デュランダルが自ら場の主導権を放棄したのは、絶対的強者故の余裕――――ではない。
 彼もまた、全てを知る訳ではない。
 だからこそ、こうして今ここにいる。
 ならば、まだ救いはある――――
「アルマさんのこの状態は……彼女が真の封術士たる証、といったところですか」
 そう自分に言い聞かせながら、ファルシオンはそう曖昧な言葉を放つ。
 そして半ば言葉と時間を濁しながら、更なる考察を試みていた。
 一方、光を纏うアルマに触れたままのリッツは、自分自身に現れている変化に
 戸惑いを覚えていた。
 力が入らない。
 勿論、人質を殺すなど無意味な行動を選択する気は全くなかったが、
 心の中にあった『場合によっては彼女に深い傷を負わせても構わない』という
 企図が、すっかり萎んでしまっていた。
 まるで悪巧みを見抜かれ、親に叱られた子供のように。
「封術士の定義は曖昧ですけど……封術だけじゃなく、制約系魔術と解約系魔術全般に
 長けているというのが一般的です。でもそれは、アルマさんには当てはまらない。
 彼女が今まで生き延びた理由がこの光だとしたら、その正体は……」
 魔術を超えたもの。
 それを魔術士が口にする訳にはいかなかったが、ファルシオンはほぼ即興の中で
 その結論に辿り着いた。
 アルマには、特別な力が在る。
 そしてそれは、魔術の延長線上にある力。
 今のような状況、つまり生命の危機に瀕した際に発揮される力。
 ならば、それはつまり――――
「自動……結界? そういうものがあるかどうかはわかりませんが」
 不意に、そんな言葉が浮かんだのは、自身が崇拝するアウロス=エルガーデンが
 開発した自動編綴〈オートルーリング〉が根底にあったからだ。
 彼女は魔術を使用していない。
 なのに、強い魔力の霧散反応があり、それが可視化された状態にある。
 可視化された魔力とは、即ち魔術だ。
 ならばそれは、自律的な意味で自動的に発生した魔術ではないか。
 そして危機に反応したという事は、身を守る魔術なのではないか――――
 というのが、ファルシオンの見解だった。
「成程。フェイルが肩入れする筈だ。良い仲間に巡り会えたんだな」
 そのデュランダルの呟きは、ファルシオンとフランベルジュには明瞭に聞こえない
 いわば独り言。
 けれど、彼がファルシオンの言葉に聞き入っていた証なのは、
 その場の全員が共通認識として抱いていた。
「俺もこの目で見たのは初めてだが、彼女の"それ"は魔術とは呼び難い。
 魔力を使っているというより、魔力が自律している。そんな印象だ」
 だがその認識も、デュランダルが発した一言によって消し飛ばされる。
 魔力に自律の概念を持ち出す――――それは余りに常軌を逸した内容だった。
 まして、デュランダルは魔術士ではないのだから尚更だ。
「これまで数多の人間が、メトロ=ノームに封印された記録を求め
 彼女の元を訪れた。当然、彼女を殺してでも秘密を暴こうとした輩も大勢いただろう。
 しかし彼女はこうして今も生きている。五体満足でな。
 多少は腕に覚えがあるのだろうが……」
 感情の見えないデュランダルの目が、リッツを射貫く。
 隠しているのではない。
 本当に、感情を抱いていない――――深淵すら見当たらない、そんな黒の眼。
「生物兵器に浸食された遺伝子を持つだけのお前に、どうこう出来る相手ではない」
 死刑宣告に等しい無慈悲な言葉さえ、その目に比べれば無価値に等しい。
「あ……ああ……」
 デュランダルに睨まれたリッツは、ただそれだけで、全ての戦意を喪失した。
 実力差や胆力、或いは本能すらも飛び越え、訪れる絶望。
 人と人とのやり取りでは、まず起こり得ない事象だった。
「魔術士。名は」
 まるで路傍の石を蹴るように、無造作に問うデュランダルに対し、
 ファルシオンは戦慄の余り震えそうな身体を必死になって抑えていた。
 自分に対し向けられた圧力はない。
 今の恐怖は、デュランダルがリッツに向けた眼差しとは関係なく、
 リッツの絶望が伝染したに過ぎない。
 それでも、デュランダルという存在が他の強者とは明らかに異質なものだと
 理解するには十分だった。
 どうしようもない。
 何人いようと、誰がいようと、この男には為す術がない。
 そういう屈服感が、忙しなく心臓を叩いてくる。
「ファルシオン=レブロフです」
 それでも、抗わなければならない。
 自分の名を口にし、己を保つ――――自分が今何をすべきか、何だけは成さなければ
 成らないかを再確認する。
 ファルシオンの顔は青ざめていた。
 しかし震えはしなかった。
「……魔術士が矢面に立つとはな。成程、そういう所も似ているのか」
「っ……!」
 デュランダルの言葉は、ファルシオンの隣で沈黙を続けていたフランベルジュに
 痛々しく突き刺さった。
 本来なら、この場でデュランダルと相対すべきは剣士の彼女。
 だが、動けない。
 剣士だからこそ、同業だからこそ、デュランダルの底知れない力をより大きく感じ、
 自覚するほど深く、深く怯えていた。
 もしフランベルジュがこのヴァレロンを訪れた頃の彼女だったら、
 ここまでデュランダルを恐れなかっただろう。
 剣士としての練度を上げた事が、彼女を感知力をより鋭敏にしてしまった。
 こんな人間が――――こんな存在があるなんて。
 そう呪文のように、頭の中で繰り返すのみ。
 格上相手に何度か立ち回った事で、ある程度の耐性が身についていても、
 いとも容易く貫通を許してしまった。
「貴方の目的は何ですか? アルマさんを手中に収める事ですか」
 ファルシオンもまた、そんなフランベルジュの状態を正確に把握していた。
 戦える相手ではない――――そう結論付けたのは、フランベルジュへの信頼から。
 彼女がここまでになるのなら、勝機は一切ない。
 なら、別の抵抗を試みる。
 ふと、ファルシオンの脳裏にフェイルの顔が浮かんだ。
 彼は格上相手の闘い方を知っていた。
 彼なら――――フェイルならどうする?
 この場での最良は何か?
 守らなければならないのは、何?
「たった今、定まった。どうやら俺の目的は、メトロ=ノームではなくアルマ=ローランだったらしい。
 "封印していた"のではなく、"封印されていた"のか」
「……?」
 難解なデュランダルの呟きは、ファルシオンに一瞬の思考停止をもたらした。
 その一瞬。
 それが命取りに――――
「なるよ」
 ――――声は、アルマのものだった。
 同時にファルシオンの頭の中には驚愕と空白が半々、生じる。
 目の前に、デュランダルの剣先があった。
 だがそれは、目の前で止まっていた。
 結界の力によって。
 無論、ファルシオン自身のものではない。
 アルマが、彼女に対し結界らしきものを張っていた。
 やはりルーンを使わずに。
「メトロ=ノームを管理しながら、その魔力。自らの危機だけでなく、
 仲間の危機が更なる魔力を生み出したか?」
 その事実にデュランダルはまるで動じず、一つ一つを試すように、淡々と呟く。
「だが最早、様子見の段階ではない。その身、貰い受ける」
「此方は……貴方のものじゃないよ」
 急速に膨れ上がる、明確な敵意と防衛本能。
 その最中――――ヴァールが姿を消している事に、ファルシオンは気付いた。






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