異質な成長により、実年齢より遥かに発達した肉体を得た
 リッツ=スコールズによる、父マドニア=スコールズの殺害。
 その原因、動機は――――不明。
 当然、この事実が表沙汰になる事はなく、知るのは僅かな人数のみ。
 ただ、事件を境にスコールズ家から娘リッツの姿は消えた。
 領主と娘、その二人を当時に失ったマドニアの妻は動揺を隠せず、混乱の極みにあった。
 その中で、それでも体裁を整えなければならなかった為、マドニアは娘と二人で
 暫く外国へ出かけているという事にした。
 だがそれでは体裁が悪い。
 まるで妻を残し家を出たようなもの。
 長らく父も娘も帰らないままでは、周囲から好奇の目に晒される事になる。
 そこで、マドニアの妻は一計を案じた。
 せめて娘さえ戻れば、夫は世界を駆け回り人脈を広げているに過ぎず、
 その多忙さ故に家を空けているに過ぎないと面目も保てる。
「そこで必要になったのが娘の代わり……二人目のリッツ=スコールズだったのです」
 一通り話し終えたリッツ――――少なくともその生涯の殆どをそう名乗ってきた少女は、
 自身の胸に手を置き、神妙な面持ちで"それが自分だ"と仕草で告げた。
 その一連の述懐に対し――――
「一歳の少女が、十歳前後の身体になって……親御さんを殺害した、と?」
 ファルシオンは『怪訝』とさえ表現し難いほど強い懐疑の目を向けていた。
 生物兵器に関しては、ファルシオンも多少は己の見識の中に含めていたし、
 それが魔術士への防衛手段、或いは懲罰手段として研究されている事も知ってはいた。
 身体に著しい影響を及ぼし、肉体の一部が変化するという話も、
 決して大げさではないと理解していた。
 ただ、それはあくまで"変化"であって、著しい成長の促進となると、認識の水準に
 多大な齟齬が生まれてしまう。
「ええ。おかしいですか? 生物兵器とは未だ謎多く制御も解析も追いついていない、
 底なしの技術。そのような摩訶不思議な効果が例外的に生まれても、
 不思議ではないと思いません?」
「思わないです」
 年齢不相応の不敵な笑みを浮かべるリッツに対し、ファルシオンは終始冷ややかな
 瞳のままそう断言した。
 まるで、己の尊敬する魔術士の発明した技術を虚仮にされた時のように。
「ファル……? ちょっと」
 そんな彼女の様子に驚き、その左隣に座るフランベルジュが思わず肘で突く。
 実際、ファルシオンの態度は喧嘩腰――――とまではいかないものの、
 その寸前にあると言っても過言ではない。
 言動はどうあれ、年下、それも自分達に恩義を感じ匿ってくれているという
 状況下において見せる態度ではないし、まして生真面目なファルシオンが
 それを見せたとなれば、動揺するのも無理のない話ではあった。
「仮に今の話が本当だとしたら、生物兵器は魔術を遥かに凌駕して、
 人類の手に到底負えないほど強大で御し難い無尽蔵の力を有した技術と言えます。
 神の領域とさえ言えるのかも知れません」
「何か不都合でもおありですか? 生物兵器にそのような可能性があっても
 おかしくないと思いますわ。それとも、貴女が魔術士だから、
 生物兵器にそこまでの神秘的な力が在る事を認められませんか?」
 そしてリッツもまた、明らかな挑発を口にする。
 フランベルジュは思わず、自分の左に座るヴァールに目を向けた。
「……まるでファルとアンタの言い合い聞いてるみたいなんだけど」
「不快な指摘だ。私はあんなに陰湿じゃない」
 そう答えつつ、ヴァールは自分の目の前――――リッツの右隣に座る
 アルマに視線を移した。
 言葉を発する事が出来ないアルマはファルシオン達のやり取りを
 不思議そうに眺めているのみ。
 あそこまで純粋無垢でもないが――――そう言いたげな眼差しで一瞬だけ
 床を捉え、直ぐに標的へ照準を合わせた。
「私もそこの陰湿魔術士に同感だ」
「え、この流れで参戦する……?」
 若干引くフランベルジュを余所に、ヴァールは腕組みしながら肩を竦めて見せた。
「この家の事情は知らないし興味もない。ただ、生物兵器に関しては
 私も多少、造詣がある。その中に"身体的変化"はあっても"成長促成"は
 片鱗さえない。まして――――」
 それもまた、挑発的態度。
「一歳だった人間が、直後に人殺しを出来るようになるなど、御伽噺でもあり得ない」
 リッツは嘘を吐いている。
 そう確信しているからこその態度だった。
「百歩譲って、肉体が劇的に成長したとしよう。だがそれなら、あくまで
『十歳前後の身体を持った一歳の幼子』だ。そんな奴がどうやって人を殺す?
 刃物のまともな持ち方すらわからないだろう」
「同感です。それに、二十歳前後の男性ならまだしも、十歳の女の子では
 筋力も決して強くありません。偶然刃物を手にして、偶然父親の急所を刺した……
 そんな都合の良い話が通るのなら別ですが」
 ファルシオンの猜疑心の源も、ヴァールと全く同じだった。
 無論、魔術士故の生物兵器に対する嫌悪や不快感がない訳ではないが、
 それ以前にリッツの話は余りにも辻褄が合っていない。
「それに、こう言っては何ですが、替え玉に過ぎない立場の貴女にこの話が
 漏れているとすれば、リッツ=スコールズの身体にもたらしたという
 生物兵器の異常過ぎる効果はあっという間に全世界に広がったでしょう。
 それほどの特異な出来事を、貴族の箝口令程度では抑えきれる筈がありません」
「召使いの殆どが目撃者だろうしな。そいつら全員が黙ってるってのは、
 余りにも都合が良すぎる。いかにもツメの甘い作り話だな」
 その両者の冷め切った反応に対し、リッツは――――
「お見事ですわ。お二人とも優れた鑑識眼をお持ちですのね」
 何ら抵抗せず、あっさりそう認め、褒め称えた。
「な……本当に嘘だったの!? なんでそんな嘘つくのよ!?」
 思わず椅子からずり落ちそうになるフランベルジュの反応は、
 大げさでも何でもなく自然なものだった。
 緊張感をまとった客人を和ませるにしても、余りに不穏な内容。
 だからこそ、ファルシオンとヴァールの目は懐疑に満ちていた。
「はい。今の話は嘘、そちらの方の言うように作り話です。
 生物兵器に関連したお話の大半は、意図的にこのような誇張や虚愚を
 含め流布されているのです。そしてそれが――――」
 だがその目さも眼光鋭く射貫くそれは、到底少女のものとは言い難く。
「――――スティレット様の願いを叶える為でも、あるのです」
 リッツの身体は、その場にいる誰よりも迅く動き、ずっと狙い続けていた
 "獲物"の捕獲に成功した。
「ッ……」
 ファルシオンも。
 フランベルジュも。
 ヴァールでさえも反応出来ず、呆然とする他なかった。
「今の話に心当たりがあるのではないですか?」
 その要因には、位置の関係も少なからずあった。
 リッツの獲物は、彼女の隣に座っていたからだ。
 とはいえ、それは決して油断ではなかった。
 まさかリッツが彼女を狙うなど、誰も想像すらしなかったし、出来る筈もなかった。
 だから、彼女の隣に座っていたのは、ファルシオン達の油断でも不注意でもなかった。
 彼女の正体など、知る由もないのだから。
「アルマ=ローラン。生物兵器に携わる全ての人間の、希望」
 ――――ただ一人を除いて。







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