都市部における病院の持つ役割は、地方に点在する施療院や、
 戦場における負傷者の救護を行う野戦病院とは根本的に異なる。
 純粋に治療だけを行う、或いはその区域における健康管理を行うだけなら
 実にわかりやすいのだが、病院、それも大型病院となると、その都市の
 中核を担う施設でなければならない。
 人の命を預かる医師は多くの人間にとって命の恩人となり得る重要人物であり、
 病院の治療実績は、そのまま都市部における治安や技術水準を表す
 シンボルとしての一面もある。
 単に治癒や回復による労働力の保全に留まらず、都市の発展、引いては
 国の発展にまで多大な影響を与える存在だ。
 当然、経済面においても極めて重要な役割を担う。
 薬の材料を調達する者、薬を加工する者、加工した薬の効能を見極める者、
 薬を処方する者、患者の世話を行う者、負傷者の専門的治療を行う者、
 病院の紹介・宣伝を行う者、病院を取り仕切る者――――
 人手はどれだけあっても足りず、雇用面においても非常に優秀な施設だが、
 何より特徴的なのは――――経済界との密な関係。
 金持ちであれば、誰でも優秀な医者、優秀な病院を欲する。
 ある程度物事が思い通りになる人間なら、出来るだけ長く生きたい、
 寿命を延ばしたいという欲求への投資は至極当然。
 その国で一番の腕を持つ医者が、その国で一番金を持っている人間に
 寵愛されるのは、余りに必然だ。
 結果として、都市部の病院は多くの貴族・富豪と癒着しているのが通例となっている。
「無論、ヴァレロン・サントラル医院も例外じゃない。だがこの病院は、
 通常の大型病院とも違った性質を有している。それは、この地下都市の存在と
 大いに関係している」
 トライデントの説明を聞きながら、フェイルは既にヴァレロン・サントラル医院が
 スティレットの拠点となり得る理由をほぼ理解していた。
「過去、この地下で大々的に行われていたという生物兵器の実験……特に人体実験との関連」
 その断片を口にしたフェイルに対し、トライデントは微小ながら首肯してみせた。
「大規模な人体実験に医療関係者の協力は不可欠。それも、一人や二人の関わりではないだろう。
 病院全体で協力……或いは先導して行っていたと考えるのが妥当だ。
 ならば当然、ヴァレロン・サントラル医院はこのメトロ・ノームの歴史の一部であり、
 ここの様々な機密についても記録として残っているという事になる」
 スティレットはメトロ・ノームを欲しがっている。
 なら、ヴァレロン・サントラル医院と関係を密にするのは必然。
 加えて、流通の皇女たる彼女は、病院と親しくする事に何も苦労は要らない。
 病院もまた、流通の一部と捉える事が出来るのだから。
「よぉ、一ついいか?」
 余りあれこれ考えるのが得意ではないハルだったが、難しい顔をしながらも
 フェイルとトライデントの会話に自身をねじ込んできた。
「なんだって、流通の皇女はそこまでこの地下に固執するんだ? 過去にヤバい事やってた
 場所だってのはわかるが、あの女がこれだけ露骨に動いてるって事は、大雑把な言い方すりゃ
 相当な金になるって事だよな? そんな価値があるのか?」
「あるよ。間違いなく」
 ハルの問いはどちらかというとトライデントに向けてのものだったが、
 答えたのはフェイルだった。
「この地に、エチェベリアを代表するような人達が集結している。それが何よりの証拠だ」
「……確かに、そいつは俺も妙だとは思ってたんだ」
 フェイルの言葉は端的に答えと繋がる内容ではなかったが、ハルは身を乗り出すようにして
 その言葉へ食いつく。
 実際、明らかに異様な事ではあった。
「幾ら勇者計画が王族の為の計画っつってもよ、幾らなんでも王宮騎士団の師団長と副師団長が
 単独で動くなんて、絶対あり得ねーんだよ。一体どんな異常事態が起こったらそうなるんだって
 くらいによ。連中が動くのは軍を動かす時だろ? それが師団長であり副師団長だろ」
 勇者計画に説得力を持たせるには、エル・バタラに出来るだけわかりやすい猛者を
 エントリーさせる必要がある。
 その上、武闘大会というこの上なくわかりやすい舞台、それも多くの民間人が目撃する舞台で
 ガラディーンとデュランダルを戦わせ、デュランダルを勝者とする事で世代交代を印象付ける。
 そういう脚本だという理由付けは出来るし、矛盾はない。
 ないが――――それでも尚、あり得ない事だとハルは訴えた。
 事実、フェイルもそのハルの認識に対し反論を唱える事はしなかった。
 勇者計画がどれほどの規模の計画であろうと、王宮騎士団の師団長・副師団長の単独行動は
 余りに異常だ。
「答えは単純だ。それだけの異常事態が起こっているという事に尽きる」
 そんなハルのもっともな疑問に対するトラインデントの回答は、明瞭だった。
「何故スティレット=キュピリエがこのメトロ・ノームに固執しているか、が最初の疑問だったな。
 あくまで可能性だが……この空間を欲しがっているのは彼女ではなく、彼女のクライアントだとしたら
 どうだ?」
 明瞭であり――――最悪の部類に入る内容だった。
 エチェベリアの国民、そしてヴァレロンの市民であるならば、例外なく。
「そのクライアントってのは……外国って事だよな?」
「当然だ。流通の皇女がエチェベリア以外の国から依頼を受け、メトロ・ノームを手に入れようと
 していると考えれば、筋は通る。何故ならここは、宝物庫であるのと同時に、空間そのものが宝だからだ。
 他国にとってはな」
 宝という表現に、フェイルは思わず顔をしかめた。
 それが例えどれほど的確であろうと、この上なく不快な表現だからだ。
「このメトロ・ノームには、エチェベリアという国家の主導で人体実験が行われた証拠があるかもしれない。
 恐らくはあるだろう。外交をする上でこの上ない弱みだ。他国の視点で言えば、握る事が出来れば
 どれだけでもふっかける事が出来るだろう」
「……って事は、ちょっと待て。勇者計画ってのはそこまで見越してヴァレロンを舞台にしたってのか?」
 この地に猛者を送り込めば、弱みを握る為にメトロ・ノームを手に入れようとしている
 他国の使者を牽制出来る。
 ハルのその示唆に対し、トラインデントは静かに頷いてみせた。








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