騎士の位から離れても、カバジェロは紛れもなく騎士道を貫いていた。

 正々堂々。
 正攻法。

 それこそが美学であり、また矜恃でもある。

 味方であるアドゥリスの蹴りによって強引に移動方向を変えるという戦術は、奇襲や卑劣な手段では決してなかったが、王道とはかけ離れた戦法ではあった。

 迷いが表面化していた。
 フェイルの目は、直進を始めた刹那のカバジェロの逡巡を帯びた表情を克明に捉えていた。

 それはフェイルにとって、不可解な感覚だった。

 カバジェロの迷いは確かに表情に現れてはいた。
 だが――――まるで悪臭を一瞬で感じ取るような、視覚的な捕捉の範疇を遥かに超えた一瞬の把握は、少なくとも通常の感覚ではなかった。

 集中力の成せる術なのか。
 或いは、自分の身体に何らかの変化が起こっているのか。

 自分の目に生じた異様な違和感に戦慄の片鱗を抱きつつも、フェイルは既に身構えていた。
 カバジェロは正攻法以外で攻めてくる――――と。

 奇襲への対抗は、初速が全て。
 そして、矢の殺傷能力は突進してくる敵に対する即効性は低い。
 心臓や頭部を貫けば話は別だが、少しでも急所を外せば一巻の終わり。

 フェイルの選択は、矢ではなく弓による一薙ぎだった。

 決して接近戦向きの武器ではなく、払いや薙ぎにも向いていない弓だが、腕力だけではなく下半身始動による腰の回転を最大限に活用すれば、弓の上部――――末弭を立たせたまま円滑に加速が出来る。

 フェイルが狙ったのは、自分へと向かって来るカバジェロの喉だった。

 弓のリーチは、カバジェロの折れた剣よりも長い。
 それも幸いした。

「が……ッ!」

 右手に持つ弓を立てたまま、右側へ腰を切りつつ斜め下へと薙ぐ。
 同時に、右手の手首を返す。
 そうする事で末弭が前方へと突き出されるような軌道を描き、直進して来る標的を『点』で捉えられる上、強烈な威力を有した打撃となる。

 接近戦をこなす上で、要となる一撃。
 王宮で何千回、何万回と繰り返し修練した、基礎でありながら唯一無二の攻撃は、的確にカバジェロの喉を捉えた。

 強い衝撃を喉に受けた人間は、一瞬にして自分を見失う。
 まるで大海の真ん中で溺れてしまったかのような絶望感に襲われ、呼吸の仕方さえも忘れてしまう。

「う……が……はぁ! ぐはっ……!」

 カバジェロはまさにその状態に陥った。
 その場に倒れ込み、目を見開いたまま咳き込むその姿に、最早戦意はなかった。

「……」

 それでもフェイルは、弓を身体の手前に戻し矢を番う。
 矢先を地面に転がったままのカバジェロへ向け、無表情で――――

「まだやる?」

 そう問いかけた。
 それはカバジェロのみに対しての言葉ではない。
 フランベルジュへと仕掛け、鍔迫り合いの状態になっているアドゥリスに向けてのものでもあった。

「援軍の気配はありません。事実上の一対三です」

 待機を続けるファルシオンが、アドゥリスへ向けて右手を伸ばす。
 更に―――― 

「一対四、ですな」

 そのファルシオンの最寄りの柱から、彼女の申告を嘲笑うかのように現れた人影が一つ。
 しかしファルシオンは特に意にも介さなかった。

 クラウ=ソラスならば仕方がない。
 そう思わざるを得ないほど、彼の気配は無そのものだ。

「クソが……! テメェまでそいつらに付くのかよ……クラウ=ソラス……!」

「最早、ヴァレロン内のギルド同士が対抗心を燃やしたところで、火など起こせる筈もない故に。残念ながら、我が宿敵も……既にこの世の者ではなく」

「……なん……だって……?」

 涼しい顔だった。
 余りにも感情のこもらないその顔で、クラウ=ソラスは言い切った。

 バルムンク=キュピリエが、現世の者ではないと。

「そうかよ……逝っちまったのか……あの野郎が……」

「随分と余裕ね。目の前の私を無視して、泣くの?」

「……泣く? 誰がだ?」

「自分でわからないの?」

 次第に――――アドゥリスの腕から力が抜けていく。
 その顔は、頬を伝う涙は、敗北の自覚を意味した。

「……あの女は……前にテメェらの頭を案内した柱の中にいる」

「僕は頭でもなんでもけど、意味は理解したよ」

 そう応えたフェイルの目には、大量の冷や汗を浮かべたカバジェロの顔が映っている。
 喉の骨を折るほどではなかったが、相応の感触はあった。
 しかしそんな一撃を受けても尚、カバジェロの目には何かが宿っている――――ようにフェイルには見えていた。

「行こう。これ以上ここにいても仕方がない。場所は僕が知ってる」

 矢を筒に戻し、フェイルは一足早く歩み出す。
 それにクラウ=ソラスも呼応し、ファルシオンも続く。

「さっさと行きやがれ。心配しなくても、背中を斬り付けるなんてこたぁしねえよ」

「アンタ達は……」

「……」

 即座に視線を外し、その場に座り込んだアドゥリスの言動に眉をひそませながらも、フランベルジュはフェイル達の後を追った。

 不気味だった。
 同時に、奇妙でもあった。

「本当に、さっきあの男が言っていた所にスティレットはいるの……?」

 余りにもアッサリし過ぎている。
 その疑念をそのままフランベルジュは口にした。

「いないよ、多分」

「同感です。私もそう思います」

 返答は早かった。
 フェイルもファルシオンも、フランベルジュと同様の奇妙さを感じていた。

「罠、という事ですかな?」

「っていうか……付いて来る気?」

 特に示し合わせた訳でもなく同行しようとする自身を白い目で眺めるフランベルジュに、クラウ=ソラスは紳士然とした笑みを返す。

「実のところ、居場所をなくしましたので流浪の身なのです。傭兵ギルド【ウォレス】は事実上、解体しました故」

「え……?」

 戦闘を歩くフェイルの足が止まる。
 聞き流す事の出来ない告白だった。

「ウォレスだけではありません。ラファイエットもウエストも、その機能を停止しております。ある意味、ヴァレロンはもう終わっているのですよ」

「それは……死の雨の影響ですか? それとも、ウエスト襲撃の余波?」

 ファルシオンの問いに対し、クラウ=ソラスはゆっくりと首を横に振る。
 諦観の念さえ微塵も感じさせず、淡々と、ただ淡々と。

「我々は皆、裏切られたのです。この国に」







 

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