無数の柱が依然として光を放ち続けているメトロ・ノームは、
 時間の経過を知りたい人間に対しては余りに無慈悲だ。
 元々アルマが管理していた『昼と夜』がなければ、その景観をもって
 現在の時刻を推し量る事は出来ない。
 空を持たない空間。
 流通の皇女は、この場所に一体どんな価値を見出しているのか――――
 そんな事を考えていたフェイルは、すぐ前を歩いていたハルが
 立ち止まっている事に気付かず、いつの間にか追い越してしまっていた。
「で、これからどうすんだ? ヴァレロンなんちゃら医院に乗り込むか?」
「ハル……もうヴァレロンに来て長い筈だよね。一番大きな病院の名前くらい
 覚えておこうよ」
「俺は最初から、あの病院は胡散臭いって思ってたんだよ。だから
 頭が名前覚えるのを拒否したに違いねー。関わり合いになりたくないってな」
 半分は冗談めいた言葉だろうが、もう半分は本音。
 そんな口調だと感じたフェイルは、その病院への不信感の正体を
 顔をしかめる事で問い質した。
「ま、傭兵稼業なんてやってるとよ、そういう話は嫌でも耳に入ってくんだよ。
 金持ちばっかり相手にして庶民の治療はいい加減、とかな」
 ハルもそんなフェイルの感情を汲み取り、ある程度具体性のある返事を口にする。
 実際、傭兵と病院は切っても切れない関係。
 特にヴァレロン・サントラル医院ほどの規模の病院は、傭兵に限らず身体が
 資本の職業に就いている人間なら、最低一度は世話になっているだろう。
「確かに、そういう噂はあったかもしれない。大病院にありがちな
 根も葉もない誹謗中傷かと思ったけど……」
「そうでもなさそうだな。当然、警備もそれなりだろうが……どうする?」
 もし、トライデントの話が真実で、スティレットがヴァレロン・サントラル医院を
 拠点にしているのなら、早速乗り込むという選択肢は当然発生する。
 が――――フェイルは別の選択肢を提示した。
「カバジェロがこの地下にいた、っていうのが気になってる」
「アドゥリスとつるんでる奴か。別にいても不思議じゃねーだろ?
 幾らスティレットの部下っつっても、四六時中くっついてるような護衛って訳じゃ
 ねーだろうし。それはあの根暗そうな女の役目だろ?」
「根暗そう……ああ、ヴァールの事か。確かに、彼女はずっとスティレットに
 くっついていた」
 しかしそれは既に過去の事。
 今は薬草店ノートにいる。
「過去形か。じゃあ、今は違うんだな?」
「うん。だから、その代理として誰かを護衛に付けていると考えると、
 彼に白羽の矢が立つ可能性はかなりあると思うんだ」
 カバジェロの戦闘能力は、ヴァールには劣る。
 それが両方と手合わせした経験を持つフェイルの印象だ。
 けれど、彼の持つ騎士道精神は、敵に攻め込むより寧ろ護衛向き。
 少なくとも、激情型のアドゥリスよりはずっとマシだ。
「トライデントさんは、僕がスティレットの居場所を聞いた時、『恐らく
 ヴァレロン・サントラル医院にいる』という主旨の事を言っていた。
 実はそれが少し気になってたんだ」
「単に確証がないってだけじゃねーのか?」
「逆だよ。
 "確証はないけれど可能性は高いというニュアンスでスティレットが拠点にいると言った"
 事が不可解なんだ。拠点である事だけが根拠なら、明らかにそれはおかしい。
 僕だって拠点は自分の店だけど、ここ数日殆ど帰ってなかった」
「……言われてみりゃ、そうだな」
 拠点はあくまで拠点。
 今が夜で、皆が寝静まる時間帯なら、そこにいるという予測は十分な信憑性を持つ。
 だが、今は日中。
 しかも、勇者計画と花葬計画を巡る一連の騒動の渦中。
 拠点に彼女がいる保証など、ある筈がない。
「大した意味もなく、根拠の薄い理由で質問に答えただけかもしれない。
 でも、彼は僕との再戦を望んだ。自分で言うのはちょっと気が引けるけど……
 彼は僕を軽く見ていない。適当に受け流したとは思えないんだ」
「おいおい。って事は、意図的に嘘吐いて罠にハメる気だってのか?
 あんな熱い会話交わしといてそりゃねーぜ……人間不信になっちまいそうだ」
「といっても、せいぜい師……デュランダルの邪魔をさせないようにって事だろうから
 悪意はないと思うよ。僕もハルも、彼等勇者計画執行者の標的じゃない訳だし」
「……お前さ、毎回師匠って言いそうになってっけど、別にその呼び方でいいじゃねーか。
 無理して名前呼んでも特に意味ねーだろ?」
 何気に痛いところを突かれ、フェイルは思わずハルから顔を背けた。
 自分が最も充実していた時代。
 その時の記憶を、感情を、関係を――――消すのは非常に難しい。
「兎に角。僕はもう暫くこの地下を調べてみようと思う。
 スティレットはこっちにいる可能性の方が高いと思うし、この柱の光も気になる」
 そう結論付け、フェイルは周囲の輝きを放つ数多の柱を見渡した。
 先程はリオグランテの襲撃で思案が一度分断されてしまったが、この光が永陽苔に
 よるものなのは間違いない。
 永陽苔は植物だ。
 ビューグラスが関わっている可能性が極めて高い。
 彼も――――ここにいる。
 これまでは、その血縁関係や負い目から、再会してもまともな会話すら出来なかった。
 自分を保てず、何処か気圧されているような気持ちすらあった。
 しかし今は違う。
 言わなければならない事がある。
 訴えなければならない――――止めなければならない事がある。
 例え、『父親殺し』という重荷を背負う事になろうと。
「調べる、っつってもな。酒場も施療院も回って、あと何処を調べるってんだ?
 まさか柱の一つ一つを調査する、とか言い出さなねーよな……?」
「まだ、調べてない場所があるでしょ。このメトロ・ノームを管理する場所。
 言うなれば『中心地』だ」
「……おいおい。マジか?」
 フェイルの発言の意味するところを悟ったハルの表情が強張る。
 フェイルもほぼ同じ感情を抱いていた。
 けれど、やるしかない。
「アルマさんの家を調べる。本当なら、本人に許可を取って立ち会いのもと――――っていうのが
 筋なんだろうけど、今の状況で彼女をここに戻す訳にはいかないし、許可を取りに行く時間も惜しい」
「言ってる事はわかるぜ。わかるけどよ……お前、それなりに親しい女の家を勝手に漁るって……」
「嫌われるかな」
 自嘲の笑みを零しつつも、フェイルは既に目的地へ歩を進めていた。
 施療院の入り口から、アルマ邸のある方角はわかっている。

 ――――迷う事はない。

「……とはいっても、スティレット一味の誰かがもう家捜ししてるだろうから、無駄足の可能性も
 高いとは思うけどね」
「だろうな。アルマの嬢ちゃんを探すなら、真っ先に行く場所だ」
 そのフェイルとハルの見解は、概ね正しかった。
 辿り着いたアルマ邸は、既に他人に荒らされた形跡が全ての部屋に散見され、
 質素ながらも清潔感のあった各部屋は見る影もないほど蹂躙されていた。
 けれど、予想外の事が一つ――――

 先客は、まだ"そこにいた"。

 その人物は、アルマ邸の居間の壁を背に腰を落とし――――事切れていた。






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