リッツによって閉められた屋敷の巨大な扉は、その後微動だにせず、
 かといって来訪者を閉め出すでもなく、静かに時を待っている。
 その様子に、ファルシオンは例えようのない苦味を全身に感じていた。
 挑発行為なのは明らか。
 来い。
 来てみろ。
 来れるものなら――――そう告げている。
 ただ、これが何らかの罠なのか、お嬢様特有の気まぐれや暇潰しなのかは
 現時点では量りようもない。
 何より、ファルシオンも、フランベルジュも冷静ではなかった。
「あの女、何者だ?」
 ヴァールが真顔でそう問い掛けるもフランベルジュの殺気は消えず、
 隣のアルマは不安げな瞳を揺らしたまま。
 このままでは万が一敵襲に遭った時、まともに対応出来ないかもしれない。
 仕方なく、ファルシオンは傷口を引っ掻くような心持ちで強引に感情を抑え、
 溜息ののちヴァールと向き合った。
「流通の皇女のお供なら、スコールズ家の令嬢くらい知っている筈じゃないですか?」
「……あの女が、スコールズ家のだと?」
「え……?」
 ファルシオンの言うように、スティレットと行動を共にしていたヴァールが、
 この地で最も権力を持つ貴族の令嬢を知らないというのはあり得ない。
 つまり――――
「リッツ=スコールズ、じゃないんですか?」
「そういう名前の娘がいるのは知っている。だがそれは表向きだ」
「表向き?」
 話が見えてこず困惑するファルシオンの様子に、ようやくフランベルジュも
 怒りを制御出来たらしく、険しい顔のままだが耳を傾けていた。
「リッツという娘は存在した。一人娘なのも間違いない。だが、既に勘当されて
 屋敷から出ている。スティレット様がそう言っていた」
 ――――貴族は体面を酷く気にする。
 確かにその性質は根深く存在する。
 勘当した娘の『身代わり』を、同じ名前を付けて他の子供に演じさせる等という、
 通常では到底考えられない事でもやりかねない。
 尤も、その真相がどうあれ、先程のあの少女が過去のよしみで匿ってくれるという
 可能性はかなり低いだろう。
 屋敷に漂う閑散とした空気も、警戒心を強める理由になっていた。
「どうするの? ファル」
 挑発を受けるか否か。
 フランベルジュの問いに、ファルシオンは既に明確な答えを出していた。
「私はあの女がリオについて何か知ってるとしか思えない。でも、それでも……
 今はその事を問い詰めるのが最優先じゃない」
 絞り出すようにそう訴えるフランベルジュの手は、アルマの手を強く握り締めていた。
 個人の感情より、リオグランテの死の真相よりも――――アルマの安全を最優先。
 その決断に、先程のトリシュの姿が少なからず影響しているのは明らかだった。
「わかりました。私も同意見です。ここから離れ――――」
「待て。入るぞ」
 だが、二人の判断にヴァールが待ったを掛ける。
 彼女の視線は、屋敷の外に向いていた。
「あの野獣の殺気を感知した。恐らくこっちに近付いている」
「な……!? トリシュは!? あの子はどうなったの……!?」
 バルムンクが動き出した。
 ならば答えは明らかだ。
「健闘虚しく斬り落とされたか、頃合いを見て逃げたか。ここからでは判断しようがない。
 あの女が気配を漂わせながら逃げるとも思えない」
 感情の通わないその声に、フランベルジュの顔面が蒼白になる。
 だが、ヴァールの無情な言葉はそれでも"正しい"。
 そして今は正しさこそが全てだ。
「お前等に完璧に気配を消す技術はないだろう。だが建物の中で大人しくしていれば
 そう見つかるものじゃない」
「……わかりました。フラン、アルマさんを」
「わかったわよ。ここまで来てあんな小娘に何かされてたまりますかっての」
 三人の意見が一致したところで、フランベルジュはアルマの手を離し、その整った顔を
 包むように両手で触る。
「貴女も覚悟を決めて」
「……」
 コクリ、とアルマは躊躇なく頷いた。
 そしてその意思確認を見届けた直後、ヴァールが屋敷の扉を開く。
 しっかりと手入れがされているのか、不快な音は一切立てずにその内開きの扉は開いた。
 広がる視界を、特別な景色が彩っていく。
 だがそれはあくまで、想定された特別さだった。
 異常に高い天井。
 豪華絢爛な照明器具と赤絨毯。
 左右には二階へと繋がる大階段。
 全て、貴族の住処としてはよくある『ありきたりな特別感』に満たされた光景だ。
 ただ、室内に入ってもやはり人気はない。
「気をつけろ。あの時のウエストのようだ」 
 "あの時"のウエスト――――ヴァールがそう忠告するように、ファルシオンもまた
 フェイルと共にメトロ・ノームの柱内部を上ってアルマを探しに侵入した際の
 ウエスト内部の空気を思い出していた。
 そこでは、多くのギルド員が殺されていた。
 誰の仕業なのかは、今もわかっていない。
 当時はアルマを攫われ憤怒したバルムンクの仕業かと思われたが、
 事情を知っていると思われるウエストの支隊長代理デル=グランラインは
 明言を避けた。
 あの遺体だらけの地獄絵図と、このやたら広大で燦爛たるエントランスの空気が被る。
 まともである筈もない。
「こちらですわ」
 不意にかけられた声は、階段の上からだった。
 相変わらず気配はない――――が、最早誰も驚かない。
 今となっては、あのリッツと呼ばれる少女を普通の令嬢と見なす方が余程無理がある。
 まずはヴァールが、続いてフランベルジュとアルマが、そして最後尾をファルシオンが
 固める形で、四人は左側の階段を使い二階へと上がった。
 二階の廊下もやはり同じ。
 赤絨毯がどこまでも伸び、壁には見た事もないような巨大な絵画が掛かり、
 色彩豊かな花を生けた花瓶が背の高い台に乗り空間を華やかにしているが、
 景色そのものは想像の範疇を超えない。
 それよりも遥かに、前方の或る一室の前でこちらの様子を窺っている少女の方が
 ファルシオンの目には異様に映った。
「応接室へご案内差し上げます。さ、どうぞ」
 二階西館のほぼ中央。
 位置関係は大体そんなところ――――大した意味こそないが、ファルシオンは
 現状を頭の中で反芻し、視野狭窄に抗いながら、前を行く三人に続き、
 得体の知れない少女と化したリッツの待つ応接室へと入った。







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