『来週にはガラディーン様もここへ到着する予定だ。見掛けたら粗相のないように
 きちんと挨拶をするんだぞ』
『剣聖殿まで来るの? って言うか、王宮大丈夫なの、それ』
『……通常では、あり得ない事だな』

 ――――エル・バタラ開催前。
 戦いの舞台となるヴァレロン総合闘技場を訪れた際に偶然デュランダルと
 鉢合わせになった時の会話を、フェイルは忸怩たる思いで回想していた。
 この時は、ガラディーンがこのヴァレロンの地を訪れるという事実に対し、
 余り深く考えてはいなかった。
 確かに、通常ではあり得ない事。
 けれど、副師団長のデュランダルが来ているのだから、師団長の
 ガラディーンが来る事にそこまでの唐突感や強烈な違和感を抱くまでには至らなかった。
 その後、予選の組み合わせ抽選会に彼が現れた時も、事前に聞いていたという以前に、
 フェイルの中にあるガラディーンという人間像がそこに一定の納得をもたらしていた。
 剣聖であり銀朱の師団長という国内最高の名誉が手中にありながら、
 常に気さくで市民との距離が近く、王宮ではフェイルにも幾度となく親身な言葉を
 投げかけていた人物。
 だから、例え一人でフラッと街中に現れても、然程不自然さは感じない。
 そんな異様な先入観があった。
 実際には――――それほどの地位の人間が、単独で動く事自体が異常。
 裏ではデュランダルと連携し、銀朱として動いているのならばまだあり得る話だが、
 エル・バタラでの試合を除き、両者が行動を共にしている様子はなかった。
 権力ではなく純粋な戦闘力において国内の二大巨頭であるデュランダルとガラディーンが、
 それぞれ別個に単独で動いている。
 そこにはやはり、彼等の背後でほくそ笑みながら優雅な日々を過ごす王族の姿が浮かぶ。
 勇者計画は王族主導であり、彼等は確実に計画を成功させるべく、そして
 自らの権力を誇示すべく、国内最高峰の実力者達を顎で使っていた――――
 そう邪推したくなるところだ。
 事実、エル・バタラでの一戦までは、辻褄が合っていた。
 デュランダルの勝利とガラディーンの敗北は、デュランダルに次世代の師団長およ
 剣聖たる資格が十分にあると印象付け、勇者という称号の斜陽と合わせ
 国家、そこに付随する騎士の存在感を鮮明に喧伝する事へと繋がる。
 勇者を滅ぼし、国民が王族に対する絶対的な羨望を決して疑わない、
 そんな大昔の世の中へと回帰する――――そんな凶行が透けて見える構図だった。
「デュランダルとの戦いと敗北。それはきっと、あの王子様の指示だった。
 ならそこで、貴方の役目は終わりだ。引退を仄めかしたのがその証拠。
 それなのに、貴方はその後もこの街に留まり、メトロ・ノームで行動していた。そして今はここにいる。
 どちらも、本来なら貴方がいるべき場所じゃない。ここは最早、花葬計画に関与している
 人間の集う場所だ。病院じゃない」
 そう話しながら、フェイルは一つの確信を得ていた。
 提携の条件として、ロイヤル・パルフェ、マンドレイク、グランゼ・モルトといった
 希少価値が高いだけでなく極めて危険度の高い薬草・毒草を所望していた事。
 貴族や富豪といった富裕層ばかりを相手にしている事。
 そして、メトロ・ノームとの密接な繋がり。
「ヴァレロン・サントラル医院は、医院とは名ばかりの"大規模実験場"であり、
 過去にメトロ・ノームが担っていた役割を受け継いだ施設。
 どんな病気でも治す、永遠の命を授ける……そんな御伽噺を現実にすると謳って、
 大金を条件に生物兵器の投与を行っている。違う?」
「……」
 何故それを某に問う――――そう言わんばかりのガラディーンの目は、
 決して悪党のように汚れても澱んでもいない。
 薄暗い院内でも、フェイルの梟の目は正確な彼の姿を映している。
「もし、貴方や師……デュランダルがその事実を掴んでいて、この病院を潰しに来たのなら、
