星を読む少女。
 星とはすなわち希望。
 メトロ・ノームに希望をもたらす未来をその手に――――
 アルマ=ローランにこめられた研究者の願いが、
 彼女をそう呼ばせた。
 だがそれは、物事の一面に過ぎない。
 過ぎなかった。
 この世界において星とは、希望の象徴を意味する言葉とは限らない。
 無論、光輝く未来を星空に重ねる者は多いが、同時に
 決して手の届かない、見果てぬ夢を重ねる者も多い。
 絶対に触れる事が叶わない、届く事が許されない光。
 その光は決して希望ではない。
 見る者にとっては不可侵領域であり、つまるところは"絶望"。
 希望を撒き餌に、夢を集魚灯代わりに、多くの探求者を惑わし
 その人生を狂わせ、結局は辿り着かせず漂い続ける――――幻。
 アルマはいつも、そんな希望と絶望の表裏一体とも言える光を
 まるで本のように読み続けていた。
 彼女の中には、何冊もの本がある。
 紙に書かれたものではないが、立派な本だ。
 何故なら、そこにはエチェベリア人の叡智と矜恃が
 夥しいほどの量で刻まれているのだから。
 エチェベリアは、奇特な国だった。
 少なくとも、彼の国を含む幾つもの国家が並ぶルンメニゲ大陸の
 歴史において、このエチェベリアほど"何もない"国はない。
 例えば隣国のデ・ラ・ペーニャは"魔術国家"を冠している事で
 知られている。
 その他にも、要塞国家や侵略国家、或いは美術国家や音楽国家など、
 軍や文化において何かしら突出した歴史と実績を持つ国家が 
 ルンメニゲ大陸には犇めいている。
 その中にあって、エチェベリアもかつては『学術国家』と呼ばれていた。
 だがこの呼称は、冠と誇れるほどのものではなく、
 むしろ恥ずべき蔑称だった事実は、国内において意外と知られていない――――
「我が国には、どうしても拭いきれない汚点が存在する。それは
 トゥールト族に唆され、生物兵器の大々的な研究と実験を行っていた歴史だ」
 そう語るデュランダルに対し、ファルシオンは二つの考察を同時進行していた。
 一つは、彼の言葉に対する考察。
 生物兵器の研究がメトロ=ノームで行われていた事は最早周知の事実であり、
 ファルシオンもまた承知していた。
 汚点なのは間違いない。
 人体実験をはじめとした、人権や倫理を無視した数多くの研究が実践されて
 いたのだから。
 だからこそ、王宮は生物兵器の殲滅を試みている。
 図らずも王宮の目として勇者一向に帯同していたファルシオンには
 知らされていなかった事実だが、今となっては彼女自身
 無関係とは言い切れない所にいる自覚はあった。
「生物兵器に限らず、あらゆる分野における禁忌とされている手法が
 メトロ・ノームでは試された。そしてそれは実際、画期的な道を幾つも拓いた。
 結果が出た以上、それは誰かが評価をする。時の支配者、闇を牛じる者……
 そのような権力者が評価をすれば、やがて冠が手に入る。学術国家と呼ばれていた所以だ。
 無論、その多くに皮肉や侮蔑の意味合いを込められていた」
「だから、"何もない国"にしたんですか」
「そうだ。当時の王は暫く誇らしげに学術国家の名を掲げていたそうだが、
 やがてそれが蔑称だと知り、火消しを始めた。当時メトロ=ノームで
 行われていた研究には、国王の息もかかっていた筈なのだがな。半ば国政として、
 生物兵器の研究が行われていたのは疑いようがない。だからこそ膨大な資金が
 投入出来たし、メトロ・ノームの機密性も遵守された」
 そのデュランダルの発言に、ファルシオンはおろかフランベルジュさえも
 驚きを覚えた。
 デュランダルは紛れもなく王宮側の人間。
 彼が話している『汚点』とは、過去の王宮への批判に他ならない。
 本来、許されざる発言だ。
「浄化するのなら、根絶こそが唯一の方法だっただろう。
 関わった者から権力を取り上げる。王権の剥奪だ。しかし当然だが、
