「近頃の若者は覇気がないと言われがちだが……実際には少し違う印象を某は持っている。
 彼等は表現の仕方が某達の世代とは違うだけだ、とな。感情をそのままぶつけるのではなく、
 心の強さ、或いは弱さをもって吟味し、咀嚼し、表に出している。
 しかしその源泉は、某達とそう変わるものではない。熱いものを秘めている」
 そう話すガラディーンの眼差しはフェイルに向けられていたが、見えている顔は
 必ずしもフェイルだけではない。
 もしかしたら、息子の――――ハルの顔が見えているのではないか。
 そう思った時、フェイルの中に一つ新たな氷解が生まれた。
「明らかに某達の世代よりも賢しい。心強い事よ」
「……そうでもないよ」
 妙に下の世代を持ち上げるガラディーンに、違和感がない訳ではなかった。
 ただ、その違和感の正体が闇ではなく光だと、フェイルは確信していた。
「僕が冷静になれた理由は二つ。一つは頼りになる仲間がいるから。もう一つは……
 更に頼りになる人生の先輩がここにいたから」
 その先輩が誰を指すのかは、この場にいる全員が瞬時に理解した。
 フェイルの隣にずっと寄り添うように立っていたその男は、表情一つ変えずに
 フェイルの言葉の続きを待っている。
 リジルも、カラドボルグも、そしてビューグラスも、沈黙をもってその御仁に敬意を示した。
「正直、崩されかけてたよ。頭に血が上ったまま、最悪の選択をしていたかもしれない」
 ビューグラスの述懐とリジルの控えめな挑発によって、フェイルの心は大きく揺さぶられ、
 乱れていた。
 もしあの状態の中で、例えば『アニスの中の生物兵器を除去する方法を
 スティレットが知っている。
 彼女を捕らえる為に全ての情報を提供してくれれば、アニスを助けられる』と
 持ちかけられていたら――――かなりの確率で言う事を聞いていただろう。
 だがそれは、無差別殺人を前段作戦に盛り込んだ花葬計画という最悪の計画に荷担する行為。
 しかもアニスが通常の人間に戻る、戻そうと試みる事の保証など全くない、悪魔の囁き。
 安易なスティレットの情報提供は、ヴァールを危険に晒し、彼女と行動を共にしている
 ファルシオンやフランベルジュ、そしてアルマの身をも危機的状況に陥らせる可能性があった。
「何より怖かったのは……ガラディーンさんがここにいるという事実。貴方が花葬計画の実行者の一人
 だったとしたら、僕には為す術がなかった。何をしても最終的には力でねじ伏せられてしまうから。
 でも、そうじゃないという確信に近いものがあった」
「でなければ、丸腰になったさっきのフェイク攻撃は成立しませんね。あれがガラディーンさんを
 心底信頼している証明に他なりません」
 沈黙を破ったリジルの言葉には、何故そこまで信頼出来るのかという疑念も含まれている。
 剣聖だから?
 王宮で世話になったから?
 ――――否。
 それだけの理由で人を信じるような人間が、ビューグラスの『魔の述懐』を越えられる筈がない。
「……何故、そこまで某を?」
 当の本人に聞かれては、答えるしかない。
 フェイルは床に散らばった矢を眺めながら、少し前に話した内容を思い返していた。
「貴方がハルの剣と自分の剣を交換したから」
 その話とは、ハルとの会話。
 ガラディーンの偽りの悪評が密かに広められ、剣聖としての求心力を削がれている事。
 それが王族の仕業で、結果ガラディーンは王族と敵対する事にした――――そうハルが睨んでいた事。
 そして、ハルを酔わせ彼の所持する魔崩剣専用の剣を奪った事。
 これらだけを総合すれば、ガラディーンがエチェベリアという国家に復讐する為に
 リジル等と手を組んでいるような印象を受ける。
 しかし、それは絶対に違うとフェイルは結論付けた。
「僕は当初、貴方が魔崩剣を欲しているかと推察した。でもここで花葬計画の首謀者と手を組んでいると
 知って、他者の魔崩剣の使用を封じ込める為かとも思ったんだ。前者なら魔崩剣用の剣が
 一つあればいい。でも、後者なら……ハルの所持する『全ての剣』を奪わなくちゃならない」
 ハルは、魔崩剣専門の剣を最低"二本"所持していた。
 愛用の剣と、予備の短剣。
 その内の愛用の剣は、現在行方不明になっているとハルは言っていた。
 なら普通に考えれば、ガラディーンが自身の剣と引き替えに手にしたのはハルの『予備の短剣』の方。
 しかし、それのみであるならば、他者の魔崩剣の使用を封じるという目的を果たせたとは言えない。
「ハルが、愛用の剣を失くしたと"偽っている"可能性が高いから」
 フェイルは魔崩剣という技術自体を、ハルから教えられるまで知らなかった。
 アルマも聞いた事がないと言っていた。
 少なくとも、巷に普及しているような一般性の高い技術ではない。
 そして魔崩剣は、メトロ・ノームを封鎖していた術を解除するという、
 各計画を進めている勢力、特にメトロ・ノームに施された封印を解除したい勢力にとって
 到底無視出来ない性質を有している。
 ならば――――
「もしハルが、普段から使用していた愛用の剣をそのまま装備していたら、かなりの確率で
 何処かの勢力から狙われていたと思うんだ。一般に広まっていない技術の方が
 警戒リストに加わりやすいしね。だから……」
 隠した。
 問題は、隠したのが誰であるかという点。
 ハル自身が保身の為に?
 その可能性はある。
 既に各組織が魔崩剣について調査しているのなら、剣の外見・形状は知られてしまっている。
 なら危険を考慮し、自ら隠すのは自然な行為だ。
 けれど、それならもっと確実に安全を確保出来る方法がある。
 ラディアンスのように、そっと街を出て行けば良い。
 ギルドの柵も、今のハルにはないのだから。
 それをせず、今もこのヴァレロンに留まっているという事は、自らが剣を隠し『失くした』と
 偽った可能性は相対的に低いと言える。
 そして同時に、剣を失くした事そのものは真実である可能性が高い。
 ハルは魔崩剣に強い拘りを持っていた。
 なら失った愛剣を再び手にする為にも、この地に留まるしかないだろう。
 けれど、ハルは率先して剣を探そうとはしていなかった。
 それは何故か――――
「貴方は二度、ハルの剣を取り上げた。最初は愛用の剣、次は予備の剣。二度目を交換という形に
 したのは……ガラディーンさん、貴方が剣を取り上げたのだとハルにちゃんと知らせる為だったんじゃ?
 今、この街で魔崩剣を使う事がどれだけ危険なのかをわからせる為に」
 ハルを危険から遠ざける為に。
 ハルがそれを承知でこの街に留まっているのをわかっているから、強硬手段に出た。
 フェイルの推察に対するガラディーンの返答は、一言のみだった。
「某も、ビューグラス殿と同罪なのだよ」


