ヴァレロン新市街地には、アロンソ通りという大通りがある。
 薬草店【ノート】の向かいの道を東側に真っ直ぐ進むと差し掛かるその通りは、大型の乗合馬車が通る為、通行人の数は一日中多い。
 他方、傭兵ギルド【ラファイエット】などガラの悪い連中が集う場所と面している事でも有名で、夜間には一般人が近寄り難い道と化す。

 そのアロンソ通りとアロンソ=カーライルの間に、因果関係は何もない。
 どちらがどちらかの由来という訳ではなく、単に名前が被っているに過ぎない。

 だが――――アロンソ=カーライルはこれを運命だと感じていた。

 この街が、この場所こそが自分の全てを捧げる終の棲家だと。


「あの男、リオとエル・バタラで戦ってた奴よね」

「ええ。その前は指導もしていました」

 フランベルジュとファルシオンがあらためて眼前で俯いたまま佇むアロンソへの認識を確認する中、先頭のカラドボルグが目をより鋭く吊り上げていた。

「話には聞いてたんだよ。この街に調整役の長がいるってな」

「調整役の……長?」

 カラドボルグの言葉が、ファルシオンの耳と脳に直接刺さる。
 彼女にとってそれは、決して聞き流せる内容ではなかった。

「勇者計画、花葬計画……普段は王宮で優雅な暮らしをしてる連中が、遠出してまでこの街でやたら仰々しい事をやってるのには理由がある。それはわかるな?」

「メトロ・ノームですね」

 エル・バタラ開催に合わせて計画が動いている――――以前ならそういう見方も出来た。
 しかしそれも、メトロ・ノームという巨大地下空間があるこの地の一催しに過ぎないと、今のファルシオンには認識出来ていた。
 由緒ある大会であろうと、それは変わらない。

「そう。やたら色んな勢力が絡み合っちまったから複雑化しちゃいるが、その真ん中だけを切り取ったら単純な構図なんだよ。今このヴァレロンで起こってるのは、エチェベリアって国とスティレットって女の戦争だ」

 それは既にファルシオンも、そしてその両隣にいるフランベルジュ、ヴァールいずれも理解していた。
 特にヴァールはスティレットの懐刀。
 彼女のやっている事を誰よりも身近で見てきた人物だ。

「それを複雑にしたのがこの男だ。王宮勢力とこの街の勢力を結び付け、地上と地下……ヴァレロン新市街地とメトロ・ノームの架け橋となる人間を取り仕切った。そうだろ?」

「……答える義務はない。まして医師風情になど」

「【ウォレス】に所属しちゃいるが、【ウエスト】を介して【ラファイエット】とも繋がっていただろ? エル・バタラに出場する貴族お抱えの戦士を呼び寄せる手配をしたのもお前だ。アランテス教会の連中に対魔術士勢力……生物兵器の情報を横流ししていたのもそうじゃねーのかい?」

「ちょ、ちょっと待ってよ! そんな色々とこの男が一人でやってたって言うの!?」

 愛剣を抜きながら、フランベルジュが怪訝そうに叫ぶ。
 実際、カラドボルグの見解は無理筋だ。
 そこまでの調整を一人で行うとなれば、何処かしらに無理が生じる。

 更に、調整役の長という表現が事実だとすれば、ファルシオンに指示を出したのもアロンソという事になる。
 それは流石に――――

「あり得ないです。その人は既に騎士団を抜けています。国家への影響力なんてないも同然では?」

「だから、こうして聞こうとしてるんだよ。おい、お前の後ろには誰がいる? 誰の権力を使って好き放題やってたんだ?」

 カラドボルグの問い掛けは、明らかに苛立ちを含んでいた。
 彼もまた、余裕のない状態だった。
 
「先程言った事が伝わっていないのか? 答える義務などないと言ったよ」

「なら何しに姿を見せた? 隠れ蓑代わりにギルドに所属してそこそこの地位を得ていたみたいだが、お前の本質は裏方だろ?」

「……わかったような口を利く」

 アロンソの感情が波立つ。
 しかしそれは、ここにいる四人が彼と対峙した時からずっと変わっていない。
 リオグランテの生前にファルシオン達が見た彼とは――――完全に様子が違っていた。

「力ずくで吐かせても良いんだが? こっちは四人いるんだぜ?」

 無論――――カラドボルグも素直にそう言っている訳ではない。
 アロンソが一人でいる保証など一切ない。
 寧ろ、気配を完璧に消せる名うての暗殺者や工作員が傍にいる方が余程自然だ。

 寧ろ、そういった連中の存在を炙り出せればという期待も込めての敵意だったが、現状に変化はなかった。

「あの、カラドボルグさん」

 そんなカラドボルグの余裕なき策を、ファルシオンは背後から危うく感じていた。
 今まで常に飄々としていたカラドボルグが、この局面においては全くの別人。
 その焦りの理由を、ファルシオンはずっと探していた。

「貴方は――――もしかして計画の進行を知っているんじゃないですか?」

 そして、一つの仮説に辿り着いた。
 彼の中に、花葬計画の日程が全て入っている。
 だからその終点も知っている。

 そう考えれば、焦っている理由としては十分だ。

「……ああ、今日が最終日だ。それだけは知ってる」
 
「!」

 思いがけない告白に、ファルシオンは思わず息を呑む。
 尤も、既にスティレットとの恋人関係を暴露している以上、十分に予想出来る範疇ではあったが。

「もう一度聞く。何故お前が今、姿を見せた?」

「もう一度告げる。答える義務はない」

 平行線は決して交わらず、しかし――――

「もしかして……クラウ=ソラスへの私怨?」

 不意にそう呟いたフランベルジュによって、強引にねじ曲げられた。

 根拠は薄かった。
 先程遭遇した際にアロンソが見せた目を、クラウへ向けたその目を、フランベルジュは見ていた。
 それだけだった。

 刹那――――
 
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 アロンソの狂ったような笑い声が院内に響き渡る。
 その声は四人全員が思わず耳を塞ぎたくなるほど、不快な音だった。

「"こっちじゃなかった"か。残念だ。本当に……残念だ」
 
 彼の奇声は、ファルシオン達の集中力を一瞬奪った。
 それ故に、既にアロンソが臨戦態勢に入っていた事、そして――――彼以外の気配が当然出現した事に気付くのが一瞬遅れた。

「皆殺しにして――――いいんですね隊長」

 たった一人を除いて。

「どこかで……」

 ヴァール=トイズトイズだけは、一切の雑念なく襲撃を結界で防いだ。

「見た顔だな」

 ヴァールだけではない。
 ファルシオンも、そしてフランベルジュも見覚えのある顔だった。

 特にフランベルジュにとっては一度苦汁を嘗めた相手――――

「こいつは……!」

 ――――オスバルド=スレイブという名の傭兵の虚ろな表情が、視界を汚染するかの如く飛び込んで来た。






 

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