クラウ=ソラスの語りは常に淡々としていて、気配同様に感情を一切悟らせない。
 しかし彼の口から発せられる言葉は、業火にも等しい熱を帯びているようにフェイル達は感じていた。

「最早口を噤む理由もない故、懺悔の意味も込めて貴公等に話しておきましょう」

 温度のない熱――――ある種究極の矛盾がそこにはあった。

「勇者候補となる少年と、その仲間である貴公等がヴァレロンを訪れる以前、ヴァレロンの各ギルドに一報が届きました。我等が計画に協力せよ、と。協力という名の強制ですな」

「勇者計画……」

 クラウ=ソラスの視線の先、ファルシオンが苦々しく呟く。
 その目の奥に、歪む感情を揺らして。

「協力要請の主な内容は三つ。一つは、勇者候補を手に掛けない事。一つは、エル・バタラにおける不正。そちらは知らずに参加していましたな。お詫び申し上げたい」

「今更そんな事言われてもね……」

 エル・バタラの試合結果が殆ど談合によるものだと、既にフランベルジュも知っている。
 それでもあらためて言葉にされた事で、フランベルジュの目には薄い影が差した。

「そしてもう一つは、とある名簿の配布」

「名簿……?」

「指定有害人種疑いのリスト、と言えば理解出来ますかな? 貴公も、そして私も名を連ねていますな」

 それは――――フェイルにのみ向けられた言葉だった。
 
「……リスト化されるほどいるの? この街に指定有害人種の可能性がある人間が」

「この街、ではありませんな。この国、という表現が正しいでしょう」

「どういう事ですか……?」

 ファルシオンの問いに、クラウ=ソラスの感情は揺れない。
 エネルギーの変化なく、それでも熱は更に上がった。

「生物兵器の研究がメトロ=ノームで行われていた事は知っています。ヴァレロン・サントラル医院がその投与を行っていた事も。でも、それは……」

「投与実験はこのヴァレロンだけで行われていた訳ではありませぬ。この国全体で、国民に黙って密かに行われていたのです」

「……アルテタ」

 ポツリと、フェイルが一つの地名を口にする。
 かつてフェイル達も訪れたその地では、記録的豪雨によって多数の死者が出るという痛ましい出来事があった。

 しかしその死者には不明な点があった。
 犠牲者が宿屋経営者に偏っていた事。
 その遺体がこぞって行方不明になっていた事。

 フェイルは、ハイトからこの事実を聞いている。
 アルテタで死の雨と同様の実験が行われた事も、カラドボルグから明かされていた。

「リオに対する国民の心証を悪くする為の工作だと思ってたけど……」

「それ自体は間違いではありませぬな。勇者候補が宿泊を断られた宿の人間を殺害し、いずれ『勇者の復讐だった』と思わせる一面もあったのでしょう。そして同時に、生物兵器投与の実験でもあったのです。あの雨のカラクリはご存じですかな?」

「誰かに聞いた訳じゃないけど――――」

 フェイルは心臓が脈打つ速度の変化を実感しつつ、先程の仮説を話す。
 メトロ・ノームの柱に気化した生物兵器を放ち、それを地上へと昇らせ、地面に染み込ませる。
 そして植物を汚染し、その植物が雨に濡れる事で生物兵器が雨と結合し、特殊な毒素を生じるのでは――――という内容。

「……この場合『流石は薬草士』というのは褒め言葉にはならないのでしょうな」

「皮肉にしか聞こえないね」

「しかし、ほぼ満点回答ですな。ただし毒素ではなく生物兵器の性質を持った毒、とでも申しましょうか。要は副作用なのですが。つまり、あの雨は『生物兵器の密かな蔓延と強制摂取』が目的で、死者が出るのは副作用によるもの、という訳ですな」

 淡々と、相変わらず淡々と、クラウ=ソラスは語る。
 この国の余りにも信じ難い罪を。

「副作用の出現は非常に個体差が激しく、体内に摂取した瞬間に絶命に至る場合もあれば、何一つ実害がない場合もあります。ただし、最初に気化する生物兵器の性質によって、致死率は十分制御出来るようですが」

「特定の誰かを狙って殺す事は出来ないのね」

「出来ませんな。アルテタの件は、雨による生物兵器の蔓延と、それに乗じての暗殺。恐らくはそういう構成でしょうな」

 記録的豪雨という自然災害に乗じて、生物兵器の蔓延と勇者計画の為の下準備を同時に行っていた。
 それによって、本来余りに不自然な死者が不自然ではなくなる。
 自然災害なのだから、死者が多く出ても不思議ではない――――事情を知らない市民はそう思うだろう。

「要は、そのような試みがこの国中で行われているのですよ。勇者計画の準備まで詰め込むのは例外としても」

「この国全体が……国民全員が……人体実験の被験者、だって言うの?」

「決して大げさではなく」

 無論、実際に生物兵器を摂取するか否かは偶然によるもの。
 それでも、全員にその可能性がある事は間違いない。

「な……何なの? 生物兵器って……そこまでする価値があるものなの?」

 フランベルジュの問いは、質問というよりは悲鳴に近い。

 この国に生まれ、この国に住む人間として――――どうしても受け入れ難い、度し難い話だった。

「国民全員に死の宣告をするくらいに大事なものなの!?」

「さて。少なくとも我が国の王はそう思っているのでしょうな。事実、国民の多くは"その成果"を羨望の眼差しで見つめている故に」

 心臓が――――跳ねる。
 フェイルは自分の胸がまるで自分ではないくらい、制御を失われている状態を自覚した。

 そして、クラウ=ソラスの言葉の意味も。

「どういう……事?」
「フラン」

 ファルシオンもまた、それを察しフランベルジュを制する。
 言葉にするのは、余りにも残酷だと知っていたから。

 だが、決して建設的な行動ではなかった。

「我が国は裏切られていたのです。何しろ、この国の英雄にして、隣国との戦争――――ガーナッツ戦争に勝利した立役者が、生物兵器に汚染された指定有害人種そのものなのですから」

 エチェベリアの誇りであり、未来であり、誇り。
 何より、戦争で勝利した理由そのもの。

 それが生物兵器の生み出した最高傑作であるならば――――

「国王の中では、絶対なのですよ。第二、第三のデュランダル=カレイラを生み出す事は」

 この国の暴走は、最早必然だったのかもしれない。
 フェイルは自身の心臓を鷲掴みにして止めたいと願うほど、激しい焦燥に駆られていた。







 

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