 単独行動である必要はない。騎士団を引き連れて堂々と糾弾すればいい。
 指定有害人種やそれに準ずる存在……例えば僕みたいな存在を排除したいのなら、
 尚更そうすべきだ。人海戦術が有効なケースでしょ?」
 そして当然だが、国内最高の騎士団の師団長、副師団長が調査目的で動くなどあり得ない。
 彼等には、山ほどある彼等にしか出来ない任務に臨む責務がある。
「どうなの? 貴方は一体、何をしにこの病院に来たの? それとも……」
「それ以上の詮索は止めておけ」
 その声は――――朝露に濡れた野草が風を受け地面に落とした水滴のように、
 ほんの一瞬だけ感情を煌めかせた。
 フェイルは、それが悲しかった。
 拒絶されたから、ではない。
 ただ、悲しかった。
「それは出来ないよ。貴方達のしている事はもう、僕の生き永らえている目的と
 絡み合ってしまってるから」
「……そうか。ならば仕方あるまい」
 不意に――――フェイルは決して油断していた訳でも怖じ気付いていた訳でもなかったが、
 それでもそう感じてしまうほど、ガラディーンから発せられた剣圧は
 全く予兆なく院内を疾走した。
 わかっていた事ではある。
 デュランダルに敗北したとはいえ、その実力は未だ国内随一。
 身体能力も、技術も、胆力も、威圧感も、全てが規格外だ。
 そんなガラディーンと敵対するような事になれば、勝ち目などある筈がない。
 勝ち目の薄い敵なら、幾度となく戦ってきた。
 そういう相手との戦い方には慣れている。
 が、何をどうやっても勝てない相手はいる。
 今、目の前に。
 それでも、フェイルは後退りはしなかった。
 剣圧に押され、全身が強張り、そこに立っているだけで疲弊しそうな状態であっても、
 ここで引く訳にはいかない――――
 とうに決意は固めていた。
 例え、ガラディーンがスティレットやビューグラスと結託していたとしても。
 花葬計画に深く関わっているとしても。
 今、この病院にいる時点でその疑い濃厚だとしても――――引く事は出来ない。
「強くなったな、フェイル」
 攻撃はおろか敵意さえ交わしていないにも拘らず、ガラディーンが感慨深げに目を細め、
 低い声でそう呟いた。
「恐らく、お前は八割……或いは九割がた真相に近付いている。だからここへ来たのだろう。
 ビューグラス殿の凶行と流通の皇女の蛮行を食い止める為に」
「繋がっているんだね。その二人と。なら花葬計画も……」
 勇者計画同様、国家の思惑で動いている。
 ガラディーンが関与している以上、そう判断せざるを得ない。
 そう受け取ったフェイルに対し、ガラディーンは――――静かに首を横へと振った。
「やはり、そう取るか」
「……違うの?」
「否定したところで、今の某を信じようとは思うまい。違うか?」
 違わない。
 実際、フェイルは既にガラディーンとの戦闘を頭の中で想定し、戦術を練っている段階だ。
 だが一方のガラディーンは、剣圧こそ発しているが、その敵意はフェイルに向けてはいなかった。
「腹を割って話そう。今、某は傷付く訳にはいかぬ。これから命を賭して戦わねばならぬ身故、
 僅かでも後に引きずるような損傷は避けたい」
 病院でする発言としては、痛烈なほどの皮肉。
 それを抜きにすれば、フェイルと一戦交える気はない――――即ち敵対する気はないという意思表示だ。
「そこで、賭けをしようではないか」
 代わりに放られたのは、唐突な発案。
 困惑するなという方が無理な一言だった。
「……賭け? この状況で?」
「某はこれからお前を攻撃する。二撃目はない。躱せればお前の勝ち。躱せなければ」 
 そう告げつつ――――
「某の勝ち、だ」
 無慈悲な一撃が院内の澱んだ空気を切り裂いた。







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