風が吹く筈のないメトロ・ノームに流れが生じるとすれば、
 それは気流ではなく人の生み出す感情の波。
 フェイル達とカバジェロ達の間には、濁流に等しい混沌と激しさで
 感情が蠢き合っていた。

「チッ……おい、カバジェロ」

「わかっている。我々には駆け引きをする時間など残されていない」

 その中で、大きく跳ねたのがアドゥリスの苛立ち。
 そうなると流れは一気に、そして勢いよく傾いていく。

「賭けをしないか。フェイル=ノート」

「……賭け? そんな遊びに興じる暇は――――」
「遊びなどではない。人生を、未来を賭けた勝負だ」

 フェイルの言葉を強引に塗り替えるように、カバジェロは語気を荒げた。
 それでも大声という程ではない。
 あくまで、感情の起伏を乗せた程度。

 即ち――――本気であるという意思表示を、最低限の含みだけで表現した格好だ。

「既に一度、我々は相対し決着をみている。私欲で争うつもりなどない。だが……」

 そして次は行動で。
 カバジェロは自身の剣を構えた。
 あの、折れて剣先の存在しない剣を。

「我々にはどうしても、貴殿らから得たい情報がある。もしこちらが勝利すれば、
 その情報を貰い受ける。如何か?」

「……こっちに利のある提案には聞こえない。僕達が勝ったら何が得られるの?」

「恐らく、貴殿が何よりも知りたがっている事。スティレット様の居場所を」

 それは――――余りにも不可解な申し出だった。

「フェイルさん!」

「わかってる。ちょっとあり得ないよね……貴方がたは守るべき主君を僕達に差し出すの?
 僕達が彼女にどんな感情を抱いているかなんて、当然知ってるんでしょ?」

「ケッ。何もわかってねーな」

 微妙にではあるが――――フェイルの視線は、数刻前からカバジェロではなく
 アドゥリスに向いていた。
 フェイル達にとって、より確実に情報を引き出す為には、情動的なアドゥリスに
 発言させた方が好ましいからだ。

 それが奏功したかどうかは兎も角、アドゥリスは苛立ちをそのままに言葉を紡ぐ。

「オレ等が本気であの性悪女に従ってるとでも思ってやがるのか?」

「……少なくとも、貴方は違うだろうとは思うけど」

「ったりめーだ。確かに金払いだけは良いがな。あんな怪物に忠誠誓おうものなら
 それこそ人生投げ捨てるようなモンだろ」

「口が過ぎるぞ、アドゥリス」

「お前だってそうだろ、カバジェロ。アルテタの街そのものを人質に取られるような
 胸クソ悪ぃ事されといて、殺意の一つもないなんてあり得ないよなぁ?」

 ――――アルテタの街そのものを人質。

 途方もない、しかし十分理解の範囲内の言葉だった。

「……繋がったよ。やっと」

「フェイルさん?」

 ファルシオンの怪訝そうな視線に、フェイルは首を小さく横へ振る。
 今は語り合う時間ではない。

「わかった。その賭けを受けよう。僕とカバジェロさんが戦うの?」

「いや。2対3で構わない。ただし双方の命までは取らない。情報の争奪戦だ」

「ふーん……だから敢えて形式ばったものにしようって訳ね」

 これまで会話には極力参加して来なかったフランベルジュが、静かに細身の剣を抜く。

「お互いに殺さない前提なら、数的不利も大した問題じゃなくなるし。
 奇襲だとそうは行かないものね。それで……私達から得たい情報って何?」

「貴殿は……アルテタに来た頃と随分雰囲気が変わったようだ。見違えた」

 本気で感心しているのか――――
 カバジェロは微かにだが、フランベルジュの佇まいに目を細めた。

「我々が知りたいのは二つ。『死の雨』の材料となる毒と生物兵器。そして……」

「バルムンクの居場所だ」

 そう続けたアドゥリスの声は、明らかに震えていた。

「何処を探しても見つからねぇ。テメェらなら、あの野郎の居場所を知ってるんだろ?
 "そういう事になってた"筈だからよ」

 つまり――――あのバルムンク襲撃はスティレットが一枚噛んでいる。
 或いは彼女の指示、という示唆。
 フランベルジュの眉間に、克明に皺が刻まれる。

「あの野郎が返り討ちに遭うとは思わねぇが、テメェらが生きてるって事は、少なくとも
 仕留め損なったか意図的に逃がしたかのどっちかだ。洗い浚い、吐いて貰うぜ」

「奇遇ね。私も今――――」

 細身の剣が、空気を撫でる。
 その剣先は静かに、切り裂く音など一切発しないままアドゥリスへと向けられた。

「貴方に聞きたい事が出来た」

「じゃあ、開戦だ」

 始まりは――――そのやり取りが終わる直前だった。

 全てを言い終える前に、アドゥリスの姿が"消える"。
 無論、姿形を消した訳ではない。
 カバジェロの背後に回り、自身のシルエットを消し去った。

「ファル! 手筈通り!」 

「わかりました!」

 2対3――――しかしそれはあくまでも敵側の申告に過ぎない。
 最低でももう一人、どこかに潜んでいる可能性が高い。
 数的有利を捨ててでも、怪我で動けないファルシオンには周囲の警戒に徹して貰うのが
 最適という最終判断に至った。

 問題は、今のアドゥリスの動き。
 明らかに連携を意識した動きだった。
 それはアドゥリスの気性とは全く相容れない行動だけに、不気味さが際立っている。

「では……」

 騎士道精神を貫くカバジェロと、粗野な凶漢といった印象しかない土賊のアドゥリス。
 その二人が連携するとなると、どういった形で仕掛けてくるかは極めて想像し難い。

 反面、共闘に関しての不安は両者なかった。
 フェイルとフランベルジュは共に訓練し、教示した仲。
 お互いの呼吸や動きのクセは把握している。

「……」

 目すら合わせず、自然とフェイルが前に出る。
 弓使いが剣士よりも前に立つ時点で、明らかに異様。
 尤も、既にフェイルとの戦闘を経験しているカバジェロには動揺は与えられないが。

「……参る」

 カバジェロの身体がゆらりと斜めに傾きながら――――メトロ・ノームの大地を蹴り、フェイルへ向かって突進を始めた。
 背後のアドゥリスもまた、自身の得物である湾曲した短剣を突き出したまま前進。
 まるで、今にも投擲すると言わんばかりに。

 その短剣に目が行ってしまうと、カバジェロの突進から意識が離れてしまう。
 視覚の性質を利用した、単純だが効果的な攻撃。
 しかしそれは、あくまで1対2の戦いならば。

 フェイルは微かに身を屈め、左へ跳躍。
 同時に矢を筒から取り、全身が宙を舞う最中に弓を構える。

 フランベルジュはフェイルの動きを視認した刹那、右前方へ跳ぶ。
 敵の標的を散らす為に。

 すると――――突進中だったカバジェロの身体が、不自然な方向へ"跳ねた"。
 背後のアドゥリスの蹴りによって。

「なっ……!」

 仲間の蹴りで強引に方向転換。
 そして、蹴りを放った方は反作用によって逆方向への推進力を得る。

 その予想外の連携の直後――――決着は付いた。






 

                          前へ   次へ