アロンソの敵意は、明らかにこの場にいない人物――――クラウ=ソラスに向けられている。
 にも拘らず、この場にいる面々を『同罪』と言い放ち、戦闘を仕掛けようとしている。

 眼前で起こっている事態を、ファルシオンは"不可解"だと捉えていた。

 仮にアロンソが私怨でクラウ=ソラスを殺害しようとしているとして、この場でわざわざ敵意なき相手に因縁を吹っ掛けるのは、どう考えても目的達成の邪魔にしかならない行為。
 万が一敗れればそこで彼の時間は止まる。
 しかも明らかな数的不利だ。

 支離滅裂と言ってもいいアロンソの行動に、ファルシオンだけでなく、ヴァールも怪訝な顔を浮かべている。
 彼女は、二人同時に自分を狙ってきた先刻の行動に対し、強い疑念を抱いていた。

 もしあの奇襲が成功したとして――――ヴァールは絶命したかもしれないが、アロンソ達はフランベルジュ、ファルシオン、カラドボルグの三人に大きな隙を見せる事になる。
 戦略としては絶対にあり得ない。
 ヴァールの始末が彼らの目的でない限り。

 発言と実際に行動がまるで一致しない。
 ヴァールは、アロンソを生粋の詐欺師だと思う事にした。

「傭兵ギルドというのは――――」

 その詐欺師が口を開く。
 彼の周囲には今にも火花が散りそうな、戦場特有の張り詰めた空間が広がっている。

 ファルシオンとヴァールは、意思の疎通なく同時に集中力を高めていた。

「維持するのがとても難しい。傭兵そのものの需要が消える事はないにしろ、平和続きの今の世の中では需要が減る一方だ。だからといって規模を縮小すれば、今度は影響力や傭兵の価値そのものを失いかねない。そうなってしまえば、死に体も同然。ギルド運営には常に『均衡の保持』が必要とされる」

「ファル! 耳を貸しちゃだめよ!」

 いかにもファルシオンが好みそうな話――――直感でそう理解したフランベルジュが、牽制も込めそう叫ぶ。
 アロンソという人物の本質を、フランベルジュも徐々に肌で感じつつあった。

「クラウ代表は……彼は完璧だった。時勢を読み、自分の立場を理解し、足し算は勿論、必要なら引き算もする。『調整役』として、それは尊敬に値する仕事ぶりだった。ギルドだけでなく、王宮騎士としても」

 だが――――どれだけフランベルジュが警告しても、彼の話に耳を傾けずにいるのは無理だった。

「……クラウ=ソラスも貴方同様、元騎士だったのですか?」

「ファル!」

 聞く耳を持つなと叫ぶフランベルジュ。
 その一方で、彼女は彼女でオスバルドから目を離せずにいる。

 その瞳に映るのは彼――――ではなく、その前で立ち尽くす、かつて醜態を曝してしまった自分。
 決着を付けるには、ここでオスバルドを倒し納得を得るしかない。

 どうしても、そんな思いが消えない。

「厳密には違う。王宮騎士団【黒朱】の初代隊長となる人物だった」

「黒朱……」 

 聞き慣れない名前。
 それが再度、ファルシオンを揺さぶる。

 彼らは――――アロンソは何をしようとしているのか。
 本当に全てが私怨による行動なのか。
 今、この場にいる自分達は、決して嵌まってはいけない底なし沼に、足を囚われてしまったのではないか――――

「黒朱ってのは暗部として設置が計画されていた、架空の騎士団だ。所謂汚れ仕事専門って奴だ」

 唯一、揺らぎを見せていないカラドボルグが落ち着き払った声でアロンソの言葉を裏付ける。
 少なくとも【黒朱】の存在は、信憑性のあるものとなった。

「ところで、俺は戦闘要員じゃない。この場にいても意味がないし、先に行かせて貰ってもいいか?」

「……え?」

「了承を待つ気はないけどな。何、運が良けりゃまた会えるさ。じゃあな」

 余りに――――唐突だった。

 ファルシオンに語りかけた直後、カラドボルグはぶっきらぼうな言動を残し、そのまま前方へ駆け出す。
 彼の前には、既にアロンソもオスバルドもいない。
 ヴァールを襲撃した際に当初の位置関係は崩れ、決して広くはない通路内でアロンソとオスバルドは前方から見て左側、ファルシオンとフランベルジュ、そしてヴァールは右側にいる。

 カラドボルグだけが、先程まで中央にいた。
 だから彼が駆け出した瞬間、両勢力を遮るものはなくなった。

「な……ちょっと待ちなさい!」

 フランベルジュの虚しい叫声が響き渡る。
 目の前に敵がいる以上、カラドボルグの後は追えない。
 何よりアロンソ達は、逃亡するカラドボルグに目もくれていない。

 彼らにとって、カラドボルグは標的ではない。
 つまりそれは――――

「あの医者は君達の仲間ではない」

 アロンソの言葉は、ファルシオンの思考と完全に一致していた。
 そして、ヴァールの思考とも。

「話の続きと、戦闘の続き。どちらを所望するかい?」

 依然として、アロンソは目的を読ませない。
 ファルシオンは一歩、無意識の内に後退っていた。

 情報戦で完全に後れを取っている。
 これまで何度か見かけたアロンソの姿とはまるで重ならない。
 優男である彼の顔が、まるで肉を食らう最中の獰猛な獣のように見えた。

「惑わされるな。行動だけを追え」

 不意に――――その顔が消える。
 消したのはヴァールの一言。
 ファルシオンは一瞬目を見開き、そして右手の指を立ていつでも魔術が出力出来る体勢を作った。
 
 二人同時にヴァールを狙った時点で、この二人の狙いがヴァールなのは明白。
 クラウ=ソラスへの私怨があろうとなかろうと、先程言っていた【黒朱】が関与していようといまいと、『この病院はもう要らない』という先程のクラウへの伝言が誰によるものなのかさえも、ファルシオン達には関係ない。

 フェイル達と合流する為にも、病院が破壊された際に被害を受けない為にも、そしてスティレットを見つけ出す為にも、メトロ=ノームへ向かわなければならない。
 その目的だけに向き合うならば、選択肢は一つ。

「ヴァール。"あの医師を追って"」

 その結論に至ったファルシオンは、淀みない声でそう言い切った。

「……面白い」

 ファルシオンの意図を読んだのか、元々そういう心づもりだったのか、ヴァールは疑問を挟まずにニヤリと笑う。
 一方、フランベルジュは全く意味を理解出来ず、ファルシオンのその指示に対し露骨に顔をしかめていた。

 だが、非難の声は上げない。
 それは単純な――――彼女への信頼だけ。

「少しだけ見直した。ファルシオン=レブロフ」

 ヴァールは口元を緩めたまま床を蹴り、カラドボルグが先に向かった通路前方へと駆け出す。
 それに対するアロンソ等の反応は――――

「……チッ」

 追従という、露骨なまでの目的の表面化だった。






 

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