「世界各国の抑止力合戦……」
 急速に話の規模が拡大していく状況に、フェイルは強い焦燥を抱いていた。
 今、この場にいる自分を除く四人。
 そして、この集団から距離を置いたというスティレット=キュピリエ。

 彼等は一体、どれだけの力を有しているのか。
 その勢力はどれほど広大なのか。

 少なくとも、単なる一犯罪組織とは訳が違う。
 エチェベリアという国を武で支え続けて来た剣聖さえも、単なる一員として収まっているくらいだ。
 何より、表面化されていない世界情勢に余りにも明るい。
 魔術の件にしろ、生物兵器の件にしろ、ガラディーンの持つ情報網だけでは到底
 知る事の出来ない、極めて機密度の高い情報だ。
「自分が今、どういう所に足を踏み入れたのか、しっかりと理解している顔ですね」
 そんなフェイルの思考を見透かすように、リジルは笑みを保持したまま
 緩慢に二つ頷く。
 この場で最も強力な発言権を持っているのは彼――――そうフェイルは直感した。
「勇者計画は、この国……エチェベリアによる、エチェベリアの為の計画です。
 勇者制度、なんてものはないですけど、そういう慣習が未だ根強く残る中で
 さっさと撲滅してしまいたい王家と、利害が一致した幾つかの勢力が協力し合って
 大規模な作戦を実行した。その中の一つに、花葬計画……元々は違う名称でしたが、
 その実行者達が加わった。今、エチェベリアで起こっている事をまとめると、
 大体こんな感じなんですよ」
 リジルの説明は、フェイル達が花葬計画に対して行っていた分析を裏付ける内容だった。
『元々は違う名称』とはすなわち、現在の花葬計画が元々のものとは変わってしまった事を
 強く示唆する発言。
 フェイル達は便宜上、『花葬計画・一』、『花葬計画・二』と呼んでいたが、
 実際には異なる呼称があると判明した格好だ。
 ただ、その認識には明らかな齟齬があった。
「カラドボルグさん」
「なんだい。フェイル=ノート君。僕が以前君にした花葬計画の質問について、
 何か不満でも?」
 当然その話をされると先読みし、医学の権威から皮肉めいた言葉がその口から漏れ出る。
「一応言っておくけど、医者の言う事を鵜呑みにしちゃいけないよ。
 医者は病気や怪我を最短で治す為には平気で嘘を吐くからね。例えば、
 患者が疑心暗鬼に囚われているなら、安心させる為に楽観的な言葉を伝える。
 不治の病でも、数十年後に治療薬が開発される可能性が少しでもあれば、
 その可能性を上積みして希望を語る。それが仕事だからね」
「……僕が聞きたいは、それじゃない」
 カラドボルグの説明に、一部虚実が含まれているのは明白だ。
 花葬計画・二がアニスを救う為の計画というのは、あくまでも副次的な可能性に過ぎず、
 少なくとも首謀者にその意思がない事はここで確認した通り。
 意図的になのか恣意的になのかは定かではないが、フェイルがビューグラスに不信感を
 抱かないよう仕向けた可能性が高い。
 そして、花葬計画・一についての説明にも、真実を覆い隠した痕跡が垣間見えた。
「貴方は、花葬計画が国家主導だと示唆した。そして、その内容が『安楽死を目的とした薬の開発』だと
 言っていた。ならその前者……国家主導についての根拠は? ガラディーンさんが貴方たちと情報を
 共有している事と関連があるの?」
「鋭いね。つまり君はこう言いたい訳だ」
 フェイルが何を言わんとしているのか、カラドボルグは即座に理解していた。
 ただ、その何処か嬉しそうな顔は、自分の頭の回転速度を再確認したからではない。
「エチェベリアは花葬計画を黙認している。うん、その通りだ」
 雑多な情報群の中、それをまず重視したフェイルへの惜しみなき賛美だった。
「花葬計画が単なる国家の一計画なら、大した問題じゃない。さっきリジルが言ったように、
 世界中で抑止力の為の兵器開発や軍事力拡大は行われているし、
 そこには倫理観や道徳心なんてないからな。一般市民の命を羽虫のそれのように扱うのが前提の、
 行使すれば数万、数十万という人間の命が危険に晒されるような力を、国力維持と増大の為に
 あらゆる国が研究し続けているんだ。この国が例外である必然性はない」
