「ファル! 大丈夫!? ファル返事して!」
 混乱の極地にあるフランベルジュの叫び声に対する応答は――――ない。
 その事が何を意味するのか、フランベルジュ自身十分に理解していた。
 矢が脇腹に刺さったからといって、瞬時に気絶するような事態は通常、起こり得ない。
 激痛や出血過多に起因する失神ならば、少しずつ弱っていくのが常だ。
 しかし明らかにファルシオンは完全に意識を喪失している。
 矢に毒が塗られていた可能性が高い。
 もしそうなら、気絶どころの話ではない。
 即死も十分あり得る状況。
 本来なら一刻も早くファルシオンに駆け寄り、傷の具合を確かめなければならないのだが、
 もしそれをすれば全滅の危機に瀕するかもしれないという危機感が、その歩みを堰き止めていた。
 フランベルジュは未だ、クラウ=ソラスの姿と位置を掴めずにいる。
 掴めていないのはそれだけではない。
 傭兵ギルド【ウォレス】の代表取締役として、幾度かの接触を図ってきた彼が
 メトロ・ノームにてフェイル、ファルシオン、ヴァールの3人と戦った事は
 ファルシオンから聞いている。
 本来なら明確な敵と認定すべきだが、敗北後は紳士的だったという話も
 聞かされており、今のクラウ=ソラスが自分達に害をなす存在か否かがはっきりしない。
 少なくとも、先程の言動から彼が矢を放った人物ではないとまでは言えるが、
 それ以上の判断材料をフランベルジュは持ち合わせていなかった。
 仮に敵のままなら、迂闊に戦闘態勢を崩す訳にはいかない。
 彼の得物であるフィナアセシーノで、一瞬にして首を撥ねられてしまいかねない。
「ファル! お願い! 返事をして……!」
 よって、ファルシオンの安否を声でしか確認出来ないのが現状。
 フランベルジュは完全に追い詰められていた。
「私の見解が正しければ、恐らく命に関わるような毒は使われていないかと」
 そんな切羽詰まった女性剣士の眼前に突然、クラウ=ソラスが"現れる"。
 高速移動なのか、何か特殊な術でも使用しているのか――――
 いずれにせよ、それを気にする余裕など今のフランベルジュにはなかった。
「さ、さっきは『勇者一行の残党は矢を射られて死亡』とか言ってたじゃない」
「ほう。 茫然自失となっているかと思ったのですが、意外としっかり私の話を
 聞いていたのですな」
 感心されたところで、焦燥は消えない。 
 今のフランベルジュに必要なのは、その"根拠"だった。
「強い毒を使わず、直接トドメを刺すつもりだったのでしょう。複数による犯行かも
 しれませんな。しかし私がここにいると悟り、目的よりも保身を優先し
 逃げ出したようです」
「誰が……? 誰がやったの?」
「さて。弓を操る人物となると、ある程度限られているやもしれませぬが」
 弓矢と聞いて、真っ先にフランベルジュが思い浮かべる人物は――――
 フェイル=ノート。
 当然候補には含まれない。
 次に浮かんだのは、そのフェイルとメトロ・ノームで一戦交えた
 ロギ=クーンという人物。
 フランベルジュは彼の矢に射られて負傷した事もあり、因縁浅からぬ相手だったが、
 彼は既にこの世にはいない。
 他にも弓使いがいた記憶はあるが、その名前と姿は思い出せなかった。
「って、そんな事より! 血を……」
「とっくに止血済みですな」
「……え?」
 最早クラウ=ソラスを警戒する必要性は薄くなった為、フランベルジュが慌てて
 ファルシオンに駆け寄ってみたところ――――矢は刺さったままだが、
 血は確かに止まっていた。
「一応、それなりの立場にある身故、強力な止血剤を所持しているのですよ。
 主に切り伏せた相手に使う為のものですが。交渉を有利に進められますので」
「……私達には何を望むの? そもそも、貴方は私達の敵じゃなかった?」
「貴公らには一度敗れた身。それでなくとも、最早敵対する意味などありませぬ故。
 敢えて一つ提案するとしたら……近くに辻馬車の詰め所があります故、それを使って
 負傷者を病院に運ぶ。如何ですか? これでも一応、乗馬の嗜みは少々」
 不気味なほどの、至れり尽くせり。
 だが迷っている暇などある筈もない。
 幾ら止血していようと、またクラウ=ソラスが命の保証をしようと、
 現実として矢はフランベルジュの脇腹に今も刺さっている。
 貫通こそしていないが、かなり深い所まで食い込んでいるのは確実だ。
「……お願い。この子を助けてあげて」
 フランベルジュはあらゆる懸念を振り払い、素直に頷いた。