 

 

「――――母は長らく、苦しみのない世界で苦しみ続けていたのです」
 声を、そして瞳の中の光を失ったトリシュの瞼を、リッツは優しく閉じる。
 人の領域を越えた若さの肉体は、つい先刻、その役目を終えていた。
「元々は聡明な人物だった、と聞いています。それだけに、自分が壊れていくのを
 日々実感する恐怖は人一倍だったのでしょう。だから……壊れた後もまた、
『自分を元に戻そうとする自分』の記憶が残滓となって残り続けた。
 昔の自分と現在の自分が入り交じって、その歪さに苦しんでいたのだと思います。
 もし、母が皆さんにご迷惑を掛けていたのなら、どうか許して下さい」
 そこには、お嬢様の皮を被ったリッツはもういない。
 無理に気を張って、毒突いていた彼女もいない。
 ただありのままの姿で、諦観と解放感に身を委ねている。
「確かに、色々振り回されはしたけれど」
 リッツの隣でトリシュの手を取りながら、フランベルジュが呟くように答える。
「……でも、そんな歪で掴み所がなくて、何処か憎めないこの人が……」
 目を閉じ、表情を失ったトリシュの亡骸に、歪だった頃の面影はない。
 令嬢の母親だというのなら、彼女にもまた、優美な人生を送る別の未来もあったのだろう。
 それでも――――
「私は、好きだった」
 フランベルジュは現在の、歪なままのトリシュとの別れを惜しみ、人目も憚らず涙した。







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