そこは、確かに応接室だった。
 来客用の長椅子は明らかに特別製で、背もたれは勿論、肘掛けにまで
 細かく紋様のようなデザインが施されているし、テーブルを含めた
 懇談の空間と、それ以外の何もない空間のバランスも良く、適度な開放感を保っている。
 観葉植物と思しき緑も、決して強くは主張せず部屋の隅を優しく彩っている。
「まさか貴方がたがわたくしの屋敷を訪ねて来られるとは思いもしませんでしたの。
 てっきり……」
 ただ――――ここへ案内したその人物だけが、異物感を強烈に放っていた。
「勇者計画の残党狩りで始末されているとばかり思っていましたので」
 彼女が何を考え、何を思いファルシオン達を迎えたのか。
 とても12歳の少女とは思えない濁ったその双眸からは、真意は窺えない。
「随分な言いようね。それに、私達の事情についてやけに詳しいじゃない。
 まるで、事件の当事者のような口ぶりに聞こえるけど」
 こういう時、フランベルジュの率直な物言いは寧ろ好都合――――
 そう心中で呟きつつ、ファルシオンは室内にくまなく目を向けていた。
 そしてそれは、ヴァールも同様。
 この場に他の人物の気配はないものの、ヴァール自身、既に
 自分の気配察知能力を過信してはいなかった。
「それで、結局貴女は一体何者なの? この屋敷のお嬢様じゃないんでしょう?」
 上品に膝の上で手を添えるように座るリッツに対し、何ら牽制するでもなく
 一直線に問いかける。
「ええ。"恩人"の貴方達に嘘はつけませんわ」
 無論、それに触発された訳でもないだろうが――――リッツの回答もまた
 迂回する事なく放たれた。
「実のところ、わたくしの素性を他人に話す機会に飢えていましたの。
 誰にも明かさず、誰にも知られる事なく努力を重ねるのは思いの外
 辛いものなのね」
「言いたいのなら勿体振らずに言え。貴様、何者だ。私達の敵か?」
「敵なら歓待などしません。貴方がたはわたくしにとって必要な人達。
 素性を明かすのは、信頼を得る為なのです」
 噛みついてきたヴァールに対し、リッツは微笑みさえ浮かべ冷静に対処していた。
「皆さんのご想像通り、わたくしは真の意味でのリッツ=スコールズではありません。
 本来の彼女は、とある理由でこの家を去らなければならなかったのです。
 けれど、やむを得ない理由とはいえ一人娘を排除するような形で失うのは
 貴族の名折れ。そこで、わたくしが二人目の『リッツ=スコールズ』となったのです。
 もう、十年以上前の話になります」

 


 ――――スコールズ家はその日、確かな存続の危機にあった。
 領主、マドニア=スコールズはそう認識していた。
 ヴァレロンにおける中心的存在とも言われる名家であっても、墜ちる時は墜ちる。
 そしてその要因は、なんという事はない、ただの借金だった。
 多くの貴族には今以上に権力を拡大させたいという野望がある。
 彼もまた例外ではなかった。
 彼にとっては全てがその為の駒であり、また道具だった。
 その駒の中で最も優秀なのは――――金。
 豊富な資産は、それだけで多くの人を惹き付ける。
 金に質など存在しない。
 量が全てだ。
 ヴァレロン最大の病院であるヴァレロン・サントラル医院も、事実上
 スコールズ家のいいなりに等しかった。
 一時期傾きかけた経営を、スコールズ家の融資によって救われた為だった。
 そして同時に、この両者は太い絆で結ばれた。
 ヴァレロン・サントラル医院は貴族のみを相手にする富豪病院と化し、
 スコールズ家はヴァレロンのみならず、他地域の有力者に対して
 この病院を紹介する事で、更なる繋がりを得た。
 一蓮托生――――
 マドニア=スコールズにはその気はなかったが、大病院と結託するという事は
 それと同義であると、やがて思い知らされる事になる。

 その日、まだ赤ん坊だったスコールズ家の長女にして一人娘のリッツ=スコールズは
 高熱に侵されていた。
 ただの流行病ではない。
 彼女の身体には至る所に赤黒い斑点が生じていた。
 食べ物はおろか、水さえ受付けない。
 無論、父であるマドニアはリッツをヴァレロン・サントラル医院へと連れて行った。
 目前に死が差し迫る――――そういう病だった。
 治療方法は無し。
 対処療法に終始し、運が良ければ助かるが、悪ければ命を落とす。
 現段階のエチェベリアという国の医学では、対応出来ないと言われた。
 マドニアは激高する。
 あれだけ融資したというのに、肝心の娘を助けられないのは何事だと。
 この娘はいずれ他国の王族と結婚し、自分達を更に高い地位へと押し上げる為の
 大事な命なのだ、と。
 そう。
 彼女もまた、道具だった。
 とてもとても大切な、とてもとても重要な道具。
 それが失われてしまえば、自分の夢が遠のいてしまう――――そんな存在。
 だからマドニアは、ヴァレロン・サントラル医院の院長であるグロリア=プライマルの
 提案に対し、即座に首を縦に振った。

 治す方法はない。
 だが"上書き"する事は出来るかもしれない。

 上書きとは?
 その不治の病を、より強い病で塗り潰す。
 ただしそのより強い病とは、人為的なもの。
 隣国で発明された、強力な魔術に対抗する為に生み出された、人を人でなくす技術。
 投与すれば、確実に今の病は治る。
 だが別の病に侵される。
 生物兵器――――という病に。
 マドニアに躊躇はなかった。
 外見上、化物のような姿にでもなるのなら出来ない相談だったが、
 そういう訳ではないらしい。
 なら、人間だろうとそうでなかろうと構いはしない。
 王族の中に大抵一人はいる、多くは望まないが子孫だけは残せ、残さねば無能だと
 幼少期から言われ続けた冴えない出涸らしを誑かせれば、それで良い。
 そういう思考なのだから、躊躇の必要などある筈もなく――――
 リッツ=スコールズに生物兵器が投与された。
 それから半年後。
 確かに、彼女は病を克服した。
 赤黒い斑点はないし、生命を脅かす高熱に苛まれる事もない。
 ただ、確かに彼女は人ではなくなった。
 壊れたのか、或るいは――――生まれ変わったのか。
 まだ当時一歳だった筈のリッツは、十歳前後の少女の姿になっていた。
 そしてスコールズ家の存続の危機は、他ならぬ彼女の
 領主マドニア=スコールズの殺害、という行為によってもたらされる――――






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