「自分も全てを知っている訳ではない。知っているのは、勇者計画は勇者の失墜に加え、
 壊れた指定有害人種の処理、そしてメトロ・ノームへの他国からの介入の阻止を
 目的としている事だ。首謀者はエチェベリア国王位継承順第一位、アルベロア王子。
 彼曰く、その全てが国家の為であり、国家の脅威に対し勇猛さをもって打ち砕くからこそ『勇者計画』
 なのだそうだ」
「……」
 ただただ絶句するしかなかったフェイルは、思わず右の拳を強く握り締める。
 その理不尽な正義の為に、リオグランテは犠牲になった。
 彼は――――壊れてはいなかった。
 確かに危うい兆候はあったが、まだ十分理性は保たれていた。
 リオグランテは指定有害人種としてではなく、勇者失墜の為の見せしめになった。
 フェイルはそう解釈し、同時にその執行者となったデュランダルの判断に我慢ならなかった。
「大層な計画なのは認めるよ。随分と奸智に長けた人間が考えた計画なんだろう。
 でも僕は絶対に認めない。自分の野望の為に無関係の人間を平気で殺すというなら、
 それはただの思い上がりだ。勇者計画も、花葬計画も、弱者をいたぶるだけの下劣な
 思い上がりに過ぎない」
 吐き捨てても吐き捨てても、怒りが込み上げてくる。
 ただの怒りではない。
 自分の周囲の人間が、何人も不幸な目に遭っている。
 あるべき未来を奪われている。
「それを勇猛さというのなら、僕がその代償をくれてやるよ。薬にだって副作用はあるんだって」
「おぉ、言うじゃねーか。珍しいな。お前がそんな熱く語るなんてよ」
 若干の恨み節を込めつつも、ハルはフェイルの肩に手を置き、同意の笑みを浮かべる。
「多分、俺の親父も同じ事思ってるんだろうよ。だから、筋を通してデュランダルの野郎に
 倒されてやった。国に剣先を突きつける為だ」
 国家反逆――――どれだけの功績があろうと、死罪は免れない行為。
 ハルを巻き込まない為、彼の剣を取り上げ、その前から姿を消した。
 暗にそういう見解を示したハルに、フェイルもまた首肯してみせた。
「知りたい事はおおよそ聞いたか」
 その光景を、微かに目を細め見ていたトライデントが、穏やかな口調で問う。
 微妙な表情だが、少なくとも羨むような顔ではなかった。
「はい。いや……もう一つ。どうして貴方はリオと戦ってたんですか?
 貴方が密偵って立場なら、表立って戦うのは不自然な気もしますけど」
「あの少年と戦っていたのは事実だ。だが、あの少年だけと戦っていた訳ではない」
 ――――その予想外の返答に、フェイルだけでなくハルも思わず眉をひそめる。
「寧ろ、あの少年は乱入者だ。それより前に自分は別の人間と相対していた」
「だ、誰だよ。まさか、ウチの親父じゃねーよな?」
「さっきも言っただろう。自分はガラディーン様への尊敬の念を失ったつもりはないと。
 戦っていたのはカバジェロという男だ。どうやら自分の本籍を見抜かれたらしい。
 中々に侮りがたい男だった」
「カバジェロ……」
 かつて、スティレットの屋敷で一度敵対した相手。
 このメトロ・ノームでも顔を合わせた事があった。
 ヴァール同様、スティレットを慕っている部下の一人だ。
「リオはどうして乱入を?」
「さあな。ただ……自分だけでなく、カバジェロにも攻撃を仕掛けていた。
 単に争いを求めていたのかもしれないが、正確な答えは持ち合わせてはいない」
 トライデントのその証言は、リオグランテが完全にスティレットの味方になった訳では
 ない事を示唆していた。
 とはいえ、今のリオグランテにどの程度理性が残っているのかは不明だが――――
「……ありがとうございます。僕の知りたい事は、これで全部です」
 いずせにせよ、情報収集の時間はもう終わった。
 スティレットと対峙した際、彼女が悪であるという確証が欲しかった。
 そうしなければ――――彼女と行動を共にするビューグラスを止められるかという不安があった。
 だが最早、確証は得た。
 スティレットの目的が、他国のクライアントが欲しているメトロ・ノームを手に入れる為と
 トライデントは目しているが、必ずしもそうとは限らない。
 ヴァールは、寧ろスティレット自身がメトロ・ノームを欲していると言っていた。
 この二つの意見は全て重なる訳ではないが、矛盾しているとも限らない。
 例えば――――スティレット自身の野望に対し、他国が出資している可能性もある。
 その見返りに、エチェベリアの暗黒の歴史に関する証拠を要求しているとしても、何ら不思議はない。
 いずれにせよ、メトロ・ノームにまつわる全てを死守すべく動いているデュランダル派と、
 我が物にしようと企むスティレット派の衝突は避けられない。
 フェイルは、そのどちらにも付くつもりはなかった。
 止める。
 勇者計画も、花葬計画も、遂行される前に潰す。
 指定有害人種であるアニスが勇者計画の犠牲になる事も、
 このメトロ・ノームの機密を守護するアルマが花葬計画の犠牲になる事も、
 その両方とも絶対に阻止しなければならない。

 矢は、放たれた。

「見返りはどうすればいいですか? 直接的な助力は難しいですけど……」
 トライデントがデュランダルの命で動いている以上、手を貸す訳にはいかない。
 そのフェイルの気持ちを察していたらしく、トライデントは即座に首を横へ振った。
「逆だ。自分とここで立ち合え」
 そして、次の瞬間――――殺気を放つ。
「あの御前試合、自分は決して負けてはいない。判定に不服がある。ここで、あの時の決着を付けよう」
 それが決して、偽りの殺気ではない事を、フェイルは一瞬で感じ取っていた。
「……気が合いますね。僕もいつか、再戦したいと思っていました」
「おい、フェイル!」
 慌てて諫めようとしたハルを、フェイルは左手を上げ制した。
「でも、今じゃない。今はしなくちゃいけない事が他にある。全てが終わったら、その時――――
 そっちの好きな場所で、また戦りましょう。今度は審判なしで」
 普段、意識して殺気を放つ事はしないフェイルだったが、トライデントへ向けて
 敢えてわかりやすい殺気を放つ。
 それは――――まるで握手のようだった。
「王宮での君は、余り律儀に約束を守りそうなタイプではなかったが……いいだろう。
 決して忘れるな」
「そっちこそ」
 同時に手を解くように視線を外し、トライデントは薄ら笑みを浮かべていたハルへ
 引き締まったその顔を向ける。
「父君には決して返せぬ御恩を賜った。決して泥を塗るような事のないよう」
「あ? 俺は俺だぜ。泥を塗るのは自分の面にだけだ」
 笑顔をそのままにそう告げ、ハルはトライデントに背を向ける。
 必要な情報を得て治療も終えた今、ここにはもう用はない。
 フェイルもまた、ハルの後を追う。
「これからどうするんですか? この施療院を調査するつもりですか?」 
「言う義理はない……が、自分は暫くここに残る」
 それは事実上の肯定。
 フェイルはその厚意にも似た返答に敬意を示すべく、小さく頭を下げた。
 そのフェイルの背中に――――
「壊れるな。自分も、君との再戦までこの"右腕"をもたせるつもりだ」
 中々の無理難題が課せられたが、フェイルは返事はせず、そのまま施療院をあとにした。






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