「では行くとしましょうか。破壊者を大人しくさせる為に」

 既にその居場所を気配で特定した――――そう言わんばかりに、クラウ=ソラスは先程ファルシオン達が出て行った扉へと歩を進める。
 フェイルは目配せで、その後ろに付くようアルマを促した。

 しんがりを務めるのは自分。
 一瞬の交差に火花にも似た光が散り、アルマはコクリと頷いた。

「標的の目星は付いていますかな?」

 廊下に出たところで、クラウが誰にともなく問いかける。
 それに対する回答を、フェイルは持ち合わせていた。

「うん。多分トライデントって男だと思う」

「トライデント=レキュールですか。妥当ですな。確か魔術を操る筈ですし」

「……知ってるの?」

「指定有害人種の情報には全て目を通しております故」

 端的なクラウの返答は、それでありながら彼の人生や目的を強く示唆する内容だった。

 指定有害人種について積極的に調べようとする人間は、ある程度はいると思われる。
 自分にその傾向があると思えば尚更だ。

 だが、指定有害人種全員の情報を集めるのは、明らかに好奇心や自己診断の域を越えている。
 何故なら、その情報を入手するには途方もない時間と金を掛けるか、あの王宮内にあった資料室に足繁く通わないと不可能だからだ。

「もしかして、クラウさんもかつて王宮にいたの?」

「貴公があの男の元に残っていたならば、私の後釜は貴公だったと聞いております」

 ――――フェイルの背筋を、一筋の冷汗が伝う。

『俺がいずれ持つ筈の、少数精鋭の暗殺部隊の隊長を、お前に任せる為だった』

 王宮を去る際、デュランダルが掛けてきた言葉。
 クラウの発言が正しければ、『少数精鋭の暗殺部隊』はその時から既に在った事になる。

 しかし両者の発言は矛盾しない。

「……クラウさんが所属していた部隊は、誰の命令で動いてたの?」

「ガラディーン=ヴォルス。時の剣聖ですな」

 暗殺部隊は王宮騎士団【銀朱】師団長の私兵。
 そう考えれば、全ての辻褄が合う。

「ただしあの御仁は、指定有害人種の徴兵に反対の立場を崩しませんでした。故に我々が稼働する事は滅多にありませんでしたな。国王や第一王子からの命が主な仕事でした」 

「……あの人らしいね」

 指定有害人種の徴兵。
 それは言い換えれば、国軍の戦力を引き上げる為の生物兵器投与実験だった証でもある。
 同時に、エチェベリアが最強の軍事力を手にし『武術国家』を冠する為に、非人道的な実験を行っていたという証左とも言える。

 狙いは隣国の魔術国家デ・ラ・ペーニャへの対抗のみならず、ルンメニゲ大陸における相対的地位の向上。
 それが、勇者計画および花葬計画の底知れなかった最終目的の真の底だ。

「どうして王宮から去ったの? 仕事が少なくて暇を持て余したから?」

「それもないとは言えませぬが……やはり、余生は身内に囲まれて過ごしたいものです」

 それは、フェイルがこの街に帰って来たのとは真逆の理由だった。
 指定有害人種である自身の死期を悟り、残りの人生をどう過ごすかを考えた結果、このヴァレロンでギルドを立ち上げ、弟達を養いながら生きていた。
 
 或いは、既に――――

「クラウさんは病気なのかな?」

 不意にアルマが問いかけたその声は、普段と変わらない、場の空気を和らげる丸みを帯びていた。
 その声に目を細め、クラウは穏やかに微笑む。

「病気……やもしれませぬな。しかしこの病は必ず治ります故、心配は不要ですぞ」

「そっか。なら――――いつまでも治らないといいのにね」

 アルマの前後を歩く男二人の呼吸が一瞬、止まる。

 突然の毒気に絶句した訳ではない。
 アルマに邪気は一切ない。
 つまり――――クラウの言う『病』について、そして病が治る事の意味について、正確に理解しているからこその言葉だった。

「いつまでも、今のままでいられたらいいのにね」

 アルマもまた、二つの計画における中核の一人。
 フェイルはあらためてその認識を強め、同時に悲観した。
 彼女を巻き込まないという選択肢は、最初からなかったのだと。

「私には勿体ないお言葉です」

「そんな事ないよ。きっとね」

 優しさよりも純粋な言葉が――――

「!」

 三度起こった爆発によってかき消される。
 これまでで最も大きな破壊音だった。

「どうやら入り口の方ですな。待合室を破壊しているようです」

「……待合室? なんでそんな場所を壊してるんだろう」

 フェイルはそう呟きながら、以前ハルと再会した際にメトロ・ノーム内で響き渡っていた爆発音を思い出していた。

 あの時は、トライデントが誰かと戦っているという結論に達した。
 そしてその際にハルは、トライデントが土賊の一員でスティレットの仲間だと言っていた。

 だがこのヴァレロン・サントラル医院の破壊は、スティレットの差し金とは考えられない。
 二つの意見には矛盾がある。
 どちらかが誤りなのか、または前提が間違っているのか。

「戦ってる、って事はないよね?」

「ありませんな。破壊活動が行われている箇所に人物の気配は一つしかありませぬ」

「クラウさんが全く気配を察知できない人物って、存在する?」

「ふむ……未知の存在なれば、或いは」

 されど現実的とは言い難い。
 それだけの自信がクラウにはある。

 だとすれば――――

「時間切れですな。着きますぞ」

 病院の受付・待合室・エントランスホールが一体化した空間へと繋がる廊下の終点に足を踏み入れたクラウが、その歩みを止める。
 殺気を放つ事なく。

「やはり戦闘ではなかったようですが……」

 アルマ、フェイルが続いて待合室に足を踏み入れると、その視界には破壊活動の痕跡と意図が瞬時にわかる光景が広がっていた。

 破壊は全て、床に集中していた。
 そしてそれを実行していた人物は――――フェイルの予想と一致していた。

「トライデント……」

「驚いたな。メトロ・ノームの管理人をここに残したか」

 その顔は、敵意を含有しておらず――――

「彼女を巻き込むのを避ける為に、自分が攻撃を仕掛けてこない。そう踏んでの事だとしたら……」

 まるで心から再会したかった旧友を見るような静かな目のまま、その愛槍の矛先をフェイルへと向けた。

「フェイル=ノート。貴様はあの方に届き得る矢を持っていると判断し、排除する」







 

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