――――同時刻。

「……ようやく、この時が来たネ。随分と待たされたヨ」
「本当に。これでやっとこの地に安寧がもたらされるのですね」
 メトロ・ノームには今、管理人の存在がない。
 アルマ=ローランはその生涯において初めて、この空間を離れ
 地上に"連れ出された"。
 この重要性を理解している者は、実のところ殆どいない。
 何故、アルマがメトロ・ノームの管理人として機能しているのか。
 どうして、彼女にそれを可能とする途方もない魔力が内在するのか。
 この二つを知っていて、初めて辿り着く真実がある。
 そして、数多の柱が煌々と光を放つメトロ・ノームを悦楽の貌で
 眺めているスティレット=キュピリエこそが、その真実に触れた
 数少ない一人だった。
「そうねェ♪ 二人とも、本当に良く働いてくれました。情報の専門家、
 香水……いえ、"花"の専門家。貴方達がいなかったら、
 ここまでこれなかったでしょうね♪」
 心が何処にあるのか悟らせない、軽い軽い言葉。 
 しかし、その言葉を受け取ったデル=グランラインとマロウ=フローライトは
 それぞれ両極端な表情で受け止めていた。
「永陽苔がこれだけ育てば、光源の心配は要らないでしょ♪
 地下とはいっても、体裁はしっかり整えておかないと
 方々からの納得は得られないもの」
「また、お決まりの意味深な言葉かイ?」
 不意に、デルの言葉に棘が混じる。
 その棘は決して人を傷付けるような鋭さを有してはいなかったが――――
「な……スティレット様になんて口の利き方を!」
 流通の皇女を敬愛するマロウにとっては、度し難いものだった。
 しかしその怒気は、スティレットが右手を軽く挙げただけで
 たちまち消失する。
「ご不満があるのなら、この機会に聞いておくけど?」
「なら言わせて貰うヨ。そろそろ小出しに情報をくれるような真似は止めて、
 真相を語って欲しいんダ。無論、話せる範囲で構わないし、長話が嫌いなら
 掻い摘んでくれても結構。仕事仲間だろウ? それくらいは要求させてヨ」
「仕事仲間だなんて。私が本当にそう思っているかどうか、わかっているんじゃない?」
「当然。貴女は決してそうは思っていない。だから言ったんだヨ」
 睨み合う訳でもなく、互いに向かい合うその姿は、とても仲間という言葉では
 括れない雰囲気を醸し出している。
 が――――
「元傭兵が、随分と口が上手くなったじゃないの♪」
「貴女が教えてくれたんだヨ。この街の情報を牛耳るなら、武力と口を両立させろってネ。
 そうすれば自然に人脈や評価は付いてくるって」
 現実は、絆よりも強い絡みつきで二人は繋がっていた。
「お陰で、広い視野で物事を捉えられるようにはなったヨ。だからこそ、
 貴女が今している事に強い関心が生まれるんだ」
「聞きたい事は、なァに?」 
 スティレットが今ご機嫌なのは、長い付き合いの中で理解している――――
 そんな勝算もあって、デルは思い切り踏み込む事にした。
「ここを支配する為に、陽動を駆使してアルマ=ローランを外に出した。
 "出資者"の要望で彼女を殺害する事は許されないから、それが最善策だった。
 ここまでは理解してるんだヨ。でも、そこからがわからない」
 その出資者が誰かを聞くのは、決して許されない。
 故にデルは、違う方向の核心を持ち出した。
「このメトロ・ノームの価値が、ボクにはよくわからないんだよネ」
 曖昧だが、確実に現在ヴァレロンで起こっている全てに繋がる疑問だった。
 情報屋、それも諜報ギルドの実質的な代表であるデルでも、
 勇者計画と花葬計画の全容は把握出来ていない。
 "全容と思われるもの"はとうの昔に地力で掴んではいるが、
 肝心の『首謀者の目的』が読めていない。
 スティレットは、メトロ=ノームを欲している。
 支配しようとしている。
