面白い弓使いがいる――――

 王宮に招かれたフェイルの評価は、当初も、そして去る直前も
 その道化師のような位置付けであり、覆す事は叶わなかった。
 弓を使う癖に接近戦もこなすなどと堂々と吹聴し、年上を年上とも
 思わない不遜な態度で王宮をかき乱す跳ねっ返り――――
 といった認識ならば、寧ろ好意的な方。
 王宮に屯する、或いは住まいを構える大多数の人間は、
 大した才能がないと自覚しているからこそ、奇を衒った戦闘術に腐心し
 自信のなさを尊大な姿勢で覆い隠す小心者という見解を隠しもせず、
 蔑視の目を向けていた。
 そんなフェイルが、曲がりなりにも御前試合に参加するまでになったのは、
 王宮騎士団【銀朱】の誇る双璧、副師団長デュランダル=カレイラと
 師団長ガラディーン=ヴォルスに目を掛けられているからに他ならない。
 その事実は当然、フェイルも自覚していたし、同時にずっと疑念を抱いていた。
「不思議だったんだ。どうして、貴方ほどの人物が僕なんかに
 優しくしてくれていたのか。それでも、当時はデュランダルに
 しつこく付きまとっていた僕の根性でも買ってくれていたのかと思ってた」
 若かりし日の、余りにも短絡的な思考。
 今となっては羞恥心を抱かずにはいられないほど、フェイルは舞い上がっていた。
 決して表面には出さず、自覚さえしないよう抑え込んでいたが、彼等ほどの
 達人に目を掛けられているのは、誇らしくもあった。
「でも、違ったんだね」
 それが確信に変わった今――――フェイルの中に落胆や失望はない。
 ようやく納得のいく理由が判明したという清々しさも、ない。
 在るのはただ、事実を一つ自分の足跡の上に積み上げる作業の感覚。
 フェイルの集中力は、高等感情さえも優先順位を落とすほど高まっていた。
「こうなってしまっては、何を言ったところで信じては貰えぬだろうが……いや、
 確かに某がお前を気に掛けたきっかけは、そこの男に観察を頼まれたからに他ならぬ。
 生物兵器のキャリアであるお前の変化を見落とすな……そう言付けを預かっていた」
 ビューグラスがそれをガラディーンに依頼したと確定した事で、
 フェイルはもう一つの事実も特定した。
 それもまた、フェイルの人生における勲章を汚す、或いは砕くような真相。
 まるで自分を壊しながら進んでいるような感覚に陥り、嫌でも精神を削られてしまう。
「王宮から声が掛かったのも、貴方の差し金だったんですね」
 フェイルの言葉は、視線を沿うようにしてビューグラスへと向かう。
 力はない。
 強くも弱くもなく、そこには何も力が加わってはいなかった。
「そうだ。この国の王宮には、儂が知り得ない生物兵器の情報が幾つもある。
 お前をそこへ行かせる事で、何らかの手がかりを得られると期待した。
 まさか剣聖に国家の機密事項を漏らすよう要請する訳にはいかないのでな。
 お前が王宮内で何らかの変化を見せるのなら、それで良し。
 そうでなくとも、誰かがお前に生物兵器について吹き込んでも良し。
 儂にはどうしても、生物兵器の情報が必要だったのだ」
 ビューグラスの言葉を、フェイルは意味としては理解した。
 彼は生物兵器ではなく、毒に固執している。
『世界最悪の毒』と称されるグランゼ・モルトさえも上回り、
 生物兵器すらも凌駕する、この世で最も殺傷能力の高い『攻撃性』を
 生み出す為に。
 ならば、指標となる生物兵器について知ろうとするのは必然。
 超えるべき壁の高さを知らなければ、登る術さえ確率出来ないのだから。
「生物兵器だけではない。魔術。兵術。経済。医術。人間を最も効率的に
 殺傷出来る可能性を持つ分野を網羅する必要があった。
 吸収出来る事は全て吸収し、最高の毒を作る必要があった」
「……どうして、そこまで?」
「親子だから、ですよ。きっと」
 その親子の会話に、リジルは飄々とした声で立ち入ってくる。
 彼もまた、フェイルが王宮にいた頃に接してきた人物の一人。
 今にして思えば、監視とは違う役割をもってフェイルに王宮内の
 秘密の倉庫の存在を明かしたのは間違いなかったが、それを追求する気にはなれず、
 フェイルは言葉の続きを待った。
「理由はフェイルさん。貴方が弓という武器をこの世界に存続させようとした事と
 全く同じ発想なんじゃないですか?」
「僕と……同じ?」
「ビューグラスさんから直接詳しい動機を聞いた訳じゃありませんので、
 あくまで推察です。でも傍で聞く限りは、そう思えてならないんですよ」
「同感だね。血は争えないってこったな」
 カラドボルグも賛同した事で、信憑性が一つ積み上げられる。
 そして何より、フェイル自身も心の何処かでその可能性を模索していた。
 何故、毒に固執するのか。
 あの死の雨のような、一度に何人もの犠牲者を出すようなものを
 生み出さなければならないのか。
 アニスの治療が目的ではないのだとしたら、考えられるのは――――
「……薬草の力を、世に知らしめる為?」
「だと思うぜ。薬と毒は表裏一体。医学の分野でも、毒薬を用いた治療は
 日常的に行われてるからな。毒薬ってのは、人を殺す為の物とは限らない。
 偶々毒性が強いだけで、それ以上に特定の病気に効いたり麻酔効果が
 得られたりするのが常だ。つまり……毒草を極めれば、そいつは
 薬草を極めるのと同義って訳さ」
 医学の権威たるカラドボルグの言葉は、口調ほど軽くはない。
 仮にそれが事実だとすれば、ビューグラスは毒を極める事で
 薬草の存在価値を世界に発信しようと目論んでいる事になる。
「問題は、なんでンな回りくどい事をしなけりゃならないのか。
 薬草を極めれば良いだけの話じゃないか……って言いたいところだけどな」
 誰もがそう感じるであろう疑念を、フェイルは――――抱かなかった。
 フェイルもまた、薬草士。
 その理由には心当たりがあった。
「残念ながら、『治療』って行為において薬草が日の目を見る事はない。
 少なくとも現状の医療では、称賛されるのは"医師"であり"病院"だ。
 金持ちも一般人もそこは寸分違わない。病気が治れば病院を褒め、
 怪我が治れば医師に感謝する。だが、そこで使った薬、ましてその原料となった
 薬草の事なんて、誰も知ろうともしないのさ」
 それは、薬草学という分野の宿命でもあり、同時に――――
「このままでは、腐り果てるのだよ。薬草学という分野は」
 その権威たるビューグラスの悲観は、破滅的なほどに説得力を有していた。







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