風の音は聞こえない。
 木々のさざめきも聞こえない。
 それでも、この場所は紛れもなく『街』だった。
 
 メトロ・ノーム。

 そう呼ばれる地下空間に足を運ぶのは、果たしてこれで何度目だったか――――

「……そんなに時間が経った訳じゃないのに、不思議だよね」

 フェイルの記憶に、その数は明確に残ってはいない。
 その他の出来事が余りに多く、余りに鮮烈過ぎた。

 ただ、初めて訪れた時の事は鮮明に覚えている。
 香水店【パルファン】代表の女性マロウ=フローライトという人物の手解きだった。

 まず目に付いたのは、無数の柱。
 その時点で既に、矛盾があった。

 この柱には、本来担うべき『支柱』の役割はない。
 既に何度も利用しているように、地上と地下を繋ぐ階段の収納庫となっている。

 ただ、それ以前の問題として、構造上無意味な部位でもある。

 メトロ・ノームの面積は、目視出来るような広さではない。
 ヴァレロン新市街地全てという訳ではないが、かなりの割合を占めていると考えられ、要するに地上の街一つに近い広大さを誇っている。

 そして何より、圧倒的に天井が高い。
 10階建ての建造物であっても、余裕を持って建築可能なほどだ。

 それほどの地下空間を、人工的に作るのは不可能。
 元々あった巨大な空洞を掘り進めて整備したと考えるのが自然だ。

 その際に必要なのは支柱ではなく補強。
 例えば鉱山を掘り進める際にも、柱を建てる事などしない。

 にも拘らず、このメトロ・ノームには夥しい数の柱が立てられ、逆に補強の跡は確認出来ていない。
 これが何を意味するのか――――フェイル達は既に、カラドボルグから聞かされていた。

「……本当にいいんですか? あの男の言いなりになって」

「しつこいな、ファルも。僕が選択した事だからいいの」

 その柱を梟の目でも鷹の目でもなく、通常モードの目で眺めながら、フェイルは大きな溜息を落とした。

 これもカラドボルグから事前に説明を受けていたが、メトロ・ノーム内は以前とは違い、地上と余り変わらない明度を保っている。
 地上で言うところの曇りの日の午後と同等程度に。

 一方、煌々と輝いていた無数の柱はその光度を弱め、以前の姿に戻っている。
 封術によって封じられていた天井や壁面の永陽苔が活性化している証だ。

「"実験"は着々と進んでいる、ってワケね。チンタラしてる時間はなさそうよ」

「うん。でもフラン、最終確認だけはちゃんとしておこう。気合い入れも兼ねて」

「大義の確認?」

「あんまり好きな言葉じゃないな……僕達は僕達の自己満足の為に、覚悟をもって敵を討つ。それくらいシンプルで良いんじゃない?」
 
 そう言葉を選びながら返答するフェイルに、フランベルジュは若干頬を緩め二度頷いた。
 実際、その方が『らしい』。
 勇者一行は元々、そういう空気の中で旅をしていたのだから。

「まずは――――アルマさんとの合流。ファル、もう一度確認するけど、アルマさんはヴァールの元から離れてるんだよね?」

「確定ではありません。もし彼女が自ら望んでヴァールと行動を共にしているのなら、一時的に離れていた可能性もあります……が、それは恐らくないでしょう」

 これは、ヴァールの唯一の目撃者であるファルシオンのみが持つ情報。
 院内でヴァールと遭遇したその時、アルマの姿はヴァールの傍にはなかった。

 この切迫した現状を考慮すれば、例え一時的であれ、ヴァールがアルマから離れるのは考え難い。
 傍に居なかった時点で、既にアルマはヴァールの支配下にはないという事になる。
 ファルシオンの言うように、アルマが自ら望んでヴァールと共にいる場合を除いて。

「つまり、アルマさんの『目的』が鍵になってくる」

 ただ単に、迫り来る危機から逃れようとしているだけなのか。
 何かをしようとしているのか。

 前者なら、フェイル達を頼ろうとするのが自然。
 他に明確な味方はおらず、寧ろ敵ばかりなのだから。
 その場合は一度フェイルの家に戻るという選択になるだろう。

 しかし後者の場合は一気に行動範囲が広がってしまう。
 そしてフェイル達は、満場一致で後者の可能性を支持していた。

「アルマさんがただ流されるままに地上へ来たとは、僕には思えない。彼女には彼女の成すべき事があったんだ。僕達が知らないだけで」

「私もそう思う。あの子は、その気になれば自分の身を自分で守れたし、話す事も出来たんだから」

 アルマは地上へ来た際、言葉を失っていた。
 それはこのメトロ・ノームで夜を作ったり、柱の封印を保ったりする為に膨大な魔力を使用している時と同じ状態だ。

 だがその後、アルマはこのメトロ・ノームへの魔力の供給を止め、デュランダルの攻撃を防いだ。
 管理人としての役目を放棄した――――通常ならそういう認識になるだろう。

 しかしフェイル達は、三人全員がその『保身説』を却下した。

「不思議な人です、アルマさんは。疑り深い私やフェイルさんでも、あの人には邪心を感じませんから」

「勝手に僕を疑心暗鬼軍の仲間入りさせないで欲しいんだけど」

「でも、そうでしょう?」

「……」

 人となり。
 雰囲気。
 人間を評価する上で、そういったあやふやなものは極力重要視しないようにしている点において、フェイルとファルシオンは共通していた。
 
 その上で、アルマの持つ独特の純粋さ、そして管理人としての役割を全うし続けて来た彼女の歴史と信念は疑いようがない。

「あの時……スコールズ家の屋敷内でアルマさんが力を封印したままだったら、私達も殺されていたかもしれません。その可能性が極めて高いと思います。だからアルマさんは……」

 自らの存在意義を放棄してまで、あの場を収めた。
 そしてファルシオン達からデュランダルを遠ざける為、逃亡した。

 ならばアルマは今、『フェイル達を巻き込みたくない』と考えている。
 だとしたら――――

「多分、このメトロ・ノームの何処かに身を潜めていると思う。僕達から更に遠ざかる為に」

「ムリヤリここから連れ出されて、また戻って来てるのだとしたら……皮肉よね」

 スティレットがアルマを欲しているのは疑いようがない。
 そしてデュランダルもまた、アルマを『人間ではない』と言い放ち、身柄を確保しようとしていた。

 そんな勢力から居場所を奪われ、更には利用されようとしている。
 アルマの現在の心境、不安、恐怖は想像すら出来ないものだと、フェイルとフランベルジュの視線が落ちる。

「なんとしてもアルマさんと合流しましょう。その為にもまずは――――」 

 その中で、ファルシオンだけは上を向いていた。
 彼女のその姿に、フェイルも口元を引き締め、倣う。
 
「カラドボルグさんの要望通り、この夥しい数の柱を……破壊して回る。いいね?」

 そう確認を取りながら、フェイルは地図を開く。
 そこには、このメトロ・ノームの平面図と各柱の位置が記されており、幾つかの柱に×印が付けられていた。

「準備は出来ています。動かない相手なら、怪我は関係ありませんから」
「でも無理は禁物。キツくなったら直ぐに言う事。いい?」
「はい、フラン」

 その女性二人のやり取りに、フェイルは自分達の現在地をあらためて理解した。

 ――――終着点は目の前にある、と。






 

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