「国家権力を凌駕……ね。そこまで来るともう、訳わかんないっていうか
 想像するのも無理って感じだけど」
 そうフランベルジュが愚痴るのも当然の事。
 口で言うのは簡単だが、国家権力を超越する力となると、最早それは
 個人がどうにか出来る次元の話ではない。
 ファルシオンの発言は即ち、万策尽きたと言っているようなものだった。
「その方の言われた事は、大げさな話ではありませんわ。今やスティレット様は
 複数の国を後ろ盾とした、比肩する者さえない存在。あの方がいなくなれば
 経済界の損失は計り知れないというところまで来ています」
「だからこそ、すり寄る相手は次々と増えるのね」
「……ええ」
 フランベルジュの言葉には、明確な棘があった。
 そして次の彼女の言葉は、その棘の形を露骨に示すものだった。
「貴女は、リオの事をどう思っていたの? 言えない事も多いのでしょうけれど
 それだけは聞かせて」
 この場において、またこの状況下にあって、フランベルジュの質問は
 決して合理性の伴う内容ではなかった。
 他に聞くべき事は幾らでもある。
 特に、スティレットや花葬計画に関する情報は幾つあってもいい。
 それでもファルシオンは、話を止める事なく耳を傾けていた。
 勇者の――――足音に。
「……申し訳ありません。何も、思っておりませんでした」
 しかしそこには、せめてもの餞さえ存在せず。
 それでも正直に打ち明けたリッツを責める気にはなれず、
 フランベルジュは沈痛の面持ちで俯いた。
「これを言えばお怒りになられるかもしれませんが……同情はしていましたわ。
 わたくしに近い境遇でありながら、わたくし以上に不幸な星の下に生まれてしまった、
 可哀想な人だと」
「それは、確かに聞きたくなかったかも、ね」
「申し訳ありません。けれども事実なのです。わたくしも父に見放され、衰退した
 貴族の再建を押しつけられた不幸な身ですが……彼は人としての様々な機能を
 失った今も尚、この地を彷徨い続けていると聞きます。お気の毒です」
「……ちょっと待ってください。今のは一体、どういう意味ですか?」
 リッツに悪気があるのか、それとも令嬢ならではの世間知らずな生き方に起因する
 配慮のなさなのか――――そんな意味の薄い思案が吹き飛ぶ衝撃に、
 ファルシオンは思わず声を荒げた。
 この地を彷徨い続けているのが、比喩的な表現ではないとすれば――――
「リオグランテと呼ばれていた彼の魂は、まだ天に召されていませんの。
 身体も未だ、この現世に存在し、動き続けています」
「……?」
 この令嬢は一体何を言っているのか――――
 普段は相手の二手三手先を読むファルシオンでさえ、半ば思考停止状態に陥っていた。
「死を剥奪されたのは彼だけではありません。"彷徨えし憐れな成れの果て"を生み出した
 大規模実験は、国内の至る所で行われたと聞いています」
「ちょ、ちょっと待って! 話がいきなり飛んで訳わかんないんだけど……」
 フランベルジュが狼狽えるのも、無理のない話。
 スティレットと花葬計画の情報を得ようとしていたにも拘わらず、
 突いて飛び出して来たのは、彼女達にとって最大の損失であり、
 今も尚割り切れずにいる犠牲――――リオグランテの生存の可能性だった。
「予め言っておきますわ。希望は一切持たないで下さいませ。
 動き続けていると言っても、生きている訳ではありませんの。
 "そういう生物兵器にされてしまった"というだけなのですわ」
「生物兵器に……された?」
「彼の体内に取り込まれた生物兵器が、身体を蝕み、人体に備わった再生能力を
 暴走させている……スティレット様はそう言っていましたわ。
 わたくしには、そういった強い反応はなかったそうですが、生物兵器を摂取した人の
 中には、そういう不幸なケースもあるようです」
「不幸って……再生能力が高まるだけじゃないの?」
「正気を失います。それは不可逆で、医学的にも生物学的にも、元の人格に
 戻る事は絶対にないそうですわ」
「トリシュと同じようになるって事?」
「お母様は壊れてはいましたが、正気は保っていました。残念ながら……
 壊れ具合で言えば、お母様の比ではないのではないかと」
 リッツの言葉は、その全てが無情だった。
 正気を失くす。
 人としての様々な機能を失う。
 その姿が一体どのようなものなのか、矢継ぎ早の質問を止めたフランベルジュは
 想像してみたものの、全くその実像が浮かんで来なかった。
「スティレット様は、彼のような存在を生み出すのは、花葬計画の副作用だとも
 言っていましたわ」
 つまり、主目的ではないという事。
 なら今はそれについての深慮は意味を成さない。
「どのような状態であっても、リオがまだこの世に留まっているのなら、
 私達は見つけなければなりません。最優先事項です」
 ファルシオンの決断は早かった。
 それは――――
「……でも、リオならこう言うでしょう。『ボクは後回しでいいから、アルマさんを優先して』と」
「言うでしょうね。あの子なら。そういう子だから、放っておけなかったのよね」
 勇者一行にとって余りに悲しく、しかし迷う事なき決断だった。
「まずはアルマさんを探しましょう。必然的にあの女性の足取りを追う事になりますが……
 上手く逃げ果せていればいいんですが」
「あの女性……ああ、ヴァールの事ね。でも上手く逃げ切ってたとしても、その後何処に行くと思う?
 アルマを手土産にスティレットの所に戻る可能性だって十分あるでしょう?」
 寧ろ、ヴァールの立場を考えればそれが最もあり得る逃亡先だ。
 一時的に行動を共にしていたとはいえ、彼女はあくまでもスティレットの右腕。
 そのスティレットがアルマを欲しているのなら、届けない理由はない。
「いえ。あの女性は恐らく雇い主の下へは戻らないでしょう。フェイルさんとの合流を試みると思います」
「……どうして?」
「あの女性が、フェイルさんを気に入っているからですよ」
 まるで吐き捨てるように、ファルシオンはそう断言した。
 それは余りに異様な、そして新鮮な光景にフランベルジュには映った。
「それ、本当? 根拠は?」
「私にはわかりますから」
 ファルシオンとは思えないような、非合理的な言動。
 余り他人の機微に敏感ではないフランベルジュでも、察するに余りある態度だった。
「……あ、そ。へー」
「なんですか?」
「いえいえ。わかった、この件は全てファルに任せる。なら私達は、フェイルが行ってそうな場所に
 向かえばいいのね」
「はい。そうしましょう」
 言葉少なに、しかし妙に気合いを込め、ファルシオンは一足先に玄関へ向かう。
 その様子を、フランベルジュと並ぶリッツが微かに微笑みながら眺めていた。
「こんな出会いでなければ、わたくし達はもっと楽しいお話が出来たでしょうか」
「私は兎も角、あの子だったらあり得たかもね」
「その可能性を惜しみます」
 そう呟いたところで、リッツは身体をフランベルジュの方に向け、口元を引き締めた。
「お母様……母と仲良くして下さり、母を看取って下さり、ありがとうございました。
 フランベルジュ=ルーメイア様」
 深々と頭を下げるその姿は、諦観も多分に含みつつ、貴族の誇り、娘としての誇りを感じさせた。







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