その表情は明らかに常軌を逸していた。
 理性が吹き飛んだ人間特有の弛緩しきった口元と、それとは対照的に異常なほど見開いた目。
 作為的でない限り、表情は作り得ない。

「誇りなき者共に死を」

 オスバルド=スレイブの剣撃は、先頭にいたカラドボルグを――――素通りし、その真後ろにいたフランベルジュへ向けられた。

「な……っ――――!」

 既に身構えていたものの、カラドボルグの身体が死角となっていた為、フランベルジュの反応が一瞬遅れる。
 なんとか剣でその一撃は防いだものの、身体付近まで押し込まれていた。

「アンタまで私怨……って事はないんでしょう? なんで私を狙う……訳?」

 寧ろ、私怨があるのならフランベルジュの方。
 エル・バタラ開催前にギルドへ殴り込み、惨敗を喫した相手なのだから。
 その汚名返上をと目論んだエル・バタラでも、結局両者が戦う事はなかった。

「生前のトリシュが世話になった」

 ボソッと、オスバルドの口から同僚の名前が出る。

『誰ですかそれ。いきなり知らない名前を出されてもトリシュ、ワケわかりません』

 当の本人が名前を覚えていないくらい、薄い関係性かと思われていたが――――

「礼だ。心置きなく」

 言葉足らずではあったが、オスバルドの意思は剣を通し伝わってくる。
 先程の『皆殺し』という不穏な言葉とは、まるで真逆の気高い精神。
 表情といい言動といい、余りにもチグハグだ。

「……」

「女剣士、どけ。その男は私の魔術で始末する」

 フランベルジュの背中に、ヴァールの氷結した声が刺さる。
 実際、エル・バタラでは彼女の『人型の魔術』によってオスバルドは敗北を喫していた。

 しかしあの大会は、全てが仕組まれていた虚構の宴。
 ヴァールの魔術が本当にオスバルドを凌駕出来る保証はない。

「貴女は隊長の方でしょ!?」

 ならば、戦力が上の相手により強い人間を当てるのが正しい選択。
 ファルシオンが戦えない身体の今、ヴァールはこの中で唯一の魔術士であり、実戦経験も実力も頂点――――フランベルジュはそう判断した。

「それと、私はフランベルジュよ」

「……長い名前は嫌いだ」

 苦々しげにそう履き捨てつつも、ヴァールはフランベルジュの指示に従い、その視線を鍔迫り合い中の二人の先――――アロンソへと向けた。

「貴様の目的はクラウ=ソラスか? なら私達は関係ない。そこをどけ」

「そういう訳にはいかないね。君達はあの男の仲間みたいだし、リッツを誑かした疑惑もある」

「誑かした……?」 

 最後尾のファルシオンは、ずっと敵二名の動向を無言で窺っていたが、無視出来ないその言葉に思わず眉を顰めた。

 リッツ=スコールズと相対したのは確か。
 だが寧ろファルシオン達がリッツに利用された側だった。
 デュランダルへの肉壁となるべく誘導されたのだから。

「だがそれはいい。既に君達も知っているだろうが、彼女は立派な大人だ。自己判断には自己責任が伴う。例え間違いであろうと、それはいいんだ」

「何を言って……」

「けれど裏切りは許せないね。"あの男"は【ウォレス】を裏切った。いや、最初から裏切っていたと言うべきか。奴は僕が必ず殺す」

 好青年の皮を被っていたアロンソ=カーライルが、その瞬間、自身の中身を露呈した。
 それは殺気とは少し違う、禍々しいまでの邪気。
 怨念、或いは呪詛の類――――ファルシオンにはそう感じられた。

「奴の仲間も同罪だ」

「おいおい、俺らが頼んで仲間になって貰った覚えはないぜ? あいつが勝手に付いてきただけだ」

「ならそれは、あの男の病理に巻き込まれていると判断するよ。カラドボルグ=エーコード」

「……そう来るかい。だったら俺が問診してやろうか? こっちには時間がない。お前らの内紛に付き合ってる場合じゃなくてね」

「不要だ」

 問答無用。
 そう言わんばかりに、アロンソは呪詛の矛先をカラドボルグではなく別の人物に向けた。
 彼にとって、この場で敵対する最大戦力――――ヴァールへと。

「君が一番邪魔だ」

 吐き捨てるようにそう呟き、アロンソは跳んだ。
 その動きに連動するかのように、オスバルドが鍔迫り合いをしていたフランベルジュを強引に左側へ押しやり――――アロンソを追随する。

「くっ……!」

 その動きは想定外。
 フランベルジュは自らの失態に思わず顔を歪める。

 ギルドの仲間、それもアロンソ隊の隊長と副隊長なのだから、連携が取れているのは当たり前。
 だがその動きは、呼吸が合っているという類のものではない。

 最初から、彼等の狙いはヴァールだったとしか考えられない。

 だからオスバルドは、この中で二番目の戦力と見なしたフランベルジュを足止めしていた。
 彼女が動揺する単語――――トリシュの名を使って。

「ヴァール!」

 フランベルジュの咆哮が、院内に響き渡る。

 魔術士であるヴァールが二人の剣士に同時に別角度から斬りかかって来られた際、対処方は一つしかない。
 結界だ。

「……」

 だがその結界を張る時間さえ、アロンソとオスバルドは与えない。
 一切の迷いを排除した彼等の前のめりな突撃は、ヴァールに舌打ちをさせる時間さえ与えなかった。

 ――――否。

 ヴァールは苦々しい顔さえしていない。
 自分へ剣を翳し向かって来る二人さえ見ていない。

 彼女が見ていたのは、その後方。
 カラドボルグの微かに緩む口元だった。

「だから――――」

 それは信頼なのか、或いは戦術なのか。
 そもそも本心を聞ける機会などないと諦めつつ、その魔術は出力された。

「オートルーリングを使わない魔術士はダメなんですよ」

 ヴァールの背後に位置するファルシオンによる、対物理用結界が。

 アロンソとオスバルドの振り下ろした剣が、ヴァールの身体に届く寸前、前方を取り囲む盾のような形状の結界に衝突し弾かれる。
 甲高い衝突音と、奇襲に失敗した二人の大息が重なり、場の空気を僅かに振るわせた。
 
「ファル! ありがと!」

 急いでアロンソ等の背後へ回るフランベルジュのその声に対し、ヴァールは思わず首を傾げた。

「何故、奴が礼を言う?」

「仲間だから、じゃないですか。少なくともこの場においては」

 素っ気ない物言い同様、ファルシオンの顔に笑みはない。
 そんな余裕もない。
 それでも――――
 
「フランベルジュ……か。覚えておく」

「今更ですか」

 追い詰められていた精神状態からは程遠く、依然として呪詛を纏うアロンソ達を静かな眼差しで見知していた。






 

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