リッツは応接室の扉から最も離れた位置に座していた。
 それ自体は何らおかしな事ではなかったが、実のところ彼女にとって
 極めて重大な意味を持っていた。
「籠城、という事ですか」
 全身から滲み出る冷や汗の不快感に、幾ばくかの冷静さを取り戻したと
 自覚したファルシオンは、やや強引に自身の考えを述べる。
 そうしなければ、自分達がこの場で本当に『盾』になりかねない――――
 と判断しての事だった。
「深い事情はわかりかねますけど……リッツさん、貴女はあの
 デュランダル=カレイラに命を狙われている。王宮騎士団【銀朱】の
 次期師団長に狙われては、このヴァレロンどころか国内の何処に逃げても
 逃げ切れるものではないと判断し、アルマさんを人質に取ろうとした」
 ここには、デュランダルと旧知のフェイルがいない。
 それが致命的だった。
 フェイルがいれば、彼の仲間である自分達をデュランダルが襲う可能性はかなり低い。
 だが今は――――そうとは言い切れない。
 そしてそれは、ファルシオン自身も同じだった。
 リオグランテを葬った張本人が今、目の前にいる。
 どれだけ冷静になろうと努めようと、真の意味で心を穏やかに出来る筈がない。
『フェイルさん。デュランダル=カレイラがリオを殺した訳ではないです』
 以前、ファルシオンはフェイルにこう断言した。
 彼はあくまで実行犯に過ぎず、勇者計画の結末を遂行したに過ぎない。
 黒幕は他にいると。
 だが、それは所詮理屈。
 今ここに、目の前に実行犯がいる。
 リオグランテを殺めた張本人がいる。
 直ぐにでもフランベルジュと共に、仇討ちを――――
 ほんの少しでも気持ちを揺るがせば、その衝動に駆られてしまう。
 それでも、ファルシオンは耐えていた。
 隣のフランベルジュの腕をギュッと掴み、彼女を制する事も同時に行っていた。
「ファル……」
 だからこそ、フランベルジュも辛うじて感情を抑えられていた。
 ここでデュランダルと戦おうとすれば、例え全員で挑もうと、十割の死が待っている。
 リオグランテの死が、自分達の死――――勇者一行の全滅の呼び水になってしまう。
 それこそ、勇者の名を汚す最悪の結末だ。
 けれど、常にもう一人の自分が訴えてくる。
『リオグランテの名誉を言い訳に、絶対に敵わない相手と戦うのを恐れ回避しようとしているだけでは?』
 そう無慈悲に問いかけてくる。
「狙われていると知ったのは、あの失踪事件より前ですね? 貴女がメトロ=ノームで
 発見されたのは、その真の目的は、アルマさんだったんですね」
 だからファルシオンは語り続けた。
 実のところ、今話している内容は思考を重ねて得た結論ではない。
 今のこの状況を加味し、過去の出来事や既に得ている情報を頼りに、熟考なしで推論を組み立てていた。
「あの事件の真相は……傭兵ギルド【ウォレス】と結託して、アルマさんを
 拉致する計画を立てていた。そうじゃないですか?」
 ファルシオンはフェイルから、デュランダルに関してある程度の事は聞いている。
 彼が指定有害人種を粛正、或いは"間引き"しているのも把握済み。
 デュランダルがここに現れた事で、リッツもまたその一人という可能性は極めて高い。
 アルマを人質に取った先程の動きからも、ファオ=リレーやクラウ=ソラスのような
 異質な身体能力、そして戦闘能力を有している可能性もまた、同様。
 もしデュランダルがこれ以上リッツを刺激すれば、リッツの手中にあるアルマは一瞬にして
 首をへし折られてしまうかもしれない。
 逆に、デュランダルがそれを危惧し、リッツとの間にいる自分達ごとあの『神速の一撃』で
 仕留めにかかるかもしれない。
 いずれにせよ、今のファルシオン達の位置取りは最悪。
 状況を変えるには、アルマをリッツの手から奪い返し、この場から離脱するしかない。
 すなわち、リッツの隙を作る。
 それがファルシオンの考える、今出来る最善の手だった。
 リッツの身の安全も一緒に、などという余裕は全くないのだから。
「もしそうなら、リッツさんには同情の余地があります。まして彼女はヴァレロンを代表する
 貴族令嬢です。そんな人物を相手に、国内最高の騎士団で副師団長を務める方が粛正を行えば、
 のちのち大きな問題に発展するのではないですか?」
 そう理解しつつも、ファルシオンはこの場の全員が生き残れる道を模索していた。
 もしこの場にリオグランテがいれば――――彼ならきっと、リッツの命も
 守ろうとしていただろうと。
 それは遺志ではないかもしれないが、勇者一行だった自分達の、せめてもの運命への抵抗。
 意地だった。
「……わたくしの口から話すべき内容の半分以上を、まさか貴女に話して頂くとは思いませんでしたわ」
 その意地など知る由もないリッツは、ファルシオンの意図を別のところにあると
 解釈したらしく、半ば恨みがましい目でそう零した。
 一方、デュランダルはファルシオンの話を聞いているのかいないのか、無表情のまま
 扉の傍から動かず、じっとリッツ――――とアルマを眺め続けていた。
 "銀仮面"の異名そのままの姿は、感情を読み解く事を許さない。
 そんなデュランダルに、フランベルジュは更なる憤りを覚え、奥歯を噛み締める。
「わたくしの素性……それはすなわちスコールズ家の素性と重なります。
 先程お話しした内容、実のところ大半が真実ですの。娘に生物兵器が投与され、
 病を克服したという点までは」
「何?」
 そのフランベルジュの隣に座るヴァールは怪訝な声を発しつつも、話の中身そのものには
 大して関心を寄せてはおらず、ファルシオン以上にリッツの挙動を厳しい目で監視していた。
 指定有害人種でもなければ勇者一行でもない彼女は、デュランダルと接点がない。
 だからこそ、自分がこの場において鍵を握っていると自覚していた。
 先程、ファルシオンがデュランダルを牽制する発言をしていたが、その『大きな問題に発展する』
 という点を実行出来るのは、ヴァールしかいない。
 ヴァールがこの場から逃げ延び、事の成り行きをスティレットに話す。
 流通の皇女である彼女の発言力であれば、『デュランダルが貴族令嬢を殺した』という
 通常では到底信じられない話を広める事が出来る。
 無論、デュランダルの国内での人気を考えれば、このエチェベリアで話を広めるのは難しいが、
 国外なら寧ろ他国の醜聞として受け入れられる話題。
 ファルシオンの牽制はヴァールがいるからこそ成立する、高等な駆け引きだった。
「ただそれは、わたくしの事ではありませんの。わたくしの一世代前の話――――
 わたくしのお母様、リッツ=スコールズの事ですわ」
 そして同時にリッツもまた、切り札を晒す。
 室内に敷き詰められた幾つもの"禁忌"が、軋むように音を発した。





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