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「――――柱を壊す?」

 カラドボルグが指示したその内容は、フェイル達の理解の外にあった。

 メトロ・ノームにおける無数の柱は、地上と地下を繋ぐ道。
 それを壊すという事は、メトロ・ノームを孤立化させるという意味合いになる。

「そうだ。そうすれば、少なくともスティレットは憤慨するだろうな」

「彼女がメトロ・ノームを私物化する上で、孤立化が傷手になるという判断ですか?」

 ファルシオンの問い掛けは、その意味合いを多分に含んでのものだった。
 同時に、その実行性への疑念も含有している。

「確かに、短時間で全ての柱を破壊出来れば、十分な動揺は与えられると思います。少なくとも地上に戻る事が出来なくなりますから。でも……」

「それが不可能なのはわかってるさ。誘き出す為のエサとしちゃ、それなりに有効だろ?」

「あ……そういう事ですか」

 実効性は十分に期待出来る。
 問題は実現出来るか否かだが――――カラドボルグの言葉から、ファルシオンは全て破壊する必要はないという意図を汲んだ。

「でも、だとしたら焦りを生むのは難しいんじゃないかな。向こうにとっては、上に繋がる柱が一つ残っていればいいんだから」

 次はフェイルが疑問を口にする。

 メトロ・ノーム内にある柱の数を正式に知っている訳ではないが、これまで視界に収めてきた物だけで100は下らない。
 柱を破壊出来る戦力が魔術士のファルシオンしかいないとなると、そんな夥しい数の柱を全て破壊するのは不可能だ。
 仮にヴァールと合流出来たとしても、一日や二日でどうこう出来る訳ではない。

「安心しな。柱の破壊の主目的は交通の分断じゃない」

「……?」

「あの柱はな、『死の雨』と関連があるんだ――――」

 …………
 ……
 …


 ――――メトロ・ノームに響き渡る、凄まじい破壊音。

 ファルシオンの放った魔術【黒点破】によって、彼女の眼前にある柱は下方の一部を失い、天井からぶら下がる石の塊と化していた。

「こういう時に【黒点破】は便利ね。燃費が良くてそれなりの破壊力。普段は使い道ないけど」

 崩落した柱の一片を手に取って眺めているフランベルジュがそう言及するように、【黒点破】は実践面において不評を買っている魔術の一つだった。

 赤魔術の一種で、自身の手元に黒色の点を出力させ、それを徐々に大きくし、拳大くらいになった時点で前方へきりもみ状に飛んでいく――――というのが一般的な流れだが、出力から実際に敵に撃つまでかなり時間が掛かってしまう。
 一応、黒点が肥大化する過程で動き回っても魔術はキャンセルされない為、身体能力が高ければ使い道はあるが、ファルシオンのように体力も筋力もない魔術士にとっては無用の魔術となっている。

 尤も、柱のように動かない物体を破壊する上では有効。
 初級魔術なので魔力消費量は小さく、柱を一撃で粉砕するだけの破壊力がある為、今回の用途には適している。

 とはいえ――――

「ファル、あと何発撃てる?」

「15……くらいですね。私の魔力量ではそれが限界です。」

「なら、暫く時間を置こうか。その方が誘き出す上でも都合が良いし」

 柱を破壊し続ける事でスティレットを苛立たせ、誘き出す。
 彼女本人は来ないまでも、部下が様子を見に来れば、その部下を締め上げて居場所を吐かせる事も出来る。

 ただし、それは主目的ではない。
 柱を破壊する本来の意図は――――

「それにしても……本当なのかしら? この柱が死の雨の正体を送る管だったって」

『死の雨』の供給管。

 それこそが、カラドボルグの明かしたメトロ・ノームの柱の正体だった。

「わからない。でも、死に至る毒を雨に含ませるっていうよりは信憑性があると思うよ」

 そう曖昧に答えつつも、フェイルはカラドボルグの説明を真実だと心中で断定していた。

 死の雨が降ったあの日、雨を浴びた人間の一部が死亡した――――それがそもそも誤りだった。

 雨粒に毒素が含まれていた訳ではない。
 雨が降った事に起因し、毒素が生成された。
 それが死の雨の正体だった。

「この地下から、柱の中に気化した毒素の元……多分生物兵器の一種だろうけど、それを注入する。気化した生物兵器に空気より軽い性質を持たせておけば、勝手に上へ昇っていって、天井……地上の地面に該当する地層に浸食していく」

「それが雨と化合して、致死性のある毒を生み出し地上に散布……でしたね。確かに、あり得ない話じゃないとは思います」

 微かに乱れた息を整え、ファルシオンも会話に混じる。
 彼女もまた、フェイルと同意見だった。

「ただ、地上の地面は舗装されています。生物兵器と雨が上手く化合出来るかどうかは未知数かもしれません」

「いや。それも問題ないよ」

「……フェイルさん?」

 じっと真上の天井を見上げていたフェイルが、静かに目を閉じた。

「気化した生物兵器が植物の根に取り込まれているんだと思う。ビューグラスがこの件に絡んでいるのなら、それしかない」

「あ……」

 植物には、舗装の隙間や弱い部分を突き破って芽を出す力がある。
 その生物兵器を取り込んだ植物が、雨に反応し毒素を生み出したとしたら――――

「前に、この地下でトライデントって男が儀式めいた事をしていたのを見たんだけど、今思えばあれは生物兵器の気化を実行、または実験していたのかもしれない」

「あの【ウエスト】で見かけた男ね。なら、やっぱり敵?」

「……多分」

 とはいえ、トライデントが王宮の命でこのヴァレロンに来ている可能性は低い。
 一度王宮を去っている身で、再び与するとは考え難いからだ。

 ただ、あの男はガラディーンを慕っていた。
 デュランダルにも敬意を示していたが、直属の上司であり御前試合にも推挙していたガラディーンをより支持していたのは間違いない。

 もし、勇者計画と花葬計画にガラディーンとデュランダルの派閥争いが関わっているのなら、トライデントが旗頭にはならないまでも、力添えしているという解釈は十分に成り立つ。

「フェイルさん。ずっと頭の片隅にあったんですが……これらの柱が一時期光を放っていた事も、もしかして『死の雨』と関係しているんでしょうか?」

「うん。あれは多分――――」

 ファルシオンの問いに答えようとしたフェイルの"鷹の目"が、人影を捉えた。

 アルマやヴァールではない。
 いつの間にか姿を見せなくなったクラウ=ソラスでもない。

「……思ったより随分と過敏に反応してきたみたいだ」

 こちらへ向かって来るのは、二人の人間。
 一人は土賊の生き残り、アドゥリス=クライドール。

 そしてもう一人は――――

「久方振り、と申しておこう。ご健勝の事と拝察致す」

 アルテタの警吏、カバジェロ=トマーシュだった。







 

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