「でも、それが国家じゃなく、複数の国の人間が集まった組織の計画となると、
 一気に解釈の余地が拡大します。各国の技術と情報を集結させた、究極の計画の出来上がりです」
 カラドボルグから話を引き継いだリジルは、高揚した様子は微塵もなく、
 寧ろ微かに疲労感を漂わせた声と共に、軽く机を叩く。
 そこには明らかな"当事者意識"が存在した。
「安楽死を目的とした計画なのは、初期、というより着想の段階ですね。
 花葬計画は元々『鎮魂計画』と呼ばれていました。まあ、センスのない名前ですが……
 それは置いておくとして、要は人々に苦痛なく死を与える薬の開発です。
 これには二つの目的がありました。一つは、不治の病に侵された患者に、安らかな眠りを提供する事。
 もう一つは……」
「暗殺だ」
 リジルを遮るようにそう告げたのは、沈黙を守り続けていたガラディーンだった。
 無念さを押し殺すような、静かな、しかし確かに感情の起伏を火の粉のように映し出している。
「苦痛の伴わない死は、周囲はおろか本人にさえ他殺であった事を隠蔽出来る。
 暗殺を行う上で、これ以上有効な手段はない」
 つまり――――花葬計画の前身である鎮魂計画には、医学的安楽死と暗殺という
 二つの目的が"同時に"存在した。
「前者……安楽死の薬を研究していた人達に、その事は知らされていたの?
 兵器としての行使が目的の一つに組み込まれていると、そう伝えられていたの?」
「ないだろうな。だからこそこの計画は優秀だったと言える」
 フェイルの問いに応えたのは、笑顔を消したカラドボルグだった。
「安楽死の提供も決して健全じゃない。とはいえ、そこには苦しむ人間を救いたい、人の心ってのがある。
 不治の病や致命傷と戦う患者を日常的に診てきた医者は、その心を育みながらも一方で
 麻痺させるもんだ。だが中には折り合いが付けられない連中もいる。そんな奴等が、
 地獄に落ちる覚悟で手に染めたんだろう」
 その人達が、アルマの話していたメトロ・ノームの研究者――――アルマを『星を読む少女』と
 呼んでいた人々なのは明白。
 彼等の想いは、希望は、実のところ最初から踏みにじられてた。
「ですが、鎮魂計画は途中で頓挫します。理由は単純で、研究成果が芳しくなかったから。
 国家も黙認していたとはいえ大々的に関与していた訳ではないので、その研究はひっそりと凍結します。
 その凍り付いた計画を再び動かしたのが、その人なんですよ」
 リジルがそう告げると同時に、全員の目がビューグラスへと向けられる。
 複雑な構造でありながら、目的そのものは至って単純明快だった。
 薬草で優良な薬をどれだけ作ったところで、手柄は医者と病院――――医学に奪われる。
 なら、奪われない領域で勝負するしかない。
「鎮魂計画を『花葬計画』とし、薬草学の一部である『毒』を用いて世界最高の抑止力を生み出し、
 薬草学の復権を狙う。それが彼の目的なんです」
 説明を終えたリジルを一瞥したのち、ビューグラスは両肘を机に乗せ、軽く息を落とす。
 それが何の感情なのか、フェイルには到底理解出来なかった。
「……本当に、そうなの?」
 だから問う。
 既に絶たれた期待を、願いをかき集めるようにして。
「アニスは、もう壊れかけている。それをとても恐れている。怯えている。僕とは違うんだ。
 あの子の症状は、あの子を自分の望まない存在に変えようとしている。
 そんな娘を……子供を、眼中にさえ入れていないの?」
 けれども、手応えはない。
 拾い集めたつもりのものは、砂のように手の中をすり抜けていった。
「それとも、僕も……アニスも、貴方にとっては実験体に過ぎなかったの?
 生物兵器が遺伝するかどうかを確かめる、ただそれだけの存在だったの?」
 記録帳に記されていた『遺伝実験体』という言葉。
 そして、フェイルとアニスの母親が違う意味。
 それらの事実だけが、棘となって両の手に刺さり、血を流す。
 透明な、それでいてこびり付いて固まる――――そんな血を。
「どうなんだ……答えろ! 答えてみろっ!」
 激情に任せたその咆哮は、室内を這うように、虚しく響き渡った。






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