クラウ=ソラスが操縦する馬車の速度は、街中を移動する際の辻馬車よりも
 遥かに速く、ヴァレロン新市街地の街並を置き去りにしていく。
 余り猶予がないと悟りながら――――
「トリシュが橋渡し役にでもなっていたっていうの?」
 回り道であろうと、フランベルジュはそう聞かずにはいられなかった。
「諜報ギルドと傭兵ギルドの癒着は、割とよくある話なのですよ。
 傭兵ギルドは治安維持にも一役買っているので、官憲もある程度までは
 見て見ぬフリをするものです。とはいえ、堂々と行えば彼等も取り締まらざるを
 得ない故、移籍という形で諜報ギルドの役員を招くのが自然な落とし所だった……
 のですがね。残念ながら、彼女は壊れていましたな」
 トリシュの状態を、諜報ギルド【ウエスト】のギルド員が把握していない筈がない。
 壊れているとわかった上で、敢えてトリシュを派遣したという事になる。
「ま、壊れ者同士仲良くしろ、といったところですかな」
「同士……」
「斯く言う私もまた、壊れていましてね」
 クラウ=ソラスは指定有害人種だった――――その事実も、フランベルジュは
 ファルシオンから聞いていた。
 フェイルがその事実を指摘した時の事を、彼女は何処か誇らしげに語っていたのを
 思い出し、思わず本人の頭をそっと撫でる。
 息も絶え絶えで、目を瞑ったまま苦悶の表情を浮かべるその姿は痛々しく、
 フランベルジュの心に一つ傷を付ける。
 もしここにフェイルがいれば――――
「……あ」
 そこでふと、思い出す。
 自分も以前使用した、新薬【ナタル】の存在を。
 所詮は鎮痛薬なので、根本的な治療にはならないが、病院へ着くまでの苦痛を
 和らげる事は出来るかもしれない。
「ファル、痛かったらゴメンね」
 例え聞こえていなくともそう断りを入れ、矢が刺さったままの傷に【ナタル】を
 塗布してみる。
 クラウ=ソラスの指摘が正しければ、矢に塗られている毒は麻痺系の効果があると
 考えられ、その毒がファルシオンの意識障害の原因と考えられる。
 もし運良く毒を中和できれば、目を覚ます可能性もあるが――――
「……」
 そのフランベルジュの期待とは裏腹に、薬を塗ってもファルシオンの意識は戻らなかった。
 しかし表情は幾分か穏やかになり、鎮痛の効果は十分に認められた。
「そういう訳で、トリシュは橋渡し役ではなく『人質』として、私達のギルドに
 所属していたのです」
「……人質? 何か契約に反する行為があれば命の保証はない、みたいな?」
「その通りですな。私達のギルドからも、ウエストに一人派遣しております。
 人質はある程度の立場にある人間でなければ意味がありません故、
 お互いに相応の人物を用意しました。向こうは支隊長、こちらは隊長。
 こちらの派遣した男は、向こうのギルドでは『デル』と名乗っていたようです」
「え……?」
 デル。
 デル=グランライン。
 そういう名の人物は、確かにいた。
 支隊長代理として何度か遭遇し、何よりウエストの建物内に乗り込んだ際、
 アルマを匿っていた姿が記憶に新しい。
 あの時に遭遇したデルは、明らかに武闘派の雰囲気をまとっていた。
「まさか、ギルドを預かる立場の人間が傭兵だったなんてね……」
「元々、情報操作に長けているところもありました故、順当に出世を
 重ねたのでしょう。ギルドにいた頃は、私の首を狙っていたようでしたし」
「……それが面倒で諜報ギルドに飛ばしたの?」
「さて。怖くて、とも言えましょうが」
 クラウ=ソラスは真面目な声でそう言い放っていたが、彼が部下に恐怖を
 抱くような人物でない事は、フランベルジュにもわかっていた。
「トリシュが私達【ウォレス】の一員になったのはそういった事情ですが、
 彼女は壊れながらも剣士として優れた才能を発揮してくれました。
 特に、貴公と出会ってからは目に見えてやる気に満ち溢れていたと
 聞いています」
 ――――そこでようやく、フランベルジュは理解した。
 何故、クラウ=ソラスがトリシュの話をし始めたのか。
 自分達を助けようとしてくれているのか。
「同じ"壊れ者"として、どうしても感情移入してしまいましてな。
 ギルドの長としては、依怙贔屓は御法度なのですが。
 故に貴公には感謝しているのですよ」
 なんの事はない。
 目を掛けている部下と親しくしているから。
 そんな、当たり前過ぎる理由だった。
「……トリシュは」
 話すべきではない。
 これ以上話せば、もうその話だけで移動中の会話は終わってしまう。
 有益な情報は得られない。
「トリシュは、さっき……息を引き取った。自分の家で」
 頭ではわかっているのに、フランベルジュは感情を抑えきれなかった。
「……そうでしたか」
 クラウ=ソラスがその事実を把握していたかどうかは、
 フランベルジュにはわからない。
 彼がもしファルシオンの言っていた『監視役』に含まれていたとしたら、
 スコールズ家での出来事さえ目撃していたかもしれない。
 彼ほど気配の制御が完璧に行えるならば、十分可能だ。
 しかしフランベルジュは、例えそうだとしても、話さずにはいられなかった。
「ならば最期は、娘に看取られたのでしょう」
「……その辺の事情は知ってるのね」
「元々、スコールズ家と我々ウォレスは懇意にしていたので。
 トリシュが派遣された理由の一つでもあるのでしょう。
 そうですか……安らかに逝けたのなら、少々羨ましくもありますな」
 馬車は依然として最高速のまま突き進んでおり、もう直ぐ
 ヴァレロン・サントラル医院の門が見える場所まで来ていた。
 残り、あと僅か――――
「私の場合は、そうは行かないでしょうな。駆除の対象として
 目を付けられていたようですし」
「……駆除?」
「勇者計画、花葬計画などと華々しく銘打たれていますが、要は汚物処理なのですよ。
 国家ぐるみの」
 まるでその地点に合わせているかのように、クラウ=ソラスは話の内容を一変させた。
「連中の目的は複数在るようですが、共通しているのは国家機密の『隠蔽』と『独占』。
 そして、その為の必須条件は……」
 フランベルジュは必死になって、その話に耳をそばだてていた。
「アルマ=ローランをメトロ・ノームから出す事」
 馬の足音が、止まった。






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