戦闘時における情報収集について、フェイルは大いに有効性を認めている一方、懐疑的な視点も持ち合わせていた。

 高揚した状態にある人間は嘘を吐けない、仮に吐いても見破り易い。
 そういう大きなメリットがある反面、自身もまたその高揚の中で正しい洞察を行うのは決して容易ではなく、気付かない内に主導権を握られ掌の上で躍らされる危険性がある。

 生死を賭けた戦いの最中に口を開くのは、それだけで小さくないリスクを伴う。
 その上に一つ一つの言葉の精査を正しく行う作業は、当然のように精神を摩耗し続け、自分を不利な状況へと追いやってしまう。
 しっかりとした訓練を長期間積んでいても、完全にリスクを消す事は出来ない。

 それでも、通常ならば極めて困難な相手から情報を得るには、防衛本能や緊張に意識の多くを割かれる戦闘中――――その見解に関しては不動であり、それこそが最大のメリット。
 今まさに、クラウ=ソラスはそれを実践しているとフェイルは理解していた。
 敢えて鍔迫り合いという、槍には似付かわしくない超接近戦を挑んだのも、その意図あってこそだ。

「そうか……だから僕達と行動していたのか」

 フェイルの耳に、クラウ達の会話が聞こえている訳ではない。
 だが両者のやり取りは、ある程度正確に把握出来る自信がフェイルにはあった。

 クラウがこの場で、自らトライデントに接近した理由。
 トライデントが魔術というアドバンテージを放棄し、距離をそのまま詰めさせている理由。
 二人の思惑が合致しているからに他ならず、そうなると会話の内容は自ずと絞られてくる。

 ギルドの話。
 或いは――――

「あの人はバルムンクさんのお友達なのかな?」

 バルムンクに露骨なほどの好意を示されていたからこその視点で、アルマが不意に呟く。
 無邪気で、それでいて核心を突いたその問いに、フェイルは暫し悩んだ。

 果たしてどう答えるべきか――――

「……多分ね」

 結局、そう答えるしかないという結論に至る。
 その直後に、答え合わせの時間がやって来た。

 フェイルは再び前方に意識を集中させた。

 


「――――彼は私どもの商売敵、【ラファイエット】という傭兵ギルドの大隊長なのですが」

 両者の押し合いは拮抗状態が続く。
 クラウ、トライデントそれぞれの思惑が一致した結果でもあった。

「彼とはしばしば衝突しましてな。主義主張がまるで違う故。大隊長という立場はギルドの顔であり、私にとっても彼はラファイエットそのものと言える存在。この街……ヴァレロンで傭兵ギルドを営む身としては、中々に厄介な相手でした」

 無言を貫くトライデントの圧力を、クラウは平然と受け止めながら言を連ねる。
 滑稽なようにも見えるその行動は、実のところ長年磨き上げた技術の結晶でもあった。

「あの男は見た目は豪傑なのですが、妙に思慮に富む人物でしてな。あの手の戦士は己の肉体を最大限に活かす為に頭を働かせるのが常だというのに、寧ろ知謀を隠す為に肉体でカムフラージュしていたとさえ思えるほどでした。煮え湯を飲まされた事も、一度や二度ではありませぬ」

 弁は更に円滑さを増す。
 熱量は変わらないままに。

「それでも私は、バルムンク=キュピリエ率いるラファイエットとの共存を模索し続けていました。向こうがどうだったかまでは知り得ないのですが、多少は通じる所があったのではないかと思っているのですよ。事実、いがみ合う中にも常に落とし所を探りながら二つの傭兵ギルドは並び立っていましたのでね。それが実現出来ていた理由はただ一つ。たった一つの彼と私の共通点」

 変わらないままに、密度だけが膨れていく。

「この街を、ヴァレロンを愛していたが故、ですな」

 傭兵ギルド【ウォレス】と【ラファイエット】は、常に対立状態にあった。
 しかし両者の抗争がヴァレロン新市街地の安寧を揺るがす事態は一度としてなかった。
 住民に対し、老若男女問わず荒々しい態度で接し、時に負傷させる事もあったバルムンクだが、彼の刃が一般市民を突き刺す事もまた、一度たりとも起こらなかった。

 両者の冷戦とも言える状況は半ば慢性化していたが、それによってヴァレロン内には一定の緊張感が保たれていた。
 酒場で誰かが暴れれば両陣営が先を競って沈静化に走り、街の外から持ち込まれたいざこざにも積極的に介入した。

 治安維持の観点から、両ギルドの共存は最善策――――そう考える市民も、実のところ少なくない。
 何より、彼等がヴァレロンという街を守り続けていたという結果と実績に嘘はなかった。

「その同胞がどうも、私と同じ所へ堕とされてしまったようでしてな。もしそうならば、ラファイエットは事実上解体という運びとなるでしょう。ウォレス同様に」

 つまり、ヴァレロンという街から傭兵ギルドが消える事になる。
 これまで街の治安を一手に担ってきた両勢力が、ほぼ同時期に。

「姉君にとって、彼は何か都合の悪い存在になってしまったが故の悲劇なのでしょうか。或いは、そもそも肉親の情など存在しなかったのか……後者であって欲しくはありませんな。私は彼を憐れだと思いたくはないのですよ。自分が認めた戦士をそうは思いたくないのです」

「……」

 初めて――――トライデントの表情が動いた。
 彼の中に一つ、刺さるものがあった証だった。

「貴殿らに蹂躙されたヴァレロンは、今後どうなっていくのか私には想像も出来ませぬ。腐り切った憲兵に治安は守れないでしょうな。かといって、統治しようという気概を持った人間も見当たらない。ゆっくりと、少しずつ腐敗していくのかもしれませぬが」

「……両計画に翻弄された貴様らのギルドには同情する。だがこの街の住人ではない自分には関係のない話だ」

「そうでしょうな。故に私からの提案です」

「フェイル=ノートと戦いたいのではないですかな?」

「……」

 ここで表情を変えないのは、却って不自然――――クラウは確信を得た。

「この場に私とアルマ様がいる限り、貴殿の念願は果たせないでしょう。忌み嫌うデュランダル=カレイラに取り入ってまで得た機会、無駄にはしたくないのでしょう?」

「……貴様、どこまで知っている」

「諜報ギルドと懇意にしていましてな。"古巣"の動向にはそれなりに目を配らせていました故に」

「貴様が潰したのだろう、ウエストは」

「裏切りの代償、といったところですな」

 押す力が、徐々に失われていく。
 それはどちらかが一方的に、という訳ではなかった。

「念願と引き替えに、私に情報を提供する。どうですかな?」

「……バルムンク=キュピリエは――――」


 トライデントに迷いはなかった。
 刹那、その身体が、指が動く。

「魔術みたいだね」

 フェイルは微かに眉間を狭くし、アルマの言葉に一つ頷いた。







 

                          前へ   次へ