――――それは、まるで幻想の世界を見ているような光景だった。

 スコールズ家、応接室の入り口とテーブルとを結ぶ直線上での出来事。
 デュランダルとアルマの対峙は、一瞬にして火花と化し、閃光の応酬となった。
 ただそれは、例えば魔術による光や熱線といった攻撃ではない。
 また、攻撃の全てがデュランダルによるもの。
 彼の剣――――オプスキュリテの斬撃が、比喩でも何でもなくそのまま閃光と化していた。
 不可視の領域に達した剣圧は、おぼろげな外枠のみを残像とし、
 幾重にも、あらゆる角度で、様々な面積で閃きと成る。
 それに対し、アルマの対応は――――ファルシオンの理解が及ばないものだった。
 ほぼ見えないデュランダルの攻撃に対し、アルマの防衛策は全て見えていた。
 見えてはいるが――――識別が出来ない。
 アルマは確実に、結界と同種のものを発生させている。
 だからこそ、デュランダルの斬撃がアルマには一度も直撃していない。
 空間の途中で火花が散り、同時に甲高い打撃音が響き、それが打楽器でも叩くかのように
 間断なく鳴り続けている。
 けれどそれは、少なくともファルシオンが知る結界とは全く別の物だった。
 結界としての形を成していない。
 視認出来るのは火花のみだ。
 何より、ルーンを綴っていない。
 ルーンなしで魔力を魔術として形成するなど不可能。
 そもそもそれは、魔術という定義に当てはまらない。
 なので憶測に過ぎないが、アルマは結界のような力でデュランダルの猛攻を防いでいる。
 彼女自身がその防衛策を全て制御している可能性は極めて低い。
 自律、という言葉をデュランダルは使っていた。
 魔力が自らの意思で結界化し、アルマの肉体を守っている――――
 状況的にそう解釈せざるを得なかった。
 だからこそ、ファルシオンはヴァールに問い質したかった。
 通常の魔術とは異なる体系の魔術を使用する彼女の一族なら、
 今のアルマが何をしているのかを理解出来ているのではないかと。
 けれど彼女の姿は何処にもない。
 かといって、デュランダル以外の全員がこの部屋の唯一の出入り口である扉を
 視界に収めている中で、気付かれず逃げ出すなど不可能。
 彼女はこの部屋にいる。
 気配を極限まで殺し、何処かに身を隠した。
 若しくは、見えなくなるような何かを施した。
 問題はその目的だが、デュランダルへの不意打ちを狙うとは考え辛い。
 彼女の実力を、ファルシオンはほぼ正確に把握している。
 どれだけ虚を突こうと、それは無意味な行動となるだろう。
 デュランダルには隙がないし、仮にほんの僅かな隙が出来たとしても、
 その一瞬で彼を仕留めるほどの腕はヴァールにはない。
 というより、この国にそれを可能とする人物はいない。
 あの剣聖ガラディーン=ヴォルスですら難しいと、ファルシオンは
 自身の戦慄に教わった。
 実際、アルマに攻撃を仕掛け続けるデュランダルの速度は常軌を逸している。
 しかもそれは決して全力ではないと、容易に想像出来る。
 デュランダルの顔が無表情のままだからだ。
『銀仮面』という通り名に相応しい、不気味さと精悍さの融合が余力を雄弁に語っていた。
 尤も、剣士の出力具合については魔術士であるファルシオンは専門外。
 本来ならばフランベルジュの領域だが――――
「……」
 彼女もまた、明らかにデュランダルの攻撃を、動きを目で追えていない。
 ファルシオン同様、傍観者として呆然と、漠然と眺めるのみ。
 一方、アルマを手放した格好のリッツはというと、二人以上に虚ろな目で
 視点を定められず立ち尽くしていた。
 アルマの今の姿は間違いなく計算外。
 だが彼女を抜け殻にした最大の理由は、デュランダルに向けられた目。
 殺気ではなかったかもしれない。
 敵意とすら呼べないものだっただろう。
 それでも、まだ少女の年齢であるリッツの胆力では到底耐えられるものではなかった。
 同年代との比較なら、飛び抜けた能力と人生観を持っているであろうその背景ごと
 根こそぎ剥ぎ取られたかのように、ただ静かに怯えている。
 ファルシオンはそんな彼女の眼の中に、かつての自分を見た。
 そこには母親もいたのかもしれない。
 けれど微笑んではくれないだろう――――そう心中で呟いた頃、
 デュランダルの連撃が止んだ。
 一体、どれほど剣を振ったのか。
 打撃音の回数からは、少なくとも1,000は下らない。
 その全てを、アルマはやや緊張した面持ちのまま防いでみせた。
「貴方は……何なの?」
 辛うじて、フランベルジュはそれだけを発し、アルマを凝視し続ける。
 その身には相変わらず奇妙な光を纏っているが、そこに神々しさはない。
「此方は、此方だよ」
 そう答えた表情の所為なのは明白だった。
「あ……ご、御免なさい」
 余りに場違いなのは本人も自覚していたのだろうが、フランベルジュは
 反射的に謝罪を口にしていた。
 だが意外にも――――それが一つのきっかけとなった。
「って言うか、アンタ! なんでアルマを殺そうとするのよ!?」
 どうせ場違いな事を言ってしまったのなら、いっそ勢いで――――
 そんな破れかぶれの感情を隠そうともせず、フランベルジュの視線と
 詰問の矛先がデュランダルへと向けられる。
 少しでも煩わしいと思われれば、即座に真っ二つにされかねない相手に対し、
 彼女の咆哮には確かな覚悟が滲んでいた。
「生憎、殺す気などない。"人間のままでは如何ともし難い"と確認したに過ぎない」
「な……何言ってるの?」
「解説する義理はない」
 にべもなく――――
「……と言いたいところだが、お前達には借りがある。返す機会は今後あるまい。
 ならば、良いだろう」
「借り?」
 そう想像していたフランベルジュ、そしてファルシオン共々、身に覚えがない事だった。
「お前達が必死に守っているそのアルマ=ローランは、人間ではない。
 少なくとも定義上、人間と呼ぶべきではない」
「何を……」
「メトロ=ノームで開発された生物兵器の"全て"をその身に封じ込め、
 変質の末に大きく人間の定義から逸れた、生を営む者。それが彼女だ」
 アルマの表情に、変化は――――なかった。





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