 そのような事は行われていない。王宮が血眼になって行ったのは、
 生物兵器とその生みの親であるトゥールト族と一切の関わりを断ち、
 その歴史を封印する事だった」
「ルンメニゲ連合から監査でも入ったんですか? いえ……当時は存在していませんか」
 ルンメニゲ連合とは、ルンメニゲ大陸の統括を行う、各国の有権者で構成される
 国際的平和維持のための機関。
 その歴史はまだ浅く、生物兵器研究のもみ消しをエチェベリアの国家が
 行ったのは、設立より遥か昔――――とファルシオンは自身の言葉を即否定した。
 だが、それに対するデュランダルの見解は違っていた。
「存在はしていないが、似たような組織は遥か昔からある。非公式に
 各国の戦力均衡を保つ為に暗躍するような連中なども、な」
「なら……」
「そういった組織の介入はあったのだろう。だからこそ、当時の王は
 学術国家の冠を下ろし、何も冠せず何もない国として長らく体裁を整えていた。
 一度付いた印象はそうそう変わるものではない。まして個人ではなく国家となれば、
 長い年月が掛かる。砂漠の多い国にどれだけ緑を増えようと、荒涼とした大地という
 印象を拭う事が極めて困難なようにな」
 負の事象は、人に強い印象を与える。
 同時に優越感も付随する為、こびりついて離れない。
 その場合、より大きな負を印象付けるのが払拭への近道だ。
 エチェベリアは、特色のある国ばかりのルンメニゲ大陸において、『何もない国』になる事で
 最大の負を背負った。
 結果、かつての学術国家の印象は薄まり、同時に国家としての存在感も希薄になった。
 それは予定通り。
 だが同時に、危機感もあった。
 何も誇るものがない国が、大陸の他の国にどう思われるのか。
 特に、隣国デ・ラ・ペーニャとは昔から折り合いが悪く、生物兵器の研究を行ったのも
 その兵器が対魔術用のものだったからに他ならない。
 一国家として、確かな存在感を示さなければ、国交において不利になる。
 デ・ラ・ペーニャとの間に約十年前に勃発したガーナッツ戦争の背景には、そんな焦りもあった。
 だが、その戦争に勝利した後も、エチェベリアという国は向上しなかった。
 その事実を、現在の王ヴァジーハ8世は重く受け止めた。
「今のままでは滅びこそしないが、生きたまま死んだ国となる。俺がここにいるのはその危機感の現れだ」
 最後に駆け足でそう締め括ったデュランダルに対し――――
「ちょっと待って下さい。おかしいです」
 ファルシオンは強烈な違和感を覚え、思わずその絶対的強者を睨む。
「今の話だと、現在の王宮が生物兵器の殲滅を目的としているようには到底思えません」
「……」
 デュランダルからの返答はない。
 だが実際、彼がここまでファルシオンを導いたのは確か。
 それが彼の言う『借りを返す』という事だとしたら――――
「私を勇者一行として騒動に巻き込んだのを『借り』だというのなら、最後まで責任を持って下さい」
 実際、ファルシオンにはそれくらいしか身に覚えがなかった。
 が、しかし――――デュランダルの表情は動かない。
「生憎、認識に齟齬があるようだ」
「え……?」
 その能面のまま、視界をアルマの方へ向ける。
「彼女は、アルマ=ローランは我が国の汚点を一人で背負い込んだ存在だ。俺が貰い受ける」 
 そう断言したデュランダルの右腕が、一瞬大きく震えた。
「魔力の自律進化。そうか、それが魔術の未来なのか」
 ――――不意に、長らく沈黙を保ち続けた声が室内に落ちる。

 ファルシオンが同時進行で抱えていたもう一つの思考は、彼女の――――

「ならお前は私が貰う」
 
 ヴァールの行動に対して。
 直後、応接室に二体の『人間を模した者』が現れた。





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