――――魔術デ・ラ・ペーニャの敗北。

 ガーナッツ戦争における結末を一言で表すなら、それ以外は決して相応しくないだろう。
『エチェベリアの勝利』すらも。

 そもそも、戦争の勝敗を定義するものは何なのか。
 誰でも理解出来る簡単な図式は全滅だ。

 一方の国がもう一方を攻め立て、全員を死亡させる。
 これ以上の勝ちは存在しないだろう。

 無論、そういった事はあり得ない。
 国ではなく領土や都市をかけた争いでさえ、一方の軍が全滅するケースはまずないだろう。
 仮に殲滅作戦だったとしても、誰かしらが生き延び逃げ果せるものだ。

 次にわかりやすいのは降伏。
 一方の国が『参りました』と白旗を上げ、敗れた事実を書面に残した場合だ。
 これも完全なる勝者と敗者を作り上げる事が出来る決着の仕方と言える。

 そして、大抵の戦争においての勝敗は、このどちらかの降伏とその受理という決着が大半を占める。
 首都や王都、まして王城を完全に落とされるまで抵抗しようとする国王がいたとしても、その国王は大抵どこかの時点で部下に殺されるかクーデターで失脚し、命の重みを知る人間が降伏を選択する。
 人と人の争いとはそういうものだ。

 だが――――ガーナッツ戦争において、デ・ラ・ペーニャがエチェベリアに対し降伏した記録は残っていない。
 エチェベリアがデ・ラ・ペーニャに対し降伏交渉を促した記録も同様。
 降伏文書調印がなされた事実も確認されていない。

 にも拘わらず、両国間の間には確かな勝者と敗者が存在し、共通認識として誰もが理解している。
 エチェベリア国民は戦争に勝ったのだと歓喜し、デ・ラ・ペーニャ国民は敗北したことに落胆した。


 何故?

 
「この件に……スティレットが絡んでるって事?」

「――――」

 問うフェイルに対し、答えは確かに返ってきた。
 しかし言語として認識するのは困難を極めた。

 トライデントの声はこの話の途中で一気に嗄れ、最早声というよりは微かな音と表現するしかないものになっていた。
 けれど、それが肯定を意味したものなのは、表情を見れば一目瞭然。
 首肯するまでもないと、目でそう語っていた。

「どうやら、話を聞けるのはここまでですな」

「首を攻撃したのが裏目に出たね……失敗だった」

「攻撃箇所を選べるほど余裕のある戦いには見えませんでしたが」

 クラウの言うように、トライデントとの死闘は完全に綱渡りだった。
 どの一手を誤っても、逆の結果になっていた――――そう分析せざるを得ないほど。

「……戦争の勝敗を決定付ける要素の一つに、戦略目標の充足があります。どちらがより多く目的を達成したか。どちらがより大きな戦果を得たか。仮にハッキリとした決着が付かずとも、どちらが勝者だったのかは歴史が雄弁に語るものです」 

「なら、さっきの戦いは僕の勝利とは到底言えないね」

「やむを得ないでしょう。貴公はやや勝ち過ぎているきらいがあります故」

 反論が難しい指摘だった。
 実際、フェイルもそう感じていた。

 自身の実力からしたら、勝ち過ぎている。
 バルムンクもクラウも、純粋な戦闘力では明らかに格上。
 実力が伯仲している筈のトライデントやカバジェロ、ロギ=クーンといった相手も含めると、とても連勝出来るような敵ではない。

 一瞬、エル・バタラの不正がフェイルの頭を過ぎる。
 自分がこれまで行ってきた戦闘も、或いは全て仕組まれたものなのではないか――――

「一応言っておきますが、私は意図して敗北するような真似はしておりませぬ」

「……わかってはいるんだけどね」

 見透かされた事も含め、嘆息と共に思考の隅へと追いやる。
 実際、無意味な懸念だった。
 そのような事は絶対にあり得ないし、仮にあったとしても『だから何?』で済む話だ。

 重要なのは、今ここにいる事。
 生き延びて、これから成すべき使命を成せる権利を有している事。

 まずは、大切な人間を守る。
 そこからだ。

「アルマさん。さっきクラウさんが言っていた自律結界って言うのは……」

「難しい理屈は何もないよ。ただ此方の意思に関係なく結界が出て来て、此方を護ってくれるってだけだからね」

「そ、そうなんだ……相当凄い魔術って感じだけど」

「使用出来る者はアルマ様の他にはまずいないでしょうな」

 クラウの補足は、フェイルも納得出来るものだった。
 そしてその自律結界という技術が、確実に正規の魔術ではない事も想像に難くない。

「隠蔽されし技術」

 その言葉を徐に唱えたのは、アルマだった。

「そういうのが、メトロ・ノームには隠されてるんだよ」

 彼女の口からメトロ・ノームに関する秘密が語られたのは、実は初めてではない。
 出会って間もない頃の『夜を管理している』という言葉から既に、かなり重大な吐露だった。

 アルマは最初から、フェイルに対して信頼を寄せていた。
 だから今ここで自律結界について自分の口で話したのには、相応の理由があるとフェイルは判断した。

 そしてそれは少なからず――――クラウの存在から誘導されているという事実も。

「なんですかな?」

「いや……そろそろ話して欲しいって思ってね。貴方の本当の素性」

 そのクラウに対し、フェイルは熱のない視線を向ける。
 負傷箇所は、ナタルが効いてきた為既に痛みはない。
 いつでも出発出来る準備は整った。

「知っているでしょう。私は【ウォレス】の代表ですな」

「そういう事を聞きたいんじゃないのも、知ってるでしょ?」

 その冷たい目が――――今度はアルマの方へ向く。

「もしこのまま話さないのなら、アルマさんが死ぬ事になる」

 空気が軋む。
 しかし当のアルマは、いつものように穏やかなままだった。

「……敵勢力の襲撃でね」

 それもまた、信頼。
 フェイルの言葉に続きがあると、最初からわかっていたかのように。

「此方は死ぬのかな?」

「今のままだと危ないかもしれない。その自律結界っていうのが万能であればあるほど」

 アルマがこの地上に来たと把握した際、フェイルはなんとなく彼女が自信を持っていると感じていた。
 それはつまり、死なないで済む自信。
 それがなければ、管理者としての立場を放棄してまで地下から出てくる筈がないと。

 その根拠が自律魔術、自律結界だとしたら――――極めて危険だ。

「先程貴公も目撃した筈です。アルマ様の結界を。あれはアルマ様本人の意思さえも飛び越え、自律的にアルマ様を守護します。死角などないのです」

「魔術を封じる、或いは切り裂く剣の使い手が相手でも?」

 フェイルの頭の中には、二人の人物の顔が浮かんでいた。







 

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