 そして、違う何かに変えようとしている。
 永陽苔を活性化させようとしたり、土賊を使ってシナウトの残党を
 誘き出そうとしたり、様々な角度から"改装"を試みていた。
 今も、トライデントとアロンソを水面下で動かしている。
 王宮から派遣された"助っ人"である二人を。
「わからない? これだけの規模の地下空間。それだけで世界的な価値があるでしょう?」
「遺産としてならネ。実際、年季の入り具合を考えたらその範疇だよネ、ここ」
 かつては『地下都市』として構想され、酒場や施療院など幾つかの施設が作られるなど、
 ヴァレロンにおける歴史の一頁としての側面は十分にある。
 申請すれば世界遺産にさえ登録されるほど、資料価値は高い。
「でも、だからこそ疑問なんだヨ。幾ら水面下とはいえ、大規模な工事が行われていた
 この場所は、それなりに関与する人間が多くいたとも言えるよネ。まして、その後は
 多国籍軍による禁忌の実験がタップリと行われているし、関わる人数は更に増えている。
 そんな場所に、国家機密を隠すかナ?」
 スティレットに制されて以降、ずっと沈黙を守っていたマロウも、その
 デルの指摘には思わず目を見開いた。
「ここに国家機密が隠されているなんて、誰が言ったのかしら?」
「みんな知ってる事だヨ。ボクくらいの情報網を持っている各国の情報屋は」
 そのデルの言葉は、他国の関与を疑っている証だった。
 隠す必要はない。
 情報を得る時の姿勢を学ばせてくれたのは、他ならぬ眼前の女性なのだから。
「……全ての発端はガーナッツ戦争。あの早漏戦争よン」
 ルンメニゲ大陸の中央よりやや東部に位置する二国――――
 魔術国家デ・ラ・ペーニャおよびエチェベリア。
 この国々を語る上でどうしても外せない出来事がある。
 12年前に両国間にて勃発した、ガーナッツ戦争だ。
「結果は、エチェベリアが十日足らずの短期間で圧勝。それによって国王は国民から
 絶大な支持を獲得する。そういう筋書きだったのよねン」
「だから銀朱に特攻させて、最短で終わらせたのか。凄い事だネ」
「こんなの、貴方くらいの情報網を持っていれば勝手に入ってくるでしょう?」
 そう返され、デルは思わず口の端を吊り上げる。
 先程のデルの言葉をそのまま返したスティレットの反応は意趣返しではなく、
 機嫌の良さの現れだったからだ。
「でも、これはわかってないヨ。どうしてあの戦争で勝利した我が国は、
 敗戦国の魔術国家を占領しなかったのか? 表向きには『侵略の為の戦争ではなく
 国民を守る為の戦いだった』って訴えてたらしいケド」
「一日も早く終わらせる事で、犠牲を最小限に抑えたかった……だったかしら?
 国王サマ、コメディのセンスだけは一級品ねン♪」
 無論――――国民の支持を得るために戦争をする国王などいない。
 まして、国民のご機嫌をとる為に戦略を立てるなど、ある筈がない。
 占領しなかった理由は他にあると、誰もがわかっていた。
 わかってはいたが、真相は国家機密――――
「もう一度聞くけどン。ここに国家機密が隠されているなんて、誰が言ったのかしら?」
「……」
 饒舌だったデルが、急に黙り込む。
 真相の片鱗に触れた事を自覚したからだった。

「隠されているんじゃないの。最初から、ここにあっただけ」

 メトロ・ノーム。
 地上の全ての権力を放棄する、我が物顔の空閑地。


「あたしはここに、"墓標"を建てるのよン♪ とびきり大きくて、沢山のお金とお宝がお供え物になる……ね」


 その空間には――――何もかもを塗り潰すほど底知れない冥府が眠っている。

 


 アルマ=ローランの名の下に。

 

 

 


"αμαρτια"

#10

the end.




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