その瞬間、ファルシオンの脳内を占領したのは『絶望』の文字だった。

 彼女にとってガラディーンという人物は、フェイルと親しげに話す姿が印象的な好人物。
 剣聖である事は予備知識に過ぎなかった。

 だが、今は全く違う。
 先程の短いやり取りから、ガラディーンがこの場を訪れた理由が自分達を助ける為ではないと容易に断定出来る。
 この人物は――――国内最高峰の騎士であり最強の剣士たる男は――――敵であると。

「どうして……貴方が」

 思わずそう口に出してしまうほど、ファルシオンは混乱していた。
 今にも身体が震えそうなほど。

 けれど、現実には何も矛盾はない。

 勇者計画・花葬計画は国家主導で行われている。
 これはもう疑いの余地はない。
 ならば、王宮騎士団【銀朱】師団長であるガラディーンがその計画を遂行する為に動くのは、それほどの地位の者が自ら実行者として動く不自然さを除けば、論理的に破綻しない。

 両計画の目的は、副産物を含めると多岐にわたる。
 最も"浅い"目的は、勇者一行が国内の至るところで問題を解決し、市民からの支持を集め、このヴァレロンの地へ辿り着く事。
 ファルシオンはその為に国から指令を受け、調整役としてパーティに加わっていた。

 だがこの目的は、勇者の称号を失墜させる下準備に過ぎなかった。
 一度上げておいて一気に奈落の底へ突き落とす為の。

 実際、リオグランテはエル・バタラにおいて不正疑惑をかけられるような勝ち上がり方をさせられ、そして決勝で絶命した。
 死して更に名誉を傷付けられる勇者。
 もし計画が遂行されれば、リオグランテは市民の間で『卑怯な手段で勝利を重ね決勝で英雄デュランダルに粛正された救いようのない人物』として扱われ、勇者の称号は地に落ちるだろう。

 しかしそれさえも、両計画の副次的な産物に過ぎない。

 そしてもう一つ、大きな副産物がある。
 指定有害人種の殲滅だ。

 この地には、複数の指定有害人種が存在する。
 リオグランテやトリシュなどがそうだ。

 リオグランテの悪評やトリシュの奇行などを理由にすれば、その殲滅作戦は正当化される。
 狂った人間が市民に被害を与える前に始末したと。
 けれどそれは、本来の目的の為の隠れ蓑に過ぎない。

 両計画の真の目的は、他にある。
 メトロ・ノームに眠る生物兵器の資料。

 或いは――――"それ以外の資料"。

 ファルシオンは確証こそ持てずにいたが、生物兵器以外の資料こそがスティレットの本命だと睨んでいる。
 メトロ・ノームは不法地帯故に数多の違法な実験が行われてきたが、その中には『邪術』の研究成果も含まれているのではと、魔術士であるファルシオンは思い至っていた。

 邪術の中には、一撃で街を吹き飛ばすような常識外の威力のものもある。
 しかし、魔術国家デ・ラ・ペーニャは邪術の存在を認めていない。
 制御出来ない上に危険過ぎるその魔術をもし開発していると他国が知れば、大陸中の国家が結託してデ・ラ・ペーニャを排除しようとするだろう。

 それをスティレットがもし邪術の資料を手にしたら、使い方次第では世界を牛耳る事さえ可能。
 確証は全くないが――――


『魔力の自律進化。そうか、それが魔術の未来なのか』


 魔術士として明らかに特殊な知識とキャリアを誇るヴァールを手元に置いていた時点で、決して的外れではないと信じていた。
 とはいえ、憶測の域を出ない上に特別な対策を施す必要のある事柄でもない為、自分の中に持論として仕舞う以外の選択肢はなかった。
 
 そんなファルシオンだからこそ、ガラディーンの存在と登場に動揺を隠しきれない。
 魔術国家デ・ラ・ペーニャと、このエチェベリアの関係性は未だ『完全な対立』。
 エチェベリアを代表する存在であるガラディーンが、事もあろうに生物兵器や邪術といったデ・ラ・ペーニャに縁の深い資料を得る為の計画に"自ら前面に立って"協力するというのは、余りにも不可解だからだ。

 裏で手を引くのであれば、理解は可能。
 ガラディーンの清廉性を無視するならば、国家の中枢が他国と組む事だってあるこの御時世、特に不思議ではない。
 けれど、表に出る必然性は微塵もない筈――――

「大した理由ではないさ。先程言ったように、某は誰より嫉妬心を理解している。それだけの事だ」

 言葉足らずのファルシオンの意図を、ガラディーンは完璧に汲んでいた。
 その上での返答に、新たな情報は一切ない。

 これはもう、絶望だ――――ファルシオンはそう理解した。

 仮に今、フェイル達がここに駆けつけたとしても、ガラディーンが相手ではどうしようもない。
 そして計画を阻止しようとしている自分達が、眼前の敵達にとって排除の対象となるのも間違いない。

 抗う手段も回避する方法も、最早残されていなかった。

「さて……某は君達を放置する立場にはないのだが」

 ファルシオンは優れた魔術士だが、最高峰には程遠い。
 まして今は魔力が尽き、身体が猛烈な疲労感に苛まれている最悪のコンディション。
 ガラディーンを相手に出来る事など何もない。
 
 死が、目前に迫っていた。

 リオグランテも――――この経験をしたんだろう。
 その瞬間、ファルシオンの頭の中にふと浮かんだのは、諦観故の場違いな感情だった。

 勇者一行はここで絶滅する。
 
「せめて……」

 フランベルジュが目を覚ます前に、全て終わらせて欲しい。
 彼女が痛みや恐怖を感じないように。

 そう伝えるべきだったファルシオンの口は、それ以上の言葉を紡げずにいた。

「せめて、真相を聞かせて欲しいです。どうして貴方が自ら動いているのか」


 ――――不思議な感覚だった。

 完全な絶望を自覚し、それでもファルシオンは時間稼ぎという選択をした。

 フェイルがどれだけガラディーンと親しかろうと、【銀朱】師団長が使命より私情を優先するなど絶対にない。
 なら、フェイルがここへ駆けつける事は逆に彼を危険に導く最悪の展開。
 ひと思いにやって欲しいと言うべきだった。

 ファルシオンは、それが自分の弱さだと――――この後に及んで助かりたいという浅ましい願望によるものだと思った。
 だから、その目には涙さえ浮かべていた。
 自分への怒りと失望で。

 けれど、違う見解を唱える者がいた。

「……ファルは……本当に……あいつの事を信じてるのね」

 フランベルジュが、覚束ない足取りで立ち上がった。

「こんなどうしようもない状況で……あいつが来たら助けて貰えるって……」

 意識は朦朧としている。
 元々駆け引きなど出来る性格でもない。
 フランベルジュの言葉は、純粋に彼女が思った事そのままだった。

 それが――――

「あいつとは、フェイルの事か」

 アロンソもそうだった。
 そして、ガラディーンもまた、攻撃性を一旦収めた。

 フェイル=ノートの名前が、この絶望的状況下で二人の命を繋いでいた――――







 

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