その部屋には鍵など掛かってはいなかったが、まるで密室空間のように
 一種異様な閉塞感が漂っていた。
 そして同時に、風吹く晴天下の草原のような開放感もあった。
 二律背反の空間はフェイルに少なからず違和感を与えたが、それによる動揺や
 尻込みといった反応は一切起こらない。
 フェイル自身、自分が来るところまで来たという自覚はあった。
「この集まりは……一体何?」
 真っ先に、誰にともなくそう問いかけたのには理由がある。
 今、この場における力関係を知る為だ。
 王宮騎士団【銀朱】師団長にして、元剣聖のガラディーン=ヴォルスが
 入室したにも拘わらず、室内にいた三人には一切の緊張がない。
 単なる旧知の仲ではこのような空気にはならない。
 彼等の関係性が"同等"である証。
 だからこそフェイルは、その中にある小さな高低差に着目した。
 本来なら、今すぐにでもビューグラスに詰め寄りたい。
 仮面の男の正体を聞きたい。
 そういう個人的感情を抑え込み、敢えて曖昧な疑問を呈したのは、
 獰猛な怪物達と戦う武器を作る為。
 ここでは、弓矢は武器にはなり得ない。
 フェイルは瞬時に、今要求されているのは情報戦だと確信していた。
「ただの報告会ですよ。世界情勢について語り合うだけの、他愛のない寄り合いです。
 不定期ですけど、場所を選ばずに気分で集まっているんですよ。ですよね?」
 最初にそう返答したのは、仮面の男。
 あの時と同じ口調で飄々と、それでいて耳に強く残る声を発し、
 他の面々に同意を求めるかのようにそれぞれの顔を眺める。
 仮面に覆われている為、視線そのものは不可視だが。
「ま、これまではもうちょい人数が多かったんだけどな。生憎、諸事情で二人ほど欠けちまった。
 俺としちゃ、この面子の方がよっぽど居心地は良い」
 先程フェイルを『他人の気がしない』などと言っていたカラドボルグは、
 これまでとはやや意匠の異なる白衣に身を包み、木の実らしき物を囓っている。
 本人の言がそのまま反映されている、落ち着き払った表情で。
「その二人の内の一人は、スティレット=キュピリエなんだね?」
 そもそもが、ここに彼女がいるという前提で乗り込んできた。
 この寄り合いが、勇者計画および花葬計画の報告会と仮定するならば、
 スティレットが絡んでいない筈がない。
 それだけに、この場に彼女がいないのは不気味だった。
「御名答です。もう一人は、隣国デ・ラ・ペーニャのお偉いさんですね。
 その二人と、ここにいる貴方以外の四人とで、ちょっとした同盟を結んでいたんですよ。
 同盟と言っても、決まり事は特にないんですけどね。ただ一つだけ――――」
 仮面の男は雄弁だった。
 王宮で会った時からそのような傾向は見受けられたが、小柄な体型といい、
 少し高めの声といい、幼さを感じさせる要素が多分にあるが、その全てを
 塗り潰す程の禍々しさをフェイルは彼の仮面から感じ取っていた。
「――――この世界を、より良い方向に導きたいという強い信念。それが共通項ですかね」 
 言葉もまた、然り。
 仮面というフィルターを通す事で、より薄気味悪く響くその説明は、
 フェイルの神経に障った。
「その為だったら多少の犠牲は仕方がない。そう後に続きそうな科白だね」
「心外だな。俺にはそんな意識は一切ない」
 全く怒気を含まない声色で、若き医師カラドボルグが介入してくる。
 その瞬間、フェイルの隣で立ったままのガラディーンから小さい溜息が落ちた。
「犠牲、なんて言葉はそもそもが無粋だと思わないかい? フェイル=ノート君」
「……言っている意味がわからない」
 値踏みするような視線は、初対面時から変わらない。
 それが医師の本質なのか、この男の本質なのか。
 ガラディーンの溜息の意味も含め、フェイルには依然わからない事だらけだった。
「一応、前提として言っておくけど、さっきのそいつの言葉もそいつが勝手に
 そう思ってるってだけで、実際俺達に共通の信念があるって訳じゃない。
 各々の理想へ近付く為に有意義だから手を取り合ってるだけさ。
 逆に言えば、有意義じゃなくなった時点で離れるのも自由。
 実際、二人いなくなったしな」
「でも、その理想は大局的見地だと一群に内包されますよね。僕はカラドボルグさんの理想も
 この世界を良い方向に持っていってくれると思っています。だって素敵じゃないですか」
 仮面の男は決して声を荒げず、穏やかに反論する。
 しかし、その内容は決して平穏とは呼べないものだった。
「この世の全ての死に崇高さを求めるなんて、そう出来るものじゃありません。
 ある意味、世界の誰よりも完璧主義者ですよね」
「そうか? 医者なら誰でも多少は持ってる死生観だと思うねえ。そもそも医者なんて
 全員、自分が神に選ばれた天才だって思ってるからさ。ただ、そこからは人それぞれ。
 天才・鬼才たる自分に救えない命があるとして、それをどう解釈するか。俺は――――」
 彼等の議論に熱はない。
 淡々と達観した己を語るのみ。
 だがその達観は、明らかに常軌を逸したところにまで及んでいる。
「最高の技術、最高の道具、最高の環境でも救えない命……不可避の死こそが、
 この世界で何よりも美しいと思うね。運命の収束、その輪郭が描く最後の接線の先に、
 人類の未来がある。何者にも侵されない聖域が」
 カラドボルグは以前、死の雨による惨状を目の当たりにしていたフェイルに対しても
 同じような事を言っていた。
 それを"壊れている"と表現するのは、余りに容易。
 医師でありながら、この男は死を――――人の命の終焉を喜んでいるのだから。
「フェイル君。俺、結構君の事気に入っててさ、何回かヒントをやったよね。
 そろそろ答え合わせの時間じゃないかい? 君が知りたがっていた『死の雨』の正体と目的。
 君がさっきから決して目を合わせようとしない、その人の発明したものだってね」
「……」
 死の雨。
 ウェズ=ブラウンをはじめ、ヴァレロン新市街地の何人もの命を奪った、憎むべき兵器。
 事実、フェイルはその真相に辿り着いている。
 あれは――――
「毒草と魔術を用いて作り出した『毒雨』」
 そう答えたフェイルの視線は、やはり発明の当事者には向いていなかった。
「人間が雨を意図的に降らせる『雨乞い』なんていう儀式もあるけど、そんなもので
 本当に雨が降れば、干魃に悩む人達は誰も苦労しない。でも、あの"実験"は
 雨を降らせなくちゃ始まらない。なら、他に特別な方法が必ずある。雨を降らせる方法。
 自然を模す方法……考えられるのは魔術しかない」
「凄い。完璧ですよ」
 心からの感心――――
 そんな惜しみない拍手をした後、仮面の男は自身の顔を覆う白きその仮面を外し、
 円卓にそっと置いた。
「あらためまして。リジル=クレストロイと言います。お会い出来て嬉しいです、フェイル=ノートさん」
 その顔は、声から受ける印象そのままに、あどけない少年のそれだった。






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