フランベルジュにとって、戦いは自身の存在価値そのものだった。
 女性剣士の地位向上を掲げ、男社会の剣の世界を変えてやろうという野心を抱いてはいたが――――それはあくまでも実績を作った後の付加価値だと最近ようやく気が付いた。

 それで自分の存在価値そのものが揺らぐ事はなかったが、道標を失ったような心持ちにはなった。
 同時に、自分が何を成したいのか、何が自分にとって素晴らしい事なのかを再考する余地を得た。

 フランベルジュは自分を過大評価していない。
 それは勇者一行として旅を始める前からずっと変わっていない。

 高圧的な物言いは自信のなさの裏返し。
 不遜な態度は相手への威嚇。
 それは、自分でも薄っすらと自覚していた。

 それでも、フランベルジュがその態度を改めなかったのは、それが有益な面も否定出来なかったからだ。

 勇者一行は、勇者候補、魔術士、そして剣士である自分の三人。
 王宮で隣国への親書を受け取った際、三人構成は崩さないように仰せつかっていた。
 機密保持の観点から、大所帯となるのを避ける為の処置だ。

 元々その指令に乗り気ではなかったフランベルジュは、一つ束縛が出来た事でより大きな不安を抱いていた。

 親書を届ける旅。
 今の戦争なき時代にそれを行うとして、果たしてどれだけ自分に活躍の場があるのか。

 もし大した危険のない旅になるのなら、剣の腕よりも交渉術や社交性の方が重要視される。
 場合によっては、自分の代わりに誰か別の人物を加えたい――――そう他の二人から打診されるのではないか。
 そんな懸念を、フランベルジュはこっそりと抱いていた。

 その一方で、これ以上の好機はないとも考えていた。

 戦時中とは違い、英雄が生まれ難い世の中。
 そこで勇者という存在を生み出し、国民の支持を得る。
 勇者一行としての旅の意義はそこにあった。

 親書の運送はあくまでも勇者誕生の序章に過ぎない。
 これから様々な『国益の為の活動』を担う事になる。

 フランベルジュは勇者一行としての未来をそう聞かされていた。
 だから絶対に途中離脱は避けなければならなかった。

 なら、生き残る為にはどうすればいい?
 答えは明白だ。
 自分にしか出来ない役どころを、他の二人に誇示するしかない。

 明るく人懐っこいが、どこか頼りない勇者候補リオグランテ。
 冷静沈着で交渉力に長けているものの、口数は少なく常に暗いファルシオン。

 そんな二人にないもの――――そう考えたフランベルジュは、自分の性格を誇張する方法を選んだ。

 結果として、三人の関係は良好なものになった。

 立ち寄った街でトラブルに巻き込まれたら、まず自分が強い言葉と態度で士気を上げる。
 剣士としての力量は然程でもないが、本格的に鍛えた猛者でない限りは十分に対応出来るだけの腕は持っている。
 自分だけで敵を圧倒出来ればそれに越した事はないし、例えそうならなくてもファルシオンが支援してくれたし、いざという時にはリオグランテが持ち前の幸運でなんとかしてくれた。
 
 ここには、自分の存在意義がある。
 そして何より、自分を必要としてくれる人が二人いる。
 フランベルジュにとって勇者一行の旅は、人生を謳歌し目的へも近付ける最高の環境だった。

 だがそれは、長くは続かなかった。

 勇者一行の中核、リオグランテの死去。
 旅の殆どが予め仕組まれていた捏造の産物に過ぎないという事実。
 そして、その情報工作と誘導をファルシオンが担っていたという告白。

 これまで一体何をしてきたのか――――そう絶望しても何ら不思議はない、根幹の瓦解だった。

 けれどフランベルジュは、それらの現実を受け入れる事が出来た。
 リオグランテの死だけは未だに引きずっているものの、ファルシオンを恨む気持ちなど微塵も湧いてこなかったし、自分の旅が無駄で無意味なものだとも思わなかった。

 単純な理屈だ。
 この地に、ヴァレロンに辿り着いた事が、剣士フランベルジュ=ルーメイアにとって有益だったから。

 それを何度も自覚する内に、フランベルジュはこう思うようになっていた。
 女性剣士の地位向上など、後から勝手に付いてくる。

 今すべき事は、一つでも多くの危機を乗り越え、他に誰一人欠ける事なく皆で生き残る。
 そして、自分を剣士の道に導いた従姉に伝えたい。

 短い旅だったけど、あの三人の旅は本当に楽しかったと――――

 


「……おおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 フランベルジュの技量は、自分と同等以上の敵を二人同時に相手に出来るほど特殊なものではない。
 だから話は単純だった。

 二人の内の一人を、最初の一手で倒す。
 そうすれば勝機は生まれる。
 その為には、ほんの僅かな躊躇や葛藤が足手まといになる。

 慈悲を消す。
 揺らぎを消す。
 フランベルジュの顔には、敵を仕留める剣士としての本能のみが宿っていた。

 標的は――――かつて惨敗を喫した傭兵ギルド【ウォレス】アロンソ隊・副隊長オスバルド=スレイブ。
 夢にまで出てくるほどの屈辱を味わった相手だ。

 けれど、その感情は既に過去のものだった。
 辛酸を嘗めた事実は記憶に残っていても、そこに火は点かない。
 アロンソと比較し、どちらが一撃で仕留めやすいかという、ただそれだけの判断で先手を打った。

 オスバルドは『断続の雨』の異名を持つ。
 持続性と重さを兼ね備えた連撃を得意とし、相手を圧倒するような戦い方が得意。
 後手に回れば勝機は薄い。

 つまりは先手必勝。
 次に戦う時が来たら――――百を超える脳内の模擬戦を繰り返した経験と、私怨なき集中力が合わさり、フランベルジュの行動を最適へと導く。

「む……!」

 一つ出遅れたと自覚し、オスバルドの顔が歪む。
 下段の構えからそのまま特攻したフランベルジュの身体は、通常よりもかなり低く屈んだままの突進となり――――オスバルドの視界から消えていた。
 それは意図した戦術ではなかったが、結果的に最高の奇襲となった。

 細身の剣が、弧を描く。

 ヴァールの魔術に敗れ去ったのは、あくまでそういうシナリオだったからというだけで、オスバルドの本来の技量はフランベルジュの想像を上回っていたのだが――――

「ぐ……ぬあああああっ!」 

 その鍛え抜かれた脚から、鮮血が吹き出る。
 つまり、奇襲は成功した。

 そして同時に、フランベルジュにとって最大の危機が訪れようとしていた。






 

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