「メトロ・ノームがエチェベリアにおける脆弱性そのものという指摘は
 昔からあったそうだ。とはいえ、軍を配置するような露骨な警備は出来ない。
 そもそもメトロ・ノーム自体が隠匿された空間だ。国内の盗賊や
 鼻の利くならず者に怪しまれ、暴かれ、露見する危険性もある。
 ならばいっそ、この地に幽鬼の如く存在する指定有害人種に自分達の"聖域"を
 守って貰う方がいいと、長らく放置していたようだな」
「……指定有害人種の聖域、ですか」
 暫く押し黙っていたフェイルは、どうしても無視出来ないトライデントの
 その言葉にしかめっ面で噛みついた。
 とはいえ、頭に血が上っている訳ではない。
 寧ろ、いよいよ見え始めた自身の終着点を実感し、何処か虚ろでさえあった。
「事実、この地にはクラウ=ソラスがいた。全ての指定有害人種がそうという訳では
 ないのだろうが……彼等にとって、生物兵器の研究資料が大量に眠っている可能性のある
 メトロ・ノームは決して荒らされたくない場所。恐らく奴も、自らの率いるギルドを
 用いて秘密裏に治安の維持に務めていただろう」
「心当たりはあります。その推論は的を射ていると思います」
 土賊と、実際にはいもしない"シナウト"。
 その"本来"の存在理由もまた、次第に濃い輪郭を帯びてきた。
「だが、指定有害人種は不安定な存在だ。当然、見張りくらいはつけなければならない。
 他国のメトロ・ノームへの干渉がないか、そしてその防衛の役目を
 指定有害人種が担えているか――――
 それを監視する人間を。自分はその役回りではなかったがな」
「王宮とヴァレロンとの導管役ってか。ありそうな話だ」
「他人事のように言うじゃないか、ラインハルト=ルーニー。君がその最有力候補だったんだが」
「……は?」
 突然鋭い眼差しを向けられたハルの顔が、素っ頓狂な状態で固まる。
 実際、トライデントの指摘は当然のものだった。
 その出自こそ公開していないが、王宮騎士団【銀朱】師団長ガラディーン=ヴォルスの実子にして
 クラウ=ソラス率いる傭兵ギルド【ウォレス】に属しているハル。
 立場だけを考えれば、王宮とヴァレロンの繋ぎ役としてこれほど最適な人材はいない。
「確かに……もしハルの事何も知らなかったら、断定さえしてたかもしれないね」
「ンな事言うなよ! お前さてはほんのちーっとばかり疑ってるな!? 俺が王宮の間者だって!」
「そういう器用な役回りまで出来るなら、多分無敵だと思うよ。ハルの場合」
 しかし幾ら立場上最適でも、人格がそれを許さない。
 慎重な性格のフェイルだったが、その可能性に関しては最初から捨てていた。
「……そう言われると照れるな。いや待て、照れていいのか俺? どっちに取りゃいいんだ……?」
 下らない事で悩み悶絶するハルを尻目に、フェイルは厳しい眼差しをトライデントへ向ける。
 トライデントもまた、厳格な表情でその視線を受け止めた。
「多分、監視役を置いていたのは王宮だけじゃない。他国も同様だったんでしょ?」
「断言は出来ないが、自分もそう見ている。デュランダル様も同様の見解だ」
 その答えを受けるまでもなく、フェイルの頭の中には一人の人物が浮かんでいた。
 ――――ハイト=トマーシュ。
 アランテス教会ヴァレロン支部の司祭だ。
 彼がアニスと交流を図っていた目的が、指定有害人種の監視だとしたら、矛盾はない。
 彼自身もまた、生物兵器によって心身共に変質せざるを得なかった人間。
 監視という役目を追う事で、このヴァレロンと指定有害人種のアニスに対して接点を持ち、
 自らの身体を侵している悪魔の如き生物兵器をどうにか駆除したい――――
 そう考えているのかもしれない。
 シュロスベリー家でアニスと共に再会した際、彼は『屋敷が何者かに監視されている』と言っていた。
 その人物が、王宮からの監視者だとすれば、筋は通る。
 そして、その監視を見つける事が出来たのは、自身もまた他国からの監視者だからという事もあり得る。
 自分と同じ立場の人間に対し、敏感になっていたのだろう。
「特にクラウ=ソラスに関しては王宮から厳しい監視が付けられていた。
 単純に強さだけではなく、ギルドという一大勢力を束ねる人物だ。危険度では他の比ではない。
 勇者計画にウォレスを協力させたのも、奴を監視下に置きやすいから、だそうだ」
「彼の監視役……か」
 今度はトリシュの姿がフェイルの頭に浮かぶ。
 諜報ギルドの人間でありながら、傭兵ギルドのウォレスに移籍したのが彼女だ。
 だが、そんな露骨な移籍は寧ろ監視役ならあり得ない。
 しかも彼女自身が指定有害人種。
 王宮側である可能性はほぼない。
 寧ろ、監視される側だ。
 そう。
 トリシュもまた、誰かに監視されている筈。
 だとすれば、その監視役は――――
「ウエストですね」
「御名答だ。奴等ほど監視に適した人材はない。もっとも、その事実が露見すれば
 諜報ギルドとしては終わりだがな」
 民間の諜報機関が、国家と協力しているとなれば、民間人からの信頼は地に伏す。
 トライデントの言葉は、以前フェイルがウエストについて思案した際に
 前提として仮定していた内容と一致していた。
 だが結果的には、その前提は崩れた事になる。
 以前、アルマを探してウエストのヴァレロン支部に向かった際、トライデントと一時行動を
 共にした事があった。

『勇者計画の"見逃し"と、花葬計画の"妨害"。その両方に嫌疑が掛かっている。
 大人しく連行される事だ』
『そちらこそ、"密偵"という立場を隠していたじゃないカ。似たようなものじゃないノ?』
『それが仕事の一部なのだから当然だ』

 そこでトライデントと支隊長代理デル=グランラインが交わした言葉は、今にして思えば
 奇妙なものだった。
 勇者計画と花葬計画は、主導する勢力が異なる。
 なのにトライデントの物言いは、その両勢力に属しているかのような発言だ。
 一方のデルも、特に疑問を持つ様子はなく、"密偵"という言葉さえ使っている。
 つまり――――"トライデントがスティレットの一味だと偽っている"のをデルが見抜いていた事を
 強く示唆する内容だった。
 ヴァールが攫おうとしていたアルマを匿った時点で、ウエストがスティレットと敵対している
 勢力に与しているのは確実。
 という事は、王宮と繋がっているという見解でほぼ決まりだ。
 だが、先の一見でトライデントの立場が明かされていなかったのは明白であり、
 その関係性は余り密ではないと思われる。
「諜報ギルドが国と組むなんてな……世も末だぜ」
「そうだね。剣聖の息子が傭兵ギルドにいるくらいだしね」
 いつの間にか苦悩を止めていたハルだったが、フェイルの何気ない同調に再び顔を沈めていた。






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