時間稼ぎという意図は明確だったが、ファルシオンの中に怒りが芽生えていたのもまた事実だった。
 そしてその二つは相反するものではないし、互いに打ち消す性質のものでもない。

 怒りを露わにしたからといって、ファルシオンの目的は変わらないし、時間を稼ぐ為に怒りを抑える必要もない。
 だからファルシオンは己の感情を素直に解放した。

「便宜上、あの御令嬢はリッツさんと呼びます。リッツさんはかなり前から自身が指定有害人種かもしれないと恐れていました。遺伝性である事を知っていたからです。そんな彼女が何を求めていたのか、わからない筈がないでしょう。彼女は"安全"が欲しかった筈です。でも貴方は、スコールズ家の屋敷に立ち入るだけの関係性を築いておきながら、全く配慮していない。どう解釈しても、貴方はリッツさんを利用しようとしていたと結論付ける以外にありません」

 ただそれだけの、駆け引きなど全くない言葉の羅列。

「いいや、違うね。何故なら僕はスコールズ家の再建を目論んでいたのだから。トリシュをウエストからウォレスに引っ張った事は認めよう。だがそれは、あくまでスコールズ家の未来の為だ。彼女もそれを了承し、最終的には自分の意思で僕の下に付いている」

 それだけに、アロンソは無視出来ずにいた。
 駆け引きでないのなら、それは意味がない言葉ではない――――そう判断したからに他ならない。

「解せません。貴方がトリシュさんを匿う理由はなんですか? スコールズ家再建との関係が不明です」

「わからないような頭ではないよね? それとも、僕の口からそれを言わせるのが目的かい?」

「見解の相違があるからです。私は貴方がトリシュさんを囲ったのは、自我を失いつつあったトリシュさんを言いくるめてスコールズ家を乗っ取る計画を企てていたからだと思っていますので」

 そのファルシオンの持論は、言い得て妙だった。
 実際、辻褄は合う。

 仮にアロンソがスコールズ家の人脈を根こそぎ手に入れようとするならば、家柄ごと乗っ取るのが手っ取り早い。
 例えばリッツを伴侶としてもいいし、心を奪い傀儡にしてしまってもいい。
 既に傾きかけている斜陽の貴族など、元騎士という肩書きで十分に落とせる。

 だが、現実はそう甘くない。
 リッツの母親であるトリシュが健在となれば、実質がどうあれ、名目上の当主はトリシュとなる。
 彼女を抑えておかなければ、土地をはじめ様々な権利を手中に収めたとは言えない。

 人脈というのは、ただ単に人と人との繋がりを意味するものではない。
 そこには絶対的な信頼が要る。
『スコールズ家の次期当主』という肩書きさえあれば、その信頼は容易に手に入るだろう。

 逆に言えば、真の当主が存在する限りは人脈は得られない。
 生かすにしろ殺すにしろ、トリシュの身柄を確保するのは必須だ。

「私の見解を完全に覆すだけの材料を貴方が持ち合わせているのなら、話は別ですが」

「覆す必要はないね」

 止まっていたアロンソの足が、一つ前へ進む。
 当然、ファルシオンとの距離は一つ縮まる。

「君は既にこの件を自己完結している。思い込み、と言うしかない。ならば僕が真実を言っても聞き入れないだろう。なまじ頭が切れる人間の陥りやすい闇だ。僕がその闇を切り裂いてあげよう」

「私を口封じしても無意味ですよ。あの場にいたのは私達だけではありませんし、既にリッツさんが襲撃を受けた件はフェイルさんにも話しています」

「フェイル=ノートか……」

 ここに来て、ファルシオンは怒りを抑え、駆け引きへと移行した。
 単純に『ここまで』と悟ったからに過ぎない。

 確率は――――実のところ五分五分だった。
 アロンソの目的など、ファルシオンにとって全くの関心外。
 これまで一度たりとも、彼の行動理念など考えた事はない。

 しかしアロンソが『調整』という言葉を用いた時、ファルシオンの中で彼の存在が一気に輪郭を帯びた。

 勇者計画と花葬計画の枠を作っていたのは、この男。
 勇者一行が無事ここヴァレロンへ辿り着き、エル・バタラに参加し、勇者リオグランテが命を散らす。
 何人もの人材を投入し、時に騙し、時に演じさせ、用意された筋書きが実行されるように仕向けた人物――――それがアロンソの正体だと直感した時、ファルシオンの中に感情の爆発が起こった。

 自分のした事が、結果としてリオグランテを死へと追いやった――――それは揺るぎない事実。
 自己弁護する気など微塵もない。
 だが、そこに至る過程を全て仕組んだフィクサーが目の前にいるとなれば、到底許す訳にはいかない。

「気に入らない名前だ」

 が――――そんなファルシオンの思惑を粉砕するかのように、アロンソは突如として猛烈な"威"を放った。
 毒、と言い換えても差し支えない。
 それは間違いなく、フェイルの名に反応を見せた結果だ。

 アロンソがフェイルを敵視していた事実は、少なくともファルシオンの知る限りでは一切ない。
 その理由も見当たらない。
 それだけに、完全に虚を突かれた。

 駆け引きの為に出したフェイルの名前が、皮肉にもファルシオンを窮地に追いやっていた。

「凡庸でない事は認める。事実、僕を一度は倒している。ま、本気は出していなかったけどね……それを差し引いても、とても一介の弓使いとは思えない動きをする。そこは認めます」

「……?」

 一体、アロンソが何を言っているのか、ファルシオンには理解できなかった。

 そもそもファルシオンは、アロンソとフェイルが戦った事すら知らない。
 その情報は共有されていない。

 ただ、今のアロンソの発言から、自分の知り得ないところで二人が戦ったのは想像に難くない。
 問題はそこではなかった。

 認めます――――その最後の言葉が、ファルシオンには不可解に感じた。

 何故それを、敬語で言い直す必要があったのか?
 そもそも、どうして先程まで見失いかけていた平常心を、アロンソは取り戻しつつあるのか?
 ファルシオンの発言を無視するかのように近付いて来ているのがその証だ。

「!」

 その理由を、ファルシオンは次の瞬間に悟る。
 正確には『悟らされた』。

 時間稼ぎは、現状を考慮すれば正しい判断。
 可能性が低くても、フェイル達がここに駆けつけてくれるのを期待する以外、この場を切り抜ける術はない。

 けれど、裏目に出る可能性は十分にあった。
 すなわち――――

 "どちらが先にここへ来るか"

「……そんな」

 心中で絶望の声を漏らし、ファルシオンは振り向いた。
 目の前に敵がいるにも拘わらず、そうせざるを得なかった。
 眼前のアロンソよりも遥かに大物が、その気配も足音も隠す事なく接近して来たからだ。

 ファルシオンの仲間が先に来るとは限らない。
 アロンソの仲間が――――上司が来る可能性もあった。

「でも、僕の価値が彼に劣っている事は到底認められません。僕も……トライデントも。出来ればこの機会に、貴方の本心をお聞かせ願いたいですね」

 振り向いたファルシオンの視界には、見知った顔が写った。

「軟弱者の発想だ。男の嫉妬ほど見苦しいものはない。尤も……」

 驚愕すべきか否か。
 そもそも、理解が及んでいるのか。
 
 ファルシオンは自分を疑った。
 それくらい、鮮烈に見覚えのある――――
 
「某は誰よりも、その感情を知っているよ」

 剣聖ガラディーン=ヴォルスの顔が、見覚えのない貌をしていた。








 

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