!」

 だが、その畏怖にも似た感情は一瞬で消し飛んだ。
 アルマはフェイルを戦力外と見なしていなかった。
 優しさで戦闘から遠ざけようともしていなかった。

「フェイル君。此方はね、嬉しかったんだよ。フェイル君が此方を戦力だって言ってくれたこと。本当に嬉しかったんだよ」

 フェイルが何を求めているのか。
 何を欲しているのか。
 アルマがその全てを理解している筈もないが――――

「だから此方も、フェイル君を頼りにしてるって伝えたかったんだよ。固定すれば、矢は撃てなくても戦う事は出来るからね」

「……」

 勇者一行との出会いから始まり、幾度の戦闘を乗り越え、そして最終局面を迎えている今――――
 フェイルは己の目的が崩れかけているのを自覚していた。

 元々、魔術の台頭で需要を失いつつあった弓矢を保護する為に生きていた。
 けれどそれは、アニスを治すという目的へと移り変わった。

 後悔はなかった。
 しかし、アニスを治す薬草や毒草に行き当たる事も結局なく、二度目の挫折はまるで進行の遅い病のように、その実感さえ与えてはくれなかった。

 今のフェイルは、暴走を始めた親を止め、親しい人間を守る事に腐心している。
 けれどそれは、自分の中から芽生えた夢や目標ではない。
 外部で起きた現象に対する反応としての目的だ。

 だから気が乗らない――――などという事は微塵もない。
 自分の身体と引き替えに達成出来るのならそれで構わない、そんな覚悟の上でフェイルは今、ここにいる。

 ただ、今の目的は分散し過ぎている。

 アニスの安全を確保しなければならない。
 アルマや勇者一行を命の危険から遠ざけなければならない。
 ビューグラスを――――父を止めなければならない。

 集中して一本の矢で的を射貫くのは、そう難しくはない。
 だが多くの的を数本の矢で素早く射貫こうとすると、どうしても一つ一つが散漫になる。

 ずっと懸念があった。
 もし、順序や加減を間違えて、一つの的を外してしまったら――――
 的そのものを見失ってしまったら――――

「肩の固定は大丈夫。僕はまだ戦える」

 矢は撃てない。
 接近戦だけでは大した戦力にはなれない。
 弓使いとしての自分はもう終わった。

 ――――全て、自分の中での決め付けに過ぎない。

 アルマに戦力だと言われた事で、フェイルは自分をもう少しだけ信じる事にした。

「それよりも、さっきトライデントが言っていた『一本だけ違う所へ通じている柱』を探そう」

「賛成ですな。恐らくそこにスティレットも"薬草学の権威"もいるのでしょう」

「アニスもね」

 目的意識が散漫になっていた理由はもう一つ。
 この病院にリオグランテの身体――――遺体を残しておいていいのか、という迷いがずっとあった。

 けれど、病院そのものが破壊されそうな危機は既に去った。
 ならば今は、攻めに集中するのみ。

「その柱、院内の何処にあるか予想は付きますかな?」

「勿論、奥だろうね。大事な物は最深部、最奥部に仕舞うものだし」

「此方も賛成だよ。そういうものだからね、人のこころは」

 全会一致となった事で、全員の足取りが軽やかになる。
 アルマの歩調に合わせる必要がある為、早足とまではいかないが、その一歩一歩には確かな力が漲っていた。

「ところで、他の皆とは合流しないのですか? 通常のメトロ・ノームへ向かっている筈ですが」

「……多分、意図しなくても合流出来ると思う」

「成程。カラドボルグ=エーコードは『違う柱』の存在を知っていた、と。そういう訳ですな」

 以前、カラドボルグはスティレットを刺激する為にとフェイル達に柱の破壊を依頼した。
 今となっては、その真の目的は深部へ続く一本の柱を探す為と確信出来る。

 彼はまだ事実を隠している。
 だが、彼の語った目的やその背景までが嘘だとも思えない。
 そう結論付けたフェイルは、ファルシオンとフランベルジュがカラドボルグと共に行動する事を許容した。

「カラドボルグは単身でその柱を探すのは無理だと判断したんだと思う。だから僕達に協力を求めた。だとしたら、彼が僕達と敵対する理由はない。隠し事はあってもね」

「だから勇者一行があの男と行動を共にするのを許容した、ですか。監視にもなる故に」

 フェイルは首肯こそしなかったものの、反論もせずに歩を進め――――
 
「アルマさん。一つ聞きたい事があるんだ」

「何かな?」

「アルマさんはどうして、地上に来たの?」

 ずっと抱いていた疑問を、眼前のアルマの背中に投げかけた。







 

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