この場にいる誰よりも精神的に成熟したフランベルジュの姿は、
 当事者のファルシオンだけでなく、フェイルにも強い感銘を与えた。
 単にその成長に舌を巻くのではなく、これからの更なる成長、そして
 その先にある目映い未来をも予感させた。 
 そして、それは――――
「誇りを感じるね。君の言葉には」
 颯爽と現れたカラドボルグも例外ではない。
 これまではフェイル以外にほぼ見向きもしなかった勇者一行の二人に対し、
 強い眼差しを向け小さく頷いていた。
「誇りがあるのは自分の生き様を自分で決められた人間だ。そういう人間が
 一人でも多くこの国にいれば、まだエチェベリアって国家は生き続けられる」
「……壮大な話に飛躍していますけど、私はまだ納得していませんよ」
 そんなカラドボルグの視線を、ファルシオンは冷然とした面持ちで受け止める。
 その表情に、弱気の虫はもういない。
 フランベルジュの叱咤は、確実にファルシオンの心の奥に届いていた。
「医師が、治療を条件に交渉を行うなんて言語道断じゃないですか。
 まして私は、貴方に治療されたいと望んだ訳じゃありません。
 倫理的に許される事ではないです。フェイルさんとの交渉は無効です」
 正式な契約を交わしてはいない――――そう判断したファルシオンは、
 普段よりも強い口調でそう捲し立てた。
 倫理に訴えればねじ伏せられる、などとは露程も思っていない。
 だが、治療された本人が完全な拒否姿勢を示すのは、今後において重要だと踏んでいた。
 尤も――――
「さっきも言ったけど、僕は正しいと思ってるよ」
「フェイルさん!」
「カラドボルグさんに協力する。それは僕が決めた事だ」
「私の意思を無視しないで下さい! 私は貴方にこんな形で助けられたくはありません!」
 睨み合う両者。
 その様子を、フランベルジュは少し驚いた様子で、カラドボルグは何処か楽しげに
 それぞれの距離で眺めていた。
「ファル……変わるのはいいけど、変わりすぎじゃない?」
「貴女に言われる筋合いはありません」
 今にも噛みついて来そうな剣幕のファルシオンに、この街を訪れたばかりの頃の
 面影はない。
 その変化を、成長とは違うものの確かな情動を、フランベルジュは素直に喜んだ。
 人間として、女性として、ファルシオンは正しい道を歩んでいる。
 そう確信して。
「ま、納得するかどうかは別として……まずは俺の話を聞いてくれてもいいだろう?
 魔術士のお嬢さん。俺の患者になるかどうかはその後に決めて貰ってもいい」
「……随分と身勝手な言い分ですね。私を勝手に交渉の道具に使っておきながら」
「仮に交渉が決裂してようと、君は治すつもりでいた。医者だからな。患者を見捨てる選択肢はないさ」
 割って入ろうとしたフェイルに対し、カラドボルグは右手を軽く挙げ制する。
 納得させる自信は十分にある、という意思表示がそのまま表情に出ていた。
「そしてその後、俺は君に法外な治療代を請求しただろう。その治療費が払えなければ、
 フェイル君にこう持ちかける。『彼女の治療費と引き替えに君の力を借りたい』とね。
 当然、彼の性格上、断れないという計算の上で。どの道、フェイル君は
 俺に協力するしかなかったのさ」
 それは言うなれば宿命。
 フェイルもカラドボルグの言葉に異論はなく、沈黙のまま事の成り行きを見守っている。
 一方、フランベルジュは沈痛な面持ちで下唇を噛んでいた。
「って事は、私が原因? 私がフランをこの病院に連れて来なければ……」
「その仮定は無意味だとわかるだろう? 過去の君は俺がこうするつもりだったと
 知っていたとでも?」
「それは……」
「そう責任や原因ばかりを追及して悔いるのはよして欲しいね。恐らくフェイル君はなんとなく
 察してるだろうけど……俺に協力する事は、君達の目的達成に繋がるかもしれない。
 重なる部分が多い筈だ」
 三人の視線が、同時にカラドボルグに吸い寄せられる。
 いつも飄々としていた若き医師から、独特の空気が発せられたように感じた為だ。
 その空気は、言うなれば――――覚悟。
 強い意志が伴う覚悟を、三人同時に感じ取った。
「俺は『高稀なる死』を求めている。どれだけ医者が手を尽くしても、命の専門家が
 あらん限り知恵を絞っても、逃れられない死」
 その話は、フェイルも既に聞いている。
 医師が死を欲するのは、不可思議なようでいてその実ままある事とは言われていた。
 患者の死を見て嘆き悲しむ健全な医師ばかりではない。
 知的好奇心を生む者もいれば、興奮する者もいる。
 先程ファルシオンが言っていた倫理観を持ち出せば、まさに最低の人種ではあるが、
 そんな人間が一定数いたからこそ、医学が発展してきた事実も確かにある。
 綺麗事で命が救えれば、医師は苦労知らずだ。
「カラドボルグさん。貴方が欲しているのは、医師としての探求心から来る死への関心……
 じゃないですよね? あの死の雨の降り注いだ直後ですら、貴方は外にいた。
 探求心程度で、そこまでは出来ない」
「そうだね。俺の求める死は、そんな楽しいものじゃない」
 カラドボルグの顔が、静かに曇る。
 その顔に影が差すのを見たのは、フェイルにとって初めての事だった。
「逃れられない死。その宿命とも言える絶対的な終焉なら……」
 そんな、何処か切羽詰まったような顔で――――
「そこの彼のような人間を、この世の呪縛から解放出来るかもしれない」
 カラドボルグが指差したのは、横たわるリオグランテの身体。
 フェイルは目を疑った。
 いつの間にか、貫いた筈の矢が消えている。
 傷もほぼ塞がっていた。
「君達は、この姿を見てどう思う?」
 誰に対して問いかけたのか、明確な対象はいない。
 それ故に誰も答えなかったが、カラドボルグ自身、返答を目的とした
 問い掛けではなかった。
「一部の指定有害人種に見られる『不死の病』。既に脳も心臓も機能を
 停止しているのに、まるで本人であるかのように身体が動く。
 声さえ出す事もあると言う。僕はその姿を憐れだと思う」
 リオは憐れじゃない――――そう叫びたい衝動は、この場全員の共通認識だった。
 それでもそうしなかったのは、カラドボルグの『憐れ』という言葉が、
 やたら遠くに感じられたから。
「俺は、こういう者達を救いたい。医師として、彼等に死を提供したい」
 その距離が、果たしてどれほどなのか――――
「……俺の恋人にもな」
 カラドボルグの目は、多くを語らなかった。





 

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