 

 死の雨の影響か、詰め所に人の気配はなく、馬車を手に入れるのは容易だった。
 尤も、あったところで傭兵ギルドの長が声を一つかければ二つ返事で貸し出しただろうが――――
「幾つか、質問しても構わない?」
 屋根付きの客室にファルシオンを寝かせ、大量の毛布を着せた後、フランベルジュは御者台で
 馬を操るクラウ=ソラスに幾分か落ち着いた声で問いかけた。
「ここからヴァレロン・サントラル医院まではそれほど掛かりません故、
 吟味する事をおすすめします」
 つまり、そう幾つもは答えないという意思表明。
 フランベルジュは瞬時に質問の優先順位を決めなければならなくなり、思わず頭を抱えた。
 こうして考えるのが自分ではなく、ファルシオンだったら――――
「なんで庇っちゃうのよ……魔術士らしく結界を綴れば、例え間に合わなくても良かったのに。
 そこで寝てるのが私で、あれこれ考えるのが貴女。その方がずっとマシでしょう?
 このお人好し……」
 そう力なく呟きながら、ファルシオンに庇われるまで攻撃された事を全く察知出来ずにいた自分の
 未熟さと無力さを呪い、察知を許さなかった敵の実力に歯軋りする。
 直ぐにでも、その攻撃してきた人物の心当たりを聞きたくて仕方なかったが――――
「この子の命に別状がないって思う根拠を聞かせて」
 最優先すべきは、やはり仲間の安否だった。
「それを話す前に、一つ約束して欲しい事がありますな」
「それが例の交渉?」
「約束以上の意味はありませぬ。私にはその魔術士を攻撃した人物に心当たりがあるのですが、
 立場上、その名前を挙げる訳にはいきませぬ。聞かないで貰えるとありがたいのですが」
 奇しくも、先程フランベルジュが封印した質問そのものだった。
 となれば、断る理由もない。
「先に、どうしてそこまで遜るのかを聞きたいくらいだけど……了解。私は絶対に
 犯人を貴方に聞かない。これでいい?」
「御理解頂き感謝致します。まずは、根拠でしたな。根拠は最初に話した事と関連します。
 犯人が私の知る人物であるならば、その男は立場上、フェイル=ノートの犯行に見せかけようとした
 可能性が高い。私の説明中に逃げ出したのも、図星だったからと推察するに十分ですな」
 暗に『逃がす為にあの場で説明を口にした』と言っているようにも聞こえたが、
 フランベルジュの関心はそこにはなかった。
「であるならば、強力な毒を用いた可能性は低い。フェイル=ノートは麻痺系の毒は使用しますが、
 生命を脅かすほどの強い毒はその限りではない故」
「そういえば……ってなんで貴方がフェイルの使う毒なんて知ってるのよ」
「ビューグラス=シュロスベリーの片腕として、一時動いていた時期がありました故に。
 あの薬草士の権威が危険人物である事は、ギルドとして把握しておりましたので。
 この街の情報を得る為の人脈に恵まれておりましてね」
 まるで何かを見透かすように――――

「諜報ギルド【ウエスト】の元支隊長、トリシュ=ラブラドールが所属している故」

 ――――そう告